主人公「深瀬」は、大学時代に起きた親友の事故死にうっすら関係しており、日々罪の意識に悩んでいる。だが心のどこかでは自分は悪くないのでは、最も悪いのは、一緒にいた他の仲間で…と責任転嫁している感情も持ち合わせている。
 

そんな彼とその他仲間に、おまえは殺人犯だという告発文が届くのをきっかけに、告発文の犯人探しをすることとなり、死んだ親友と事故の真相が明らかになっていくという話だ。

湊かなえの作品は生まれて初めて読んだけれども、人物の人となりを書くのがとても上手だなと感じる。主人公のジメジメした感じとか、同級生の横柄な感じとか、死んだ親友の人柄というのがそれぞれの書き分けられていて、発言とか行動にも説得力がある。

自分の場合、小説ってその世界に浸りきるまでがちょっとおっくうで、世界に入ってさえしまえば後は流れに乗って読みまくるだけという感覚がある。「リバース」は、この人物の書き分けのおかげでかなり早い段階で感情移入ができたから凄く良かった(このところが、「蜜蜂と遠雷」は合わなかった)。

(ここから、ネタバレありますので注意ください)
 

これまでミステリー小説を何冊か読んできて、どの作品でも「真相が知りたい、真相が明かされれば納得できる」と期待して読み進めて来たのだが、真相を知ったことによって、こんなにもやるせない気持ちになったことは今までないかもしれない。それほどショッキングなラスト2ページだった。


死んだ親友の両親や古い友人らを訪ね、自らが知らなかった親友像を知り、本当にいいやつだったなと、彼女とも手を取り合って前向きなエンドを迎えられるところだったのに。まさか最後のほんの数分で、親友が死んだ主な原因は主人公が作っていたことが判明するとは。
 

「広沢を殺したのは、おれだったのか。」というラスト一文で、感覚だがガラッと世界の色が変わって、これまでのやり取りが全部ただの茶番になったと感じた。主人公にすっかり感情移入しているだけに、これからの人生、こいつはどういう思いで生きていくのかと心配になる。多分、人間関係も全てぶっ壊れるだろう。

これがイヤミスの女王と呼ばれる人の作品パワーということなんだろうか。読み終えてしばらく放心状態となり何も考えられなかった。大変気に入ったので、今後はそのほかの作品も積極的に読んで、進んで世界観に浸りに行くこととする。

最近読み終えた小説2つの感想。



○蜜蜂と遠雷(恩田陸)
「蜜蜂と遠雷」は天才ピアニスト4人の話であり、読書系youtuberいわく「文から音が聞こえる」ほどの作品とのこと。直木賞と本屋大賞をダブル受賞している紛れもない名作だ。

自分、これを読んでいる途中までなぜかこの作品の作者を「DIVE!」を書いた「森絵都」だと勘違いしており、あの「DIVE!」を書いたのだったら面白いこと間違いないと思って読み進めた。が、結果作者も中身も面白さも全然違っており、自分にはちょっと合わないなという感想を抱いた。

多分、受け手である自分の読書レベル、教養レベルが足りていないせいなのだと思う。コンクールに向き合うピアニストたちの繊細な心理描写、崇高な音楽の多彩な表現、歴史的な描写ともに、凄い表現力、文章力で非常に丁寧に書かれているのがよくわかるのだが、それが悉くピンと来ず。

ピンと来ないもんだから、せっかく名文なのにそれを「長すぎるな」と思ってしまったし(単行本でビッシリ513ページ、文庫本だと900ページ超!)、主人公の一人「風間塵」の言動が、高校生なのにあまりに子どもくさくて「小学生かい」と心でツッコミを入れてしまうなど、楽しめなかった。

賞を取った名作だからと言って、それを受信する側の自分の問題でそれを理解できない場合もあるのだな、というのを知ることができた作品であった。世の中の読書家たちも、こういう「名作だけど自分には合わなかった」っていう作品はあるのだろうか。

○蹴りたい背中(綿矢りさ)
「蹴りたい背中」は、冒頭の「さびしさは鳴る」という部分などにもあるように比喩表現が凄く特徴がある。これを書いたのがなんと19歳の時だとは本当に恐れ入る。

この作品では、日本語では表現できない、言葉でも説明されていない不思議な感情のことがメインテーマとして書かれているなと思った。この何とも言えない感情を、読み手自身が理解できるかどうかが本作を面白いと感じるかどうかの最重要ポイントなんだろうなと思う。

自分はというと…主人公「ハツ」が他人と群れたくないと表面では思ってるのに、深層では誰かと一緒にいたい、仲良くしたいと思っているという、ここの感覚は理解できた(理解できてしまった)。だが、「にな川」を蹴りたい、痛めつけたい、もっと困った顔を見たいと思う心境については、理解ができなかった。

だから、自分のこの作品における魅力吸収度は、半分かそこいらなのかもしれない。あるいは、自分はパンサーの尾形さんの「負け顔」や、古くは月亭方正がモリマンにボコボコにされるシーンを最高に面白いと思っているが、この感覚と同じなのか?

