11月18日に山梨県北杜市小淵沢、八ヶ岳ロングライディング乗馬クラブでの餌やり体験中に、4歳女児が右手中指の一部切断事故が起きた。事故の詳細報道が無いため原因は分からないが、調教された馬にスタッフ指導のもとで行われていれば防げられていたはずだ。馬の温もりを感じ、馬に少しでも興味を抱いてもらえる最初の一歩である。大きく・優しく・愛くるしい眼に心惹かれる思いをされた方は多いと思う。しかし所詮「畜生」であるため、いくら調教されていても何が起こるか分からない。そのため最悪のケースを想定しなければならない。6歳までの幼児の餌やり体験は道具を使用するのが安全だ。
与那国島、毎週日曜日の「島民無料体験乗馬会」2013年4月28日。(現在は行われていない)
著者による餌やり
5歳の孫による餌やり
16年前、愛知学院大学講座・聴講生として図書館を利用していて目にしたのが「日本在来馬、絶滅の危機」である。
1:日本の馬の歴史を物語る生きた文化財である。
東京恩賜上野動物園元園長・小宮輝之氏
2:日本の馬の歴史と文化土壌の中でその身体の形状、気質がはぐくまれ、日本人と馬が共生してきた証である。
東京農業大学教授・滝坂信一氏
著者も同感である。
2012年7月17日付で、公益社団法人日本馬事協会から、各動物園園長に「日本在来馬の展示及び保護への協力依頼について」と題し以下のように要請している。
公益社団法人日本動物園水族館協会会員の各動物園におかれましては、我が国の在来家畜、中でも日本在来馬の展示、保護等についてご理解、ご協力を頂き、お礼申し上げます。(中略)昨年もお願い致しましたが、各動物園におかれましては、絶滅が危惧される在来馬の保護のため、在来馬の飼育展示や利活用等にご理解とご協力を頂きますよう、再度、お願いの文書を差し上げます。(以下略)
2008年度、2012年度、直近の2023年度で在来馬の推移と現状をみていく。
1:北海道和種
2008年度 1,254頭
2012年度 1,354頭 対08年度+100頭
2023年度 1,143頭 対12年度△211頭
一時的に増加したが生産者の高齢化で激減。しかし、1,000頭を割り込むことはないようだ。
独特な「側体歩ー左右の前肢・後肢が一緒に出る、時代劇で城中を裃を付けた武士が、両手を脚の付け根に当て、楚々と小走りする様子ー」が出来るため伝統的な「ダンヅケ」を適宜行っている。
側体歩
ダンヅケのようす
一説に300㎏の荷物を背負い、10㎞運んだと言われる。
側体歩で走るようす。
トレッキング・ホースセラピー・馳弓(はせゆみー疾走する馬上から矢を射るー)として使用される。
ホースセラピー・サラ系よりも体高が低いため介護者の安心感、介助者の量力が減り安全性が保たれる。
馳弓・馬手下(めてした)、大変難度が高い射法
2:木曽馬
2008年度 149頭
2012年度 157頭 対08年度+8頭
2023年度 128頭 対12年度△29頭
以下の写真を見て頂きたい。
父娘交配が行われ、子の「鈴風」が種馬になっている。
(御崎馬の項参照)
鈴風号が種付けした牝馬たちの名前
種馬・鈴風号
鈴風号が種付けした、愛知県の公園の牝馬が、2012年2月28日に出産した(牡)
当時の園長が子馬(鈴春)の異変に気付き、同年9月17日に木曽馬保存会から担当者と獣医に来てもらったが、触りもせず「先天性右後肢屈強不全」と言われた。
このことから、明らかに近親交配が原因だと分かる。
2022年度に新しい種馬を導入
何頭に種付けしたか分からないが、2023年度は1頭も出産しなかった。(聞き取り)
近親交配が進んでしまったこのような状況下で「まともにトレッキングが出来る乗用馬」を生産するのは困難であろう。
12年前にホースセラピスト養成講座に通ったときに、講師の先生が名古屋大学医学系を卒業され方であった。ご夫妻は京都府の山間部に施療施設を持ち、木曽馬2頭で重度難病者の施療に取り込まれていた。木曽馬を選んだのは、介護者・介助者にとって「従順で大人しい性格、また、斜体歩(しゃたいほー右前肢が出ると左後肢がそれに続くー)だから、北海道和種の側体歩よりも介護者の神経系統を微妙に刺激する」と言われた。6年間通所した子供が初めて言葉にできた
