あの戦国の現場へ行こう!-徳勝寺


【近江路・歴女ブロガー旅紀行 その37




浅井氏の菩提寺が長浜にあります。



それがこの徳勝寺です。



曹洞宗のお寺。



この徳勝寺がココにあるワケは、結構複雑なんです。



まず、



1 もともとこのお寺は『医王寺』という名前で、旧東浅井郡湖北町上山田にありました。



2 それを永正十五年(1518)、浅井長政の祖父・亮政が小谷城下の清水谷に移し、浅井氏の菩提寺にします。



3 浅井氏滅亡後は秀吉によって長浜に移され、亮政の法号にちなんで『徳勝寺』に改名。



4 慶長十一年(1606)、長浜城主・内藤信成によって、田町(現・長浜市朝日町)に移される。



5 寛文十二(1672)、彦根藩主・井伊直孝により現在の地に移される。




ということで時代の波で転々としましたが、なんとか今日まで存続しました。(;^_^A





あの戦国の現場へ行こう!-徳勝寺境内


秀吉時代に、八世住職・源秀和尚は、秀吉の子・『お次丸秀勝』の学問の師であったため、

秀吉により寺領の寄進もありました。



最終的には井伊氏のお寺みたいになっていますが、もともとは浅井氏の菩提寺だったお寺です。



浅井氏三代のお墓があります。




あの戦国の現場へ行こう!-徳勝寺浅井氏墓


↑ それがこのお墓。



境内の墓地の中でも、一際目立つ場所にあります。



小谷ではなく長浜にあるということは、秀吉の旧浅井家臣に対しての懐柔策だと思いますが、

今でもこうして供養されているんですね。




あの戦国の現場へ行こう!-浅井氏墓看板


↑ 並び順は、左から長政、亮政(祖父)、久政(父)。



浅井三代が一ヵ所に集まっています。



じつはココもJR長浜駅からそう遠くない地なので、十分に歩いて来れる場所です。



浅井氏と秀吉の子・『お次丸秀勝』、そして井伊氏ゆかりの地でもありますのでココも

要チェックですね。




【徳勝寺】の地図




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