産経新聞の前ソウル支局長が韓国大統領の名誉を棄損したとして在宅起訴されていますが、10月19日に韓国の検察側が懲役1年6か月を求刑しました。
この問題、表現の自由に関わることなので関心を持っていました。
以前5月のブログで書いたムハンマド風刺画テロ事件に続いて、表現の自由というテーマでこの件を取り上げたいと思いました。
経緯はこうです。昨年2014年8月3日に産経新聞の加藤達也ソウル支局長(当時の肩書)が、2014年韓国フェリー転覆事故の当日に朴槿恵韓国大統領が男性と会っていたという噂があるということを朝鮮日報や証券街のコラムなどを引用して、加藤支局長が日本語で日本向けにコラムを書き、産経新聞のWEBサイトに掲載しました。
すると、韓国大統領府や在日韓国大使館は「名誉毀損などにあたる」として記事削除を求めましたが、産経新聞は記事の削除に応じなかったため、韓国検察が加藤支局長を朴大統領の名誉を毀損したとして起訴し、出国禁止処分としたというものです。(なお、加藤記者は現在は帰国しています)
当初から疑問の声が上がりました。韓国は言論の自由を保障している国であるはずなのに、大統領への名誉棄損で他国の新聞記者を訴えていること自体が異例なことに加え、
韓国の新聞の記事を根拠に、日本語で日本向けのWEBサイトに載せた記事を名誉棄損に当たるとしたにもかかわらず、根拠となったコラムを載せた韓国の新聞社には処分が下されなかったからです。
日本ペンクラブは早速韓国の検察当局に対して深い憂慮を表明し、日本外国特派員協会も懸念を表明しました。また、アメリカ国務省のジェン・サキ報道官、フランスの日刊紙『ル・モンド』、国際新聞編集者協会などもこの件に関して懸念を表明したのです。
評論家の佐藤優氏が指摘するように、
「この程度の内容を理由に新聞記者に刑事責任を追及するというのは常軌を逸しています。それに、米国、ロシア、ドイツの記者が同じ記事を書いたとしても韓国当局はこのような対応をしなかったと思います。
そもそも加藤さんが引用した韓国紙の記事を書いた記者は起訴されていません。明らかに日本のマスメディアが狙い撃ちにされています。」(「佐藤優から加藤記者へ」『産経新聞』)
加藤記者の起訴の件は僕も佐藤氏と同じ懸念を共有します。
日本における表現の自由に対する圧力にも感じられました。
日本の政治に携わる公人がインターネットで他国の記者やメディアで誹謗されても、名誉棄損で刑事責任を問うような真似はもちろん日本の検察はしません。
人権を保障していない中国政府でさえも他国の記者をその国向けのインターネット記事を理由に、名誉棄損を適用して起訴した話を聞いたことがありません(記事内容によっては記者の国外追放はありましたが)。
もしも今回の韓国の論法を認めたら、極端なことを言ってしまうと、韓国の権力者に関わることで名誉棄損に解釈されうるマンガ・アニメ・音楽を日本語で日本のサイトにアップした場合でも、韓国で起訴されたり、入国した際に拘束されるという事態もありうるのです。
もちろん、その国やある集団で大切にされている存在に対して、正当な理由もないのに強いて名誉を傷つけるような表現は僕も慎んだほうがよいと思います。そのようなことをわざわざしたいとは思いません。
しかし、政治権力を握る者は、日本であれ、他国であれ、言論の自由が保障されていれば、批判にさらされるのが常です。僕も加藤記者の当該記事を読みましたが、これが国際的な疑義を招いてまで起訴するほどの名誉棄損なのかとも思われました。(下が当該記事です)
http://www.sankei.com/world/news/140803/wor1408030034-n8.html
日本は朝鮮半島を植民地化しその地の人々に苦難を背負わせた点については反省すべきことが多々あり、また、それを慮った言動が必要でしょう。しかし、だからと言って、表現の自由が他国の記者以上に制限されてよいということではないと思われます。
幸いにも韓国国内でも加藤記者の起訴は行き過ぎだという意見もあります。
有力紙のハンギョレ新聞は2014年10月12日の社説(日本語版)で、記者の起訴を国の恥とし、大統領が事態を収拾することを主張しています。
韓国は言論の自由を民主化運動で勝ち取った国。
この問題を日本と韓国の対立にするのではなく、内外問わず表現の自由を大切にする人たちとの連帯を大切にする機会になればと個人的には思います。また、韓国内で同様に名誉棄損で起訴されている人たちが不当に扱われないように願われます。
まだ、加藤記者の第一審判決は出ていませんが、いい形での解決を願うばかりです。