ランドセルおじいちゃん -27ページ目

ランドセルおじいちゃん

生まれた時から死刑宣告

今日は思いついたことをひたすら書いていこう

機会があったらそれぞれ詳しく書く




 

  

 恐いこと

 人生の傍観者にはなること

 

 

 

自分が辛い時に、うんうん辛いよねなんていってる友達は、

なぜそういう対応をしてるのかを考えろ。

もしそれがたいして考えず(今度詳しく書く)にそういった対応をしているのならば

そんな友達はいらない。

ぬるま湯で死ぬ。

それとは逆に、限界の時、もっとがんばれといってくれる人を友達にしたいもの

 

 



何かを尊敬することは良い事だと思うが崇拝すると本質がみえにくくなる。

 

 

 

授業の主役は生徒の頭の中にあり、講師自体やその教え方ではない

このことを履き違えているものには、学んだ気になっているだけ

これは笑い事ではなく本当によくあるから注意しろ

単に学校の授業を指してるわけではない、言いにくいことを暗示してるつもりだ


 

 

 

悟った気になっている人、それは確実に勘違い

悟りなんてものは(少なくても俺には)必要ない 


  

 

 

「教え」をそのまま鵜呑みにするな

 

 

 

 

要するにさ、これはずーっと言い続けているんだけれども 

 

 

 

もっと自分でよく考えるんだ

自分でだ

 

 

そこに学びというものがある

 

 

そして行動

 

人間が生存できるエリアは「現在」だけなんです

 

過去を生きることはできない。だから変えることはできない。

 

そして未来に生きることもできない。

だからさ、くだらない未来への憶測はいいから今を生きてください

 

 

~ちなみに未来も変えることはできないんですよ。

  ていうのもですね、未来というものはまだ全く存在しないんだから

  “変える”ことはできないんです。

  はい、ただのとんちです~

まぁ未来があるものとして仮想するのも、なんか夢あって好きだけど

 

 

 

 

 

 

何度言ってもダメなものはダメ

そんな結果を何度も味わってきた。もう何度目だったんだろう

でも次はまだ分らないよね。

 

 

 

 

この文は教えでもなんでもない。

でも他の人にとって実りあるものだといいなと思う。

 

自分で考える

 

 

 

だからまぁ頑張っていこうぜ。

 

 

 


 

こんな時間に何をやっておるのだと思いながら日記なるものを書く次第であります。

 

 

えー人は言葉は違うにせよ、

物や人それぞれに評価というものを少なからずしているわけです。

今回の主題である評価というものはランク付けのような概念に限定されるわけではなく、それぞれの物や人の対象物に対しての感情などをさすわけです。


そーいったわけで人が対象物に遭遇した時々に評価をし続けるわけです


それでですね 

このですね、人の評価というものは、とても、とてもいい加減なものでありまして


あまり良くないなと評価した音楽が、大好きな○○ちゃんが好きと知って

大好きになってしまうというような事があるわけです。

(もちろんもっと自分の今の立場にあった例を使いたかったけれども

 誰にでも代入できるような例に今回はしました)

~しかしそのもっと重大だと考える事柄と、この一見くだらない例の事柄の間に

 実際大差はそうないということを覚えてもらいたい~

  

 

また日本の映画が

海外の映画祭に呼ばれて初めて日本でヒットするといったようなことですね。

 

 

この場合、逆転してしまっているんですよ。

要するにですね、評価を他人に委ね、その評価を自分が合わせているわけです



 

また間違いが起こらないように言いますが、

 

悪かぁないんですよ。

間違ってもいないんです。

 

 

でも俺は、自分の評価を先行に、生きたいですね。

 

あなたはどう思う?

 

 

 

まぁ自分の評価に忠実に生きようとすればするほど

生き辛い世の中に、少し悲しい気持ちを覚えます。

 

 

 

 

でもいつだって問題は己なんだね


 


 

 この世の中を今日も頑張って生きよう。

 約束

 

 

 

 


 

 

あまり時間がないから手早くいこうと思う。

つっても文の量が少なくなるとも限らないのはしょうがないところ。

 

 

勝ち癖・負け癖って知ってます??


 

とにかく先に言おう

コレかなり重要です。

 

 

物事をなす時に自信というのはものすごく重要であることは言うまでもないと思う。

何事も逃げ腰では成功する確率というものは格段に下がるということだ。

 

あとちょっとのところを「もしかしたらダメかもしれない」などと考えた瞬間

失敗したなんてことを経験したことはないだろうか。

成功にはある程度の自信が必要である。

言うまでもないとかいって最後まで言っちゃう自分憎めないなぁ

 

 

その自信というのはどうして作られていくのか?

 

その方法の一つに、成功体験を積み重ねていくことがある。

 

 

そもそも「成功」とはなんだろう。

それは目標をたて満足いく結果をえることじゃないだろうか。

「俺は富士山に登るって言って、登ったんだ!!」

この成功体験。正にコレが大事。

 

 

これを重ねていくこと、つまり勝ち癖をつけるんだ。

 

 

負けつずけると、どうしても俺らは気が滅入ってしまったり、自分を否定したりしてしまう事だってある。

それはみんなそうなんだ。

やってられねぇとも思いますよね。

俺は負け続けてやってられねぇって打ちひしがれている人も大好きだ。

気持ちがわかるよ。

でも俺らはやっぱり頑張らなければならないと思うんだ。

 

 

例えば 

まず明日早く起きようと決めたのなら、

絶対に早く起きろ!!!!



 


自分に忠実であれ

 

くっだらねぇと思うかもしれないけどこの些細な成功たちが

きっと(俺は絶対と信じるが)大きな成功につながる。

 

 

負け癖を絶対につけるな。

 

 

 

負けるときもある。そのときは

グダグダ後悔せずに忘れちまえ。

お前が自由に行動できるのは過去未来ではなく今しかない

その時間を後悔に使うのはもったいない。

 

 

 


全員に多かれ少なかれ可能性ってもんがあると信じてます



頑張ろう。