【近江路・歴女ブロガー旅紀行 その28】
ロープウェーで山頂へ着くと、いよいよ散策開始!
入り口の見取り図でチェックですね。
こうして見ると、かつての城跡をうまく活用しています。
順番に見ていきましょう。
かつての二の丸は売店&展望台&資料館になっています。
まずはこの二の丸から攻略してみましょう。
↑ 1階は売店。
お土産もありますね。
ジュース、お茶も販売しています。
↑そして2階が展望資料館。
展望台とちょっとした資料館があります。
入場は無料です。
↑ 史跡めぐりする前に、最寄の資料館等はチェックしていたほうがよいですね。
これはどんな史跡にもいえる事ですが、資料館で史跡の全体像を把握して巡ると、ルートや
史跡の構造、理解もスムーズです。
ココにもいろんな資料が展示してあります。
あと、周囲を取り巻く廊下が展望台になっており、周辺を見渡す事も出来るのです。
↑ そして城内をさらに散策。
道は整備されているので、比較的歩きやすいですね。
秋になると紅葉がキレイな散策路なのでしょう。
↑ そして本丸跡に到着。
現在本丸址には、村雲御所瑞龍寺 (むらくもごしょずいりゅうじ)というお寺が建っています。
これは高野山で自害させられた秀次の菩提を弔うために、秀次の生母・瑞龍院日秀尼が
文禄五年(1596)、京都の村雲に建てたものを昭和三十六年に、八幡山山頂へ移築したものです。
↑ 本堂のほか、金生稲荷堂や開山塔もあります。
秀次ゆかりのお寺ですね。
↑ あと、城内散策して気付きましたが、この近江八幡城、ほぼ中心にど~んと本丸があります。
その本丸を取り巻く様に、石垣が積んであるのです。
中には近世積みなおされた部分もありますが、そのほとんどは当時のものだとか。
ここの石垣も見事なものです。
普通に考えたとして。
戦国時代にこの近江八幡城は築かれたワケですから、当然、人力で石が運ばれたのですね。
標高は約270m。
この高さまでこれだけの石を運ぶとは、さすが天下人・秀吉の甥の城ですね。
お金、労力もかなりかかったのでしょう。
取り巻いている石垣を眺めながら、そんな事すら考えてしまいます。
↑ 二の丸下にある、お願い地蔵尊。
毎年6月に行なわれる【八幡山地蔵尊祭り】では、かなりの参拝者が訪れるとか。
それだけご利益があるということですね。
↑ そして周辺には、曲輪も点在しています。
写真は北の丸址。
コチラの方向から攻める敵を迎え撃つ防御施設ですね。
こんなカンジで、近江八幡城には、西の丸、北の丸、出丸、二の丸があります。
これらの曲輪は、物見の役目も果たしていたので、遠くまでも見渡せます。
↑ 当時はもっと琵琶湖の入り江、海岸線も違っていたでしょう。
秀次もここからの景色を、当時こうやって眺めたのでしょうか?
そう思うと、やはりロマンがありますね。
もし秀次が自害せず、あのまま関白だったら?
そう考えると、歴史のIFの想像も広がります。
武将ゆかりの地に立つと、その武将の事を考えてしまうのも、旅の楽しみのひとつです。
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