NHK朝の連続テレビ小説『芋たこなんきん』をご覧になっていた方も多いと思います。私もほとんど毎日見ていました。 作家の田辺聖子さんの半生と数々のエッセイ集をベースに、大阪の戦後復興期から現代へと明るくたくましく生きてきたヒロインと、その家族のてんやわんやを描く、笑いと涙のホームドラマ。
タイトルの「芋たこなんきん」は、田辺聖子さんのエッセイにもたびたび登場する言葉で、女性が好む食材の代名詞として引用される、大阪生まれのキャッチフレーズです。ヒロイン、花岡町子を演じる藤山直美さんの演技も見事でした。
図書館で田辺聖子さんの「おせい&カモカの昭和愛惜(文春新書)」という本を見つけ、借りて一気に読みました。激動の昭和を生き抜いて、書いて、飲んで、歌って、しゃべった二人・・・”昭和党”おせい&カモカのおっちゃんのエッセイ集です。この本は面白いだけでなく、心に響く言葉、役に立つ知恵が満載です。作者の田辺聖子さんは、昭和3年生まれ、私の母(大正13年生まれ)と同年代の女性です。この本を読んでいると、母と対話をしているような気になります。
私は若い頃から、年上の人と話をするのが好きでした。20歳位年上の人が経験話をすると大半は、私にとって未来の話になります。多くの先輩達から仕事、家庭、子育て、趣味、健康等の貴重なお話を伺いました。このお話が、私の人生の水先案内人となり、問題に直面したときに大変役に立ちました。先人の知恵は、大いに参考にすべきです。
本の中にいくつか心に響く文章があります。
「人間の品は、いろいろなタイプの品がある。いつもよく考えつづける人の人生観から出る品、生まれ育ちからくる品、一つの道をきわめたことから出る品、自然の中で自然相手に生きていることから出てくる品、このうち一つでもあれば良い」⇒私にはどのタイプの品があるのでしょうか。これからジックリ考えていきます。
「その国の文化度は何できめるかというと、①自分の意見を持っている、②生活を楽しんでいるということに尽きるように思われる」⇒その通り。日本はどうでしょう。
「いささかは、苦労しましたといいたいが、苦労が聞いたら怒りよるやろ」⇒まだまだ苦労が足らんということですかね。
「母親が叱ったら父親がとりなし、父親が叱ったら母親がとりなす、そういうものが望ましい」⇒我が家はどうであったか、時には一緒になって叱っていたかもしれません。
「夫婦とは気心の知れた関係である。気心の知れるとは、多分、それは自分の理解圏内に相手が矢を飛ばしてくることだろう」⇒時には、矢が体に刺さることもありますが。
「かもかのおっちゃん曰く、<60過ぎたらワシが神様じゃ>これはおっちゃんが、もうやりたい放題、言いたい放題、したるぞうという意気込みであろう」⇒私も、もうすぐ神様になります。もうやりたい放題、言いたい放題、したるぞう。
「子供のころの贅沢の記憶が、のちのちまで人間が生きる上の、支えになるというが、私はこの頃、こう考えるようになった。贅沢の記憶ではない。愛された、という自信の記憶なのではないか、と。そんなにまでしてくれたという、オトナたちの愛を、人間は大きくなっても心の支えにしているのではなかろうか。愛された記憶は、人を支える。私はこんなに愛されたのだという記憶が、のちに人を救う」⇒我が家の子供達も「愛されていた」と思ってくれているのでしょうか。
心に響く文章が数多く記載された本でした。
タイトルの「芋たこなんきん」は、田辺聖子さんのエッセイにもたびたび登場する言葉で、女性が好む食材の代名詞として引用される、大阪生まれのキャッチフレーズです。ヒロイン、花岡町子を演じる藤山直美さんの演技も見事でした。
図書館で田辺聖子さんの「おせい&カモカの昭和愛惜(文春新書)」という本を見つけ、借りて一気に読みました。激動の昭和を生き抜いて、書いて、飲んで、歌って、しゃべった二人・・・”昭和党”おせい&カモカのおっちゃんのエッセイ集です。この本は面白いだけでなく、心に響く言葉、役に立つ知恵が満載です。作者の田辺聖子さんは、昭和3年生まれ、私の母(大正13年生まれ)と同年代の女性です。この本を読んでいると、母と対話をしているような気になります。
私は若い頃から、年上の人と話をするのが好きでした。20歳位年上の人が経験話をすると大半は、私にとって未来の話になります。多くの先輩達から仕事、家庭、子育て、趣味、健康等の貴重なお話を伺いました。このお話が、私の人生の水先案内人となり、問題に直面したときに大変役に立ちました。先人の知恵は、大いに参考にすべきです。
本の中にいくつか心に響く文章があります。
「人間の品は、いろいろなタイプの品がある。いつもよく考えつづける人の人生観から出る品、生まれ育ちからくる品、一つの道をきわめたことから出る品、自然の中で自然相手に生きていることから出てくる品、このうち一つでもあれば良い」⇒私にはどのタイプの品があるのでしょうか。これからジックリ考えていきます。
「その国の文化度は何できめるかというと、①自分の意見を持っている、②生活を楽しんでいるということに尽きるように思われる」⇒その通り。日本はどうでしょう。
「いささかは、苦労しましたといいたいが、苦労が聞いたら怒りよるやろ」⇒まだまだ苦労が足らんということですかね。
「母親が叱ったら父親がとりなし、父親が叱ったら母親がとりなす、そういうものが望ましい」⇒我が家はどうであったか、時には一緒になって叱っていたかもしれません。
「夫婦とは気心の知れた関係である。気心の知れるとは、多分、それは自分の理解圏内に相手が矢を飛ばしてくることだろう」⇒時には、矢が体に刺さることもありますが。
「かもかのおっちゃん曰く、<60過ぎたらワシが神様じゃ>これはおっちゃんが、もうやりたい放題、言いたい放題、したるぞうという意気込みであろう」⇒私も、もうすぐ神様になります。もうやりたい放題、言いたい放題、したるぞう。
「子供のころの贅沢の記憶が、のちのちまで人間が生きる上の、支えになるというが、私はこの頃、こう考えるようになった。贅沢の記憶ではない。愛された、という自信の記憶なのではないか、と。そんなにまでしてくれたという、オトナたちの愛を、人間は大きくなっても心の支えにしているのではなかろうか。愛された記憶は、人を支える。私はこんなに愛されたのだという記憶が、のちに人を救う」⇒我が家の子供達も「愛されていた」と思ってくれているのでしょうか。
心に響く文章が数多く記載された本でした。