安室の最も心に残った言葉~コナン劇場版「ゼロの執行人」を見る~ | みかんともブログ

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特にマンガ、アニメなどの二次元、音楽、ライトノベルが中心ですが、最近はポップカルチャーを詠む短歌についても触れています。
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名探偵コナン劇場版最新作「ゼロの執行人」について前日のブログで紹介しましたね。
見に行こうとしていてまだ見てない人もいるでしょうから内容バレを避けて書こうと思うのですが、この映画で最も心に残った言葉は記しておきたいと思いました。
 
それは、脈絡もなくコナンから安室透が「誰かと付き合ってるの?」と問われて、
彼はこう答えたのでした。
 
僕の恋人は…この国さ
 
日本の安全を蔭から守る公安警察に身を置く安室。
彼には様々なものを犠牲にしながらも守るべき「日本(くに)」がありました。
「自由」と「自己実現」が標榜されるこの平成時代にあって、安室が個人の枠や目に見える人間関係の枠を超えて、大きなもののために自分をささげ守ろうとしていることに一種の感慨を覚えるとともに時代の推移も感じました。
 
国家主義が引き起こした第二次世界大戦の敗北と災禍の中で、
「僕の恋人は…この国さ」という価値観の表明はながらく忌避されてきたと思われます。似たようなことを国家主義者や政治家がスローガン風に使ってもきました。
例えば独裁者ヒトラーは「私はドイツと結婚している」と公言していたことは有名です。
マンガやアニメでは、そのような言葉は、国家主義に凝りかたまった悪役のフレーズか、そういう国で生きざるを得ない登場人物の悲哀を表現するものが多かったようにも思われます。
 
しかし、安室の言葉は、違っていました。死と隣り合わせの行動の束の間のひと時に口にされたその言葉は、政治的スローガンやアイロニーとは全く異質の、偽らざる心情だったことでしょう。
そこには公安警察を司る矜持みたいなものもあったことでしょう。
そして、やはり自分が生まれ育ち日々暮らすこの国を守りたいという素直な気持ちなのではないかと僕は受け取りました。
 
戦後、1人1人の個人が大切だ、国に己をささげることは戦前の国家主義的な振る舞いで、民主的ではない、前近代的だという批判が続いてきました。
そういう批判も基本的人権の確立のために必要な面があったとは思いますし、「基本的人権は公共の福祉に反しない限り国政上最大限に尊重される」という日本国憲法の精神はとても大切だと思います。漫画やアニメ、音楽に大切な表現の自由もそのような基盤の上に保障されます。
それと同時に、自分が生まれ育った「くに」(郷土・地域・国・地球など。必ずしも国家とは限りません)を慈しんだり大事に思う心情や価値観は否定すべきことではありませんし、また個人と集団のバランスの中で、誰かがその「くに」を守る務めを引き受けなければなりません。東日本大震災の中で強く意識させられました。成員が成しうる範囲で共同体を守り、それ以上の備えは専門家に委ね、敬意を払う。そういう気持ちもときに大切なように思います

安室はある局面では悪役も引き受けながら大切なものを守る。
 「僕の恋人は…この国さ」という言葉が現代日本を舞台にし、過酷な状況で、安室の口からカッコよく出てきたところに作り手の安室へ託したいろいろな思いを汲み取りましたよ。
コナンが本来の自己を取り戻す願いを象徴するとしたら、安室は自分の帰属するものへの思いを象徴しているようにも思ったことでした。どちらも欠かせないもののように思われます。
 
ちょっと真面目なことを書きましたが
そういえば、なぜコナンは生死を賭けた行動の前に、唐突に恋愛の質問を安室にしたのかは謎でしたよ~。