3:野間馬
成馬であるが体高は約100㎝
2008年度 81頭
2012年度 60頭 対08年度△21頭
2023年度 52頭 対12年度△8頭
2020年時点で愛媛県内では野間馬ハイランド50頭、とべ動物園2頭の2カ所で保存されている。その内訳は、繁殖・保存を行うための基礎集団(繁殖集団)と、繁殖終了馬、去勢馬、高齢馬などの集団である。後者の集団は、特に温順な性質であることから馴致や調教を行い、おもに子供の乗馬体験や乗馬療養などの利活用になっている(体高が小さいため、乗馬できるのは小学生で体重が30㎏まで)。
将来に向け飼養場所の分散化が求められる。絶滅危機の回避を図るためには、すでに実施されている他の動物園などへの譲渡または貸出をさらに進めていく必要がある。
次に、飼養されている基礎集団をサポートする副次集団をつくることが求められる。副次集団の形成には財政的にも困難が予想されるが、将来の課題として公共性や公益性を有する機関などへの委託を含めて検討すべきであろう。
さらに、馬のジーンバンクを推進することが重要である。すでに家畜改良センター十勝牧場では日本在来馬の6馬種、北海道和種、木曽馬、対州馬、トカラ馬、宮古馬、与那国馬の生体及び凍結精液による遺伝資源の保存を行っている。家畜改良センター十勝牧場の久保喜広係長は、野間馬についても凍結精液の作成・保存に関する現地調査を行っており、今後の成果が期待される。
橋口 勉氏(日本の馬 在来馬の過去・現在・未来)
4:御崎馬(国指定天然記念物)
ハレム群で食事をしている。
「御崎馬における父娘交配とその回避機構」より
加世田雄時朗氏・野沢 謙氏 1996年5月9日
日畜会報、67(11)996-1002、1996
要約
野生状態で生息している御崎馬に関する16年間の行動調査と父子判定の結果を基に、12頭の種雄馬とその51頭の娘を対象に父娘交配の発生状況とその回避機構について分析した。12頭の種雄馬とその51頭の娘が共に繁殖可能であった176回の繁殖シーズンのうち、82回は両者が互いに異なった地域で過ごした。すなわち、雌子馬が繁殖前に生来地を離れて他の地域へ移出し、繁殖可能なシーズンに父親と異なった地域で過ごすことによって、父親との接触が物理的に回避され、その結果として父娘間の交配が回避された。種雄馬とその娘が同じ行動域で過ごした繁殖シーズンは94回であったが、両者が安定した配偶関係を持った事例は1例も観察されなかった。すなわち本研究では、雌子馬が性成熟以前に生来群を離れる、いわゆる分散によって父親と娘の間の配偶関係の形成が回避された。父子関係が確定した124例のうち2組の父と娘の間に2頭の子馬が生まれた。この2例とも娘は父親とは別の種雄馬の群で生まれ育って、性成熟後に父親とハレム群を形成した。一方生来群を一度離れた雌子馬が性成熟後に再び生来群に戻り、その種雄馬(幼児期に一緒に過ごした種雄馬)と安定な配偶関係を持った例は1例もなかった。この結果は野生馬や半野生馬で報告されている「幼児期に同じ群で過ごした経験によって近親交配が回避されたり、性行動が減少する」という仮説を支持している。
2008年度 115頭
2012年度 87頭 対08年度△28頭
2011年度に「馬伝染性貧血症」で、12頭殺処分しているため。
2023年度 92頭 対12年度+5頭
2023年度の子馬の出生数は20頭であったが、2024年12月16日では雄:6頭、雌:7頭の13頭が生存している。この数はほぼ毎年同じであるようだ。
都井岬は550haの広さ。
江戸時代初期の高鍋藩による藩営の牧場が設置され、周年放牧・自然繁殖による馬産が行われてきた。
高鍋藩の時代、馬の被毛は鹿毛・黒毛・青毛のみでその他の被毛は廃馬とされたが、現在では都井岬で生まれた馬は被毛の色は関係なく、全て「御崎馬」としてカウントする。
