バケモノの子を見て思い出す |  なんとかなるさ

 なんとかなるさ

川の流れのように

静岡県東部(富士市)
リトリーブサイコセラピー
心理セラピスト
子間宮みか ですピンク薔薇


バケモノの子の"きゅう太(蓮)"

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親が離婚した後、母親が亡くなり
養育すると言った親戚を拒否し、
一人で生きていくと決めた
ハングリーな目、
ぽっかり空いた心の闇、


あー、私もそんな目をしていたなー、
と若い頃の自分を思い出しました。

23才ころかな、
付き合っていた彼氏に
テレビを見てる目が怖い
と言われた事がありました。

ぼーっとすると
いつも何かを睨み付けていたようです。


片時も離さず心の中には
どうすれば 
このぽっかり空いた心の闇、
親に対する恨み、

そしてどうすれば親を許せるのか、
この闇を持て余していました。


この闇は
例え彼氏がいても
友達がいても
ある一定のところからは進めない
心を人に赦すことが出来ない苦しさ、

自分自身にさえ心を許せない
得体の知れない大きな大きな闇でした。

苦しいよ~
辛いよ~
悔しいよ~
助けてよ~

誰も助けてくれる人なんていない
誰も信じれない
人と分かり合えない

そんな自分を変えたくて

親に何度も何度も挑んで

何度も何度も返り討ちにあって

何度も何度も挫けて

何度も何度も立ち上がり

悲しきハングリー精神だけが
育って行きました。

目だけがランランと腹を空かせた
狼のように鋭く光っていました。


親に理解してほしい軟らかい心と
裏腹に
真実を知りたい、

親子とは?愛とは?
なぜ悲しみを受け止めてもらえないの?
なぜ二人は私が悪いと吠えるように
責め立て勝ち誇ったように見下すの?

親の固い威厳という壁を
打ち壊そうとする度、
その壁で守っている
人間の弱さを垣間見る。


だからといって親の弱さを汲み取り
闇を抱えたままの
自分を諦めるわけには行かない!


結局は自分自身との闘いだった。


仮に親の"弱さを見せないための
威厳や見下しはやめて!"
と言ったとしても
親はそんな事は何の事だ?と
潜在意識の弱い自分など何のこと?
と認めないし見たくないだろう。


だからと言って
私が犠牲になればいいのか?!


「親に分からせる」が
私が救われる唯一の方法だと思った。

どちらにしても親に変わってもらわねば
私は変われない!(と思っていた)
自分の人生を生きれないもがき苦しみと
二十歳を越えても未だ親に執着し
親を困らせる罪悪感がついてまわった。



バケモノの子のワンシーンで

画像お借りしました

きゅう太に稽古をつけるクマハチが
上手く伝えられずにいると、仲間に
「幼い頃の自分を見つけにいかなきゃ
伝わらない」(ざっくり)
のような事を言われていた。


親は子供に何かを分からせる前に
親自身の幼い頃の自分を見つけに
行かないと伝わらないのだなぁ。


自己流でギリギリまで頑張ってダメで
絶望に潰されながら救いを求め
さ迷い続けて
四十を過ぎてようやく
心理セラピーに出会え
幼い頃の自分を救い出せた。

それは親を変えなければ私は変わらないと
挑み続けてきた私の月日が
無駄だったと感じるような展開だった。
(親を変えなくても変われると言う意味)

でも刀を作るときのように
よく熱し よく打ち
しかも折れないよう強くしていった
工程だと思うようにしたい。

その仕上げがセラピーだったのだ。





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