松平元康(後の徳川家康)は、兵糧攻めの受けている大高城に向かう前に、母の再婚先である坂部城に
立ち寄ったとの事です。
幼いときに母と別れて十数年、駿府で暮らしていた元康は、合戦に向かう前に母に会いたかったのでしょう。
元康(家康)このとき19歳。
歴史を紐解くと…
水野家から松平家(徳川家の前身)に於大が嫁いで来たのは14歳。相手は松平広忠16歳。
翌年に、元康(家康)を出産します。
しばらくは幸せな日々が続いたのですが…
於大の実家・水野家が、松平・今川勢力と手を切り、尾張の織田氏と同盟を結びます。
(※この記事参照) → http://ameblo.jp/mikawa-hide/entry-10252116520.html
実家が松平・今川との宿敵・織田氏と手を組んだのですから、於大は離婚され、元康を残し、実家の水野家に帰されます。
そして元康の父・広忠も家臣に暗殺され、元康は駿府に引き取られることになりました。
それから十数年後の再開でした。
そんな坂部城ですが、現在お城址は公園になっています。
家康の生母・於大は、坂部城主・久松氏と再婚し、里人に棉の栽培を進め、自らも棉作りに励んだそうです。
城内にはそんな棉畑が再現されています。
ちなみに場所が分からない時は、【阿久比町図書館】を探しましょう。
その裏山です。
ところでかなり余談ですが、再婚した於大さん、久松さんとの間に三男・三女を儲けます。 (・・;)
この辺のたくましさは、さすがに戦国女性ですよね。
元康を足して計七人の子供を産んだのですね。
ちなみにこの母違いの三人の弟達は、後に松平姓を与えられて、大名や旗本になったりしています。
で、ここで、重要な事実が!!
この於大さんが生んだ家康の異父弟。
長男・康元
次男・康俊
三男・定勝
なワケですが、三男・松平定勝の末裔が…
あの松平定知さんなのです。 ∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
どこかで聞いた事あるって?
【その時、歴史が動いた】の松平アナです。
意外な繋がりがあるものですよね。まさか桶狭間レポでコレを書くとは思いませんでした。
で?え~となんだっけ?
母との再会でキモチが吹っ切れた元康は、もう迷いも無く、大高城の救援に向かいます。
織田方に包囲されている大高城。
とりあえずは、何とかして城内に兵糧を入れねば。
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