栗毛のため廃馬とされた(2011年7月30日著者撮影)
現在、15~20のハレム群とハレムを持てない雄で構成されている。1群のハレムは種雄馬・約4頭の雌馬・子馬1頭で、朝方に丘の牧草を食べ日差しが厳しくなる頃に薮の中に入って行く。先頭を行くのは年長の雌馬で、見守るように最後尾は種雄馬が行く。
ハレムの雄馬
日陰を求めて薮の中に進む。
緑鮮やかな牧草は、馬糞が一役かっている。毒草の除去や草原管理のため、毎年1月に「御崎馬牧組合」の方々が野焼きを欠かさず行っているためでもあるが、草原生態系を維持している「箱ものでない自然博物館」が都井岬にはある。
串間市役所エコツーリズム推進室 秋田 優氏
毒草・馬は食べ残す。
5:対州馬
2008年度 30頭
2012年度 28頭 対08年度△2頭
2023年度 44頭 対12年度+16頭
対馬市の天然記念物に指定され、初午祭(毎年10月の第2日曜日)の「馬跳ばせー目保ロダム馬事公園で毎年行われる競馬ー」があるが、市民の間に「対州馬」の存在が行きわたっていないため、男性インストラクターが荷台に馬を乗せ、小中学校へ出前授業にいっている。対馬では牧草が育たないため餌代金の負担が大きい。
韓国からの観光客は増えているが、「馬」に興味が無いようである。
島の暮らしを支えた優しい馬たち(島の暮らしを支えた優しい馬たち 豊田稔氏・吉原知子氏 日本の馬 在来馬の過去・現在・未来)に、「2020年は2頭の子馬が誕生した。今後1年につき4-5頭ずつ生産させ、5年後(2025年)に島内頭数50頭を目指していく方針である」との旨をインストラクターに伝えると「机上の空論でありそのような状態に無い」と回答された。
2020年度 39頭
2021年度 41頭
2022年度 45頭
数字だけ見れば順調に生産されているようにみられるが、2023年度は44頭で前年度△1頭で、机上で考えるようには行かないと回答されるのも無理はない。
対州馬のグルーミング
6:トカラ馬
鹿児島県薩摩川内市、鹿児島大学入来牧場の馬
(人間を察知すると一斉に逃げ出す)
鹿児島県指宿市、開門山麓自然公園の馬
(人間を無視している)
トカラ列島十島村中之島の馬
(カメラを向けると寄ってくる)
2008年度 115頭
2012年度 114頭 対08年度△1頭
2023年度 90頭 対12年度△24頭
内訳
鹿児島大学入来牧場 17頭、周年放牧・半野性
開門山麓自然公園 56頭(雄20頭、雌26頭)
13頭出生し2頭を鹿児島大学入来牧場へ移出
(岩崎グループ・ホテル部門が飼養。午前8時~午後5時まで放牧されているがそれ以外の時間は牧舎に集められる)
中之島 17頭(雄6頭、雌11頭)周年放牧
3頭出生 近親交配がかなり進んでいる。
来年、鹿児島大学入来牧場から1頭譲渡予定
(鹿児島県の指定天然記念物で十島村が飼養している)
鹿児島大学入来牧場は「牛の研究施設であり、トカラ馬は種の保存と牧草管理の目的」のために飼養している。
牧柵が20個ほどあり、牛が食べ残した牧草を食べさせ、馬糞は良い堆肥となり、翌年青々とした牧草が茂る。
牛が食べ残した牧草を食べる
馬・牛の口の形状の違い
「近年、新たな旅へと巣立っていったトカラ馬たちは、異なる環境に適応し、はつらつと歩み始めている。調教に手を差し伸べて頂いた方々のおかげである。また、トカラ馬を維持する意義も次第に理解されつつある。結果、トカラ馬保存会には、トカラ馬を飼育したい、活用したい、増やしてみたいという要望が届くようになった。」(トカラ馬 孤高に生きる 岡本 新氏 日本の馬 在来馬の過去・現在・未来)と書かれているが、開門山麓自然公園の担当者(岩崎グループ)に問い合わせたところ、「そのような話は聞いたことがない」と返答された。
この時点では保存会事務局は鹿児島大学畜産学部であったが、昨年から獣医学部に変更になった。
7:宮古馬(宮古島市が所有している)
2008年度 31頭
2012年度 35頭 対08年度+4頭
2023年度 48頭 対12年度+13頭
2017年度から増減はない。
