【近江路・歴女ブロガー旅紀行 その35】
秀吉を祀った豊国神社から歩いて約10分のところに、知善院(ちぜんいん)というお寺があります。
天台宗真盛派の寺院です。
この知善院、なんと、
長浜城の搦手門(裏門)が残されているのです!
もともとこの知善院は浅井氏の小谷下にありました。
浅井氏滅亡後、長浜城を築城した秀吉が、長浜城の鬼門である東北を守るために小谷から
この地に移したとのこと。
そして長浜城門まで移築されているとあらば、行かねばなりますまい。
↑ これがその門(搦手門)。
時代的には内藤信成の時代のものと伝わるので、慶長十一年~十七(1606~12)に作られた
門ですね。
秀吉はくぐっていませんが、城門が移築されるとはやはりチェックしておきたいです。
私は城門の事はよく分かりませんが、確かに古い作りですね。
あと、この知善院には、江戸時代初期に大坂城から移されたという秀吉の木造(非公開)があるそうです。
浅井氏滅亡後、長浜に新しい町を作ろうとした秀吉は、浅井氏旧家臣の勢力が残るこの地を
年貢免除地(朱印地)としました。
それがずっと続き、江戸時代も朱印地として存続します。(← ホント)
なので秀吉に対する町民の感謝の気持ちはヒトシオだったのですね。
この知善院でも、秀吉の150回帰忌、200回忌、250回忌がひっそりと行なわれました。
そして昭和六年(1931)にも350回忌を行なうなど、長浜における秀吉信仰の核となっているお寺と
言っても過言ではないでしょう。
秀吉ファンは是非お参りを!
今日も『ポチッ』と応援お願いします。
↓
にほんブログ村




