本音を話さない間柄は 相手や自分が何を感じているのか分からなくなる |  なんとかなるさ

 なんとかなるさ

川の流れのように

静岡県東部(富士市)
リトリーブサイコセラピー
心理セラピスト
子間宮みかですピンク薔薇



画像お借りしました。
昨日の夕飯は静岡のソールフード
さわやかハンバーグを食べに行きました。
一時間待ちでも食べたい美味しさラブラブ
私は半分はオニオンソースで
半分は塩コショウ派ですウシシ


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スーパームーンが今夜とのことで
このせいでフツフツモゴモゴ体の中で
少しムカムカッときている感覚が出てるのかな?と感じていました。

でもはやり、
両親となんらかの接触をすると
感情が反応しているみたいで、

今までの癖でスルーしてみたり、
良い話で終わらせようとしたり、

感情と思考が違う違和感が
その後わかってきます。


違和感を探ると
「向こうの両親には甘えろよ、
親は甘えてもらえれば嬉しいのだから。
会いに行っているのか?」

「頼っているし仲良くしている」
と伝えると

その後、
嫁の立場やら常識やらで
お前の為という名目でオブラートに包み
数分続いた電話でのダメだしの言葉、

なぜ家には来ない!を言いたいのに
このような方法で罪悪感を刺激する。
その罪悪感がグサグサ
トゲが刺さっていたようで
自分を責めていたようガーン


感情と思考のズレの
違和感が普通になりすぎると
自分の感情が分からなくなるといった
ことになりかねないので

ジワジワじわじわ
違和感として体が伝えてくるものに
耳を傾けました。

両親との関係が今、
用事があるから遠慮しておくね、
との言い回しで回避しているのは

行きたくないと
"本音を言うと傷つける"
と昔からこんな言い回しを
しているのですね。

"遠慮"
という言葉は使いようで
"ヘリ下る"
とも似ています。

言葉は遠慮やヘリ下りを建て前にして
カモフラージュしていても
非言語の部分は"拒否"です。

その拒否を言葉にすると
私を自由にして
という監視員に主導権を
握らせて自分は捕まっている
ことを意味している事が分かりました。


親は いっけん寛容な言葉を話しますが
罪悪感や親不孝といった
非言語の圧力をかけているので
それを受け取っているのでしょう。

それをまだ理解しないで
"お前が悪い"
を受け入れている。

受けとりながら表面上、
罪悪感や親不孝と責められないように
遠慮という策略を私はとっている。

これが穏やかな場面での
原家族の関わりかた。

本音を話さない間柄は
自分の感情を回りくどくしていて
ますます相手や自分が何を感じているのか
分からなくなる。


そしてそれが一旦牙を剥くと
罵倒・拒絶・蔑みに変わるのも
人を信じてはいけないに
繋がっていた。


純粋に"相手を思いやる"
家庭の中で育ったのなら
そこに罪悪感や自分責めも生じなかった
だろう。

モヤモヤをそのままスルーしていたら
きっと今後の成り行きにも
翻弄されていたことでしょう。


自分を知ることは
自分の感情をちゃんと理解してあげる事。

もう、そんな繋がりかたは
嫌だと自分の中で決意する事


それがなくては
親子といえども
人 対 人
の付き合いができない。

訳の分からない
罪悪感や責められている気持ちを
見極めること。
見極めが足りない!!

自分がどこか悪いと思うから 
自分から捕虜になるのだから。

心の目を研ぎ澄ましていきたい。



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