主戦場から離れた場所にお墓がひとつ。
奥平貞治のお墓です。
『奥平貞治???』
そう。
この人は徳川家康から小早川秀秋の陣へと派遣された、いわば【目付】。
ちゃんと寝返るかを監視していたんですね。
ちなみにこのブログでも、一度登場ています。
これ → http://ameblo.jp/mikawa-hide/entry-10220838509.html
じつはあの後のハナシですが、予定通り(?)東軍に寝返った小早川隊。
まず最初に大谷吉継陣を攻めました。
そのときに奥平貞治は先頭切って大谷隊に攻めかかったのですが、大谷隊の激しい抵抗に遭い、討たれてしまいました。
以外とこの話は知られていませんが、家康は鉄砲撃って寝返らせたのではなく、こうして【目付】を派遣して工作していたのですね。
う~ん用意周到な古狸。(←だれかコメントしそう。)
そしてなぜかココにお墓があります。
なぜココなのか、それはナゾ。
お墓は子孫の方が、碑は保存会の方達が建て、今日に至ります。
以外と知られていない関ヶ原合戦の一幕。
ココにもまた、歴史が眠っています。
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