「宮古馬保存会の事務局が、宮古島市市長部局の畜産課から教育委員会の文化財担当課に移管された。沖縄県や日本馬事協会、中央競馬会などの支援も強化された。2020年3月、新たな体制で保存活用計画がつくられた。全頭を沖縄県天然記念物として扱うこととし、種の保存のため2030年度をめどに100頭に増やすこととした。また、宮古馬保存会の法人化を目指すこととした。(中略)近く整備される県立宮古公園の中に、宮古馬ふれあい広場も計画された。」
(琉球王府を支えた馬 長濱幸男氏 日本の馬 在来馬の過去・現在・未来)
ここ7年間で48頭を維持するのが精いっぱいの状況下の中、6年先に100頭に増やすのは到底考えられない。また「整備される県立宮古公園のなかに、宮古馬ふれあい広場も計画された」の部分について、文化財担当課に電話取材したところ「ただ計画しただけである」とコメントされた。聊か風呂敷が広過ぎる感がある。
ウムグイ 沖縄に伝わる頭絡で手綱1本で操作できる。
荷香取牧場の種雄馬・体高約122cm。2013年4月23日にトレッキングをさせて頂いた。準備をして頂いてる方が、荷香取明広氏
僕の体重が45㎏であったためか、快適に走ってくれた。(現在は行われていない)
2012年度35頭の中、20頭が荷香取牧場代表・荷香取明広氏が市から委託飼養している。市から支払われる委託飼養費は1頭あたり月5,000円、子馬出産祝い金100,000円が支給される状態で、このままでは到底飼養できないと嘆いておられた。再三市との間で委託飼養費の値上げ交渉をしたが実らなかった。が、保存会事務局の移管や、中央競馬会が関わった年以降に再度値上げ交渉をした結果、値上げに至り、年間1頭につき500,000~800,000円が支給されるようになった。
この低廉な委託飼養費が問題で、2018年12月発売の「週刊SPA]で一部の飼育者が劣悪な環境で、まともな飼育もせずに衰弱死させたことが写真入りで報道された。この報道がSNSで拡散され、非難の声が上がった。
2030年度までに何頭に増加するか、密かに見守る事しかできない。
8:与那国馬
北牧場の与那国馬
2008年度 85頭
2012年度 130頭 対08年度+45頭
2023年度 110頭 体12年度△20頭
2011年度の141頭がピークで増減はあるが、110頭以上を維持している。
周囲27㎞の小さな島で、北牧場・東崎(あがりざき)牧場にいる。(南牧場は雑種が周年放牧されていたが、近年の自衛隊のレーダー基地の設置で閉鎖された)
2013年4月26日に訪れたときは、漁業・田・畑・森があり、その自然の豊かさに心安らいだ。
毎年、カジキマグロ釣りの世界大会が行われていた。
与那国馬体験乗馬会 体高約122cm 3歳から一人で乗れるようになった女の子
当時、場長であったインストラクターの朝倉氏と海辺へ向かう途中、先に行ってかまいません。と言われ「爽快」」に駆けたことを思い出す(僕の体重45㎏)
海岸外乗
海馬遊び
日本最後の夕日が見える丘
現在、与那国馬が利活用されるに至っ経緯は「久野正輝氏」の存在を語らずにはおけない。1982年に与那国馬が絶滅の危機におちいた新聞記事をきっかけに与那国島へ移住。1992年に「ヨナグニウマふれあい広場」を開設したのである。2017年10月に沖縄本島・久米島・石垣島の代表で「一般社団法人与那国馬保護活用協会」を立ち上げた。
久野氏はただ者ではない大きな器の持ち主であり、現在の与那国馬があるのはその証だ。
現在、静岡県伊豆の国市に「伊豆の国馬広場」・高知県高知市に「四万十馬広場」が加入した。
中国による再三の領海・上空侵犯により、宮古島市・与那国町に自衛隊駐屯地・レーダー施設が数多く作られている。そのため、この地域人口が増えるを良しと考えている議員がいると聞く。
第2次世界戦争以降も、悲しいかな、常に日本の矢面の先に立たされている。
総括
2008年度 総数1,860頭
2012年度 総数1,958頭 対08年度+98頭
2023年度 総数1,707頭 対12年度△251頭
