2012年1月3日、静岡県富士宮市の米之宮浅間神社に於いて、新春馬弓神事が行われました。

米之宮浅間神社の社伝には、往古米粒を以ってご神体とし、この国の米穀発祥の地として、米之宮と名付くとある。
天武天皇の御代白鳳4年(653年)大江長元が朝廷よりの勅使として参向し、大同年中(805~810年)には富士山が噴火、それを鎮めるため新たに朝廷勅使により、木花開那姫命(このはなさくやひめ)をお祀り、しその鎮火を願いました。社内は桜の精とも言われるご祭神に因み、3600坪の境内に多数の桜樹が植えられている。
江戸時代は、13,515坪の社領を誇る広く荘厳な神社であった。
門前や境内では市が開かれ「本市場」の地名もそれに由来している。
その後、明治8年(1875年)旧富士市(加島・岩松・田子の浦の3ヶ村)の郷社に列せられた。
大鳥居より境内に入ると、御神木などの高古木に囲まれた自然豊かな社域が広がり、参道途中には太鼓橋・手水舎・社記・御神木・江戸期奉納の灯籠が見え、その先に拝殿・本殿・社務所・舞殿・福寿宮・天満宮・米之宮会館が立ち並び、塗り替えたばかりの朱と白の華やかな本殿は当時の荘厳な面影を今に伝えている。
このような、神社での新春馬弓神事とのご縁は今年で5回目であり、紅葉台木曽馬牧場の仕事初めに定着いたしました。
以下に当日行われた、神馬奉納の儀・歩射・流鏑馬・蟇目を写真で紹介させて頂きます。
(写真撮影:林 佳夫氏)
①神馬の儀


写真左:手前の白い馬は佐目毛と言い、生まれた時から真っ白で、目が薄い水色で普段なかなか見ることが出来ない貴重な馬です。
②歩射

演武:保坂さん(甲州和式馬術探求会会員) 武官束帯(従四位下近衛中将)は自前です。
写真が入らないため、③流鏑馬 ④蟇目(ひきめ)は次ページに続けます。