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馬装した埴輪

東山北遺跡(中道町)及び塩部遺跡(甲府市)の方形周溝墓から「馬の歯」が発見された。ともに4世紀後半の遺跡で全国的にも最古の事例に属する。
「馬の歯」の発見 また長野県においても4世紀後半から5世紀代の出土例が多く報告されている。
時期的には大陸からの伝来時期と重なるわけで、畿内とほぼ同時に「馬」の飼育が甲斐・信濃の東国ででも始まったとする可能性が生じた。熟練した飼育技術を持つ渡来人の移住の問題とも関連するが、古墳の築造を通じて知りうる畿内王権との連携は時期的に考えて「馬の供給・確保」が目的の一つとみる事も出来、文献的には「ハ:壬申の乱における甲斐の勇者」に現れている。
以上の様に、甲斐国は名馬産地である事は間違いない。しかしもう少し深く踏み込んで考えてみると、高度な馬の飼育知識・調教術を持つ民ー熟練した飼育技術を持つ渡来人ーが既にこの地を選び居住していた。
日本に乗馬の風習が伝来したのは、4世紀末に馬骨の発掘例があるが、本格的に入ったのは5世紀になってからだと以前にも書いたことがある。
※雄略天皇期~天武天皇期の渡来人は以下の4ルートから日本へ移住したものと思われる。
①大陸及び朝鮮半島
②黄河流域~山東半島
③揚子江流域
④満州~朝鮮半島
3:甲斐の黒駒再現
紅葉台木曽馬牧場
「日本在来馬8種は絶滅危惧種である」と一番最初に書いた。
各保存会が真剣にその利活用に努めなければ本当にそうなる。
紅葉台木曽馬牧場代表で、甲州流和式馬術研究会代表でもある「菊池幸雄氏」は、日本在来馬8種とは別に「日本在来種の範囲内で、しかも古式ではなく古典的な乗系和式馬にこだわり、青毛(青く光り輝く黒い馬)
で、馬場馬術競技第二課目(尋常速足・中間速足。蛇乗り3湾曲尋常速足・轡受けした常歩・尋常駆足・中間駆足)位ができ・和式の馬装で自然と乗ることが出来る馬」=JaPanese Native Pony Brand 甲斐の黒駒を作出・固定しようといている。
ブリティシュ馬術とは敢えて言わず「ヨーロピィアン」と表現するところは如何にも「菊池氏」らしい。
山梨県南都留郡鳴沢村にあり富士山が目の前に見えるビューティー・スポットである。


「ブランド馬甲斐の黒駒」は、木曽種の栄昇ー豊風の子「種牡馬 蘭丸」と北海道和種との交配により生産し、選択育種し、「一品種」にすることにある。
写真が入らないため甲斐の黒駒5に続けます。