3年度共に、北海道和種の比率が約67%を占めている。
このパターンは、公益社団法人日本馬事協会が日本在来馬の飼養頭数推移を表した1985年から変わっっていない。
引用文献
日本の馬 在来馬の過去・現在・未来 2021年10月 5日 一般社団東京大学出版会
公益社団法人日本馬事協会 日本在来馬の飼養頭数の推移
御崎馬における父娘交配とその回避機構
加世田雄時朗氏・野澤 謙氏 日畜会報、67(11):996-1002、1996
公益社団法人日本馬事協会に登録されていない「木曽系和種馬」を生産・馴致・調教し、利活用されている方が山梨県で牧場を営んでいる。
紅陽台木曽馬牧場代表・菊地幸男氏である。日本の馬一筋に乗馬術、馬具、騎射法等を研究され、40年ほど最前線で活躍しておられる。
山梨県笛吹市石和町にある石和八幡社の「石和八幡甲斐駒流鏑馬神事」を紹介する。
蒙古襲来絵詞より。西尾市岩瀬文庫
馬具はほぼこれに近い。舌長鐙(したながあぶみ)で「立ち透かしー常歩以外は鞍の上に座らない乗り方で、競馬の騎手の乗り方を想像して頂きたいー」の乗馬法で乗る。
流鏑馬・一の神事射手
流鏑馬・二の神事射手
流鏑馬・三の神事射手
馬上舞
馬上武芸・流し旗
馬上武芸・追物射(おものい)
馬上武芸・押捩(おしもじり)
馬上武芸・弓手下(ゆんでした)
馬上武芸・長巻
馬上武芸・槍
この様なことが出来るのは、日々の稽古に励んでいるこそである。
協力 紅陽台木曽馬牧場
甲州和式馬術探求会
写真提供 林 佳夫氏
パリ2024年オリンピック大会で、総合馬術団体障害飛越競技において「銅メダル」を獲得した。実に92年ぶりのことである。団体では初めてで、4人の平均年齢は41歳。
1932年ロスアンゼルス大会で、陸軍騎兵将校・西竹一中尉(30歳)が障害飛越競技で「金メダル」を獲得して以来の喜ばしい出来事であった。愛馬ウラヌスはフランス生まれのアングロノルマン・栃栗毛で体高が181cm。
1945年、中佐に昇格した西竹一は本土を守るべく硫黄島へ戦車第26連隊の連隊長として赴くが、アメリカ軍の容赦ない攻撃により3月22日に戦死した。享年僅か45歳の若さであった。
2024年有馬記念(中山競馬場・距離2,500m)でレガレイラ(3歳牝馬・鹿毛)が64年ぶりに優勝を飾った。
平均時速59㎞。1960年のスターロッチ以来である。
テレビで実況放送を見ていたが、ゴール直前首の上げ下げの僅差で勝利の女神がレガレイラに降りた。未だ、3歳だからこの先が楽しみである。
競馬会を騒然とさせた「通信機器の持ち込み」問題で、女性騎手として歴代最多の166勝した藤田奈七子騎手(27歳)が、騎手免許の取り消し申請がJRAに受理され、10月11日に引退した。騎手人生約8年半である。
通信機器の持ち込み禁止
八百長の防止策として、JRAの騎手は開催前夜(午後9時まで)から外部と接触できないように競馬場やトレーニングセンターにある施設のロッカーに預け、「調整ルーム」で過ごすことが義務付けられている。
何と後味の悪いことか!
一人ごとですが、38年前から乗馬クラブへ通うようになり当たり前のように「乗馬ライフ」を読んでいた。3年後にはローカルな馬術競技会でしたが出場させていただいた競技結果が「紙面に掲載」され、自分の名前が書かれていて嬉しかった。日本各地の乗馬クラブが紹介されており、あこがれは、「一度は山梨県北杜市小淵沢の乗馬クラブで馬に乗りたい」であった。
乗馬人口が減少したのか、「馬ライフ」と名前が変わった。現在は、書店の「スポーツ雑誌コーナー」に置かれていない。図書館でさえ市町村によっては雑誌コーナーに置いてない。
書店で購入予約しても、手にするのに5日間ほどかかる。本の薄さが時代を語っているのでしょうか、寂しい!
来る年が、皆様方におかれまして、良き一年となることを祈念いたします。
2024年12月29日
鈴 木 純 夫
























