いや違うだろうな。この作品のは「好き・憧れ・気持ち悪さの排除欲・嫉妬・独占・性的感情・サド・引きずり下ろしたい欲…」など、もっと沢山のいろんな感情が、混ぜこぜになった状態のようになっている…と読み取った。これを一言で「蹴りつけたい」と表現するとはまた、なんと深いのだろう。

9歳の息子が、夏休みの課題である絵日記?を登校日前日ギリギリで慌てて記入していたので完成後に見せてもらった。


慌てて課題に取り組むあたりは実に小学3年生っぽいなと思うし、自分も心当たりが大アリだ(確か同じくらいの年齢のとき、絵の具を使う「絵」を涙目になりながら描いたな)。
 

息子の日記の内容は、工作の「とけい」を作った過程を書いたもので、一文目に「私は夏休みで友だちといっしょにとけいを作りました」とある。そして二文目でまさかの「まず、とけいを買います。」と続き、自分は意表を突かれて、酔っぱらっていたこともあり大笑いしてしまった。


二文目でもう時計完成してるじゃん、と指摘すると息子も本当だ、とゲラゲラ笑っている。繊細な子だとこれで傷つきそうなものの、うちの息子はこの点おおらかで良かったかも。別な用紙に一切練習するでもなくいきなり、本番で文章を書き始めるからこうなるんだと伝えても「そうかー」と。

息子の言いたいこととしてはおそらく、時計の工作キットを買ったという意味なんだろうなとはわかるが、この辺が実に日本語って難しいなあと思わざるを得ない。例えば日本語勉強中の外国の人がこれを読んだら噴き出すかあるいはホワイと叫ばれそうなきがする。
 

自分は、指摘はしたものの面白いからこのまま提出してほしかったが、その後彼は「まず、とけいの材料を買います。」のような文章に直してしまった。まあ、さすがに家で笑っているのと、クラスで笑われるのは感じ方が違ってくるかなあとも思うからそこは息子の意思に任せる。

 

なんとなく、芸人の「タイムマシーン3号」の有名なネタの、手遊びうたの「おべんとうばこのうた」替え歌を思い出した。あのネタでは「これっくらいの、から揚げ弁当に」と入る。いきなり前提が壊れてしまう思い切りの良さが面白い。息子の絵日記もこのタイプだと感じた。


学校の先生は、激務のイメージが強いがきっとこういう、子どもならではの奇跡的な面白さを日々目の当たりにして少しばかりの癒しにしているのではないだろうか。

セルフのガソリンを愛用する理由が「金額が安いから」よりも「人と喋りたくないから」という要素のほうが強い自分である。
 

だがよく訪れるセルフのガソリンスタンドは、日頃からよくキャンペーンを実施して、給油中の自分のところにやって来ては、ティッシュ箱のサービスとともにアプリとかカードの説明をしてくるので、自分としては放っておいてほしいため毎回辛い。


ティッシュ箱はあればあるだけ使用するので間違いなくありがたいのだが…それと同時に新しいサービスの話を聞かされるとなると、それはもう遠慮させていただくしかなくなる。あの独特の、スタッフの方がゆっくり近づいてくる場面が嫌なんだよな。

仕事中となれば自分は「ON」の状態となり、どんな人物であろうともいくらでも盛り上がって喋れるし、うんうんと頷きながら傾聴できるのだが、「OFF」のときは駄目だ。全てのことを面倒くさいと感じるし、なんならずっと家で横になっていたい(ニートの素質があるのかもしれない)。

こういう人間にとっては、今時の「セルフサービス」は面倒ごとのようで面倒でなく、むしろありがたい存在であったりするものである。ガソスタも同じで、人と接する必要がなくて、しかも有人よりも安めになっているとなればこれはもう使わざるを得ないところだった。

が、当該スタンドは前述のとおりガンガン絡んでくる。セルフである強みを割と理解していないような気がしてならない。経営戦略的に、セルフにして人件費を削りつつも、積極的な呼び込みでアプリやカードの顧客を増やしていきたいという、相反する成果を求められているんだろうか。

結果、話しかけられるたびに、明らかによれよれのシャツを着てヒゲづら、寝ぐせ立ててぼーっと給油しているくせに「あ、急いでるんで」とか、そのいで立ちで何を急ぐことがあるのかという、変な回答をしてしまうことになる。

他の人たちはこれについてどう考えているんだろう。あまりにもニッチなトピックスだがいつか大規模な集計をしてその結果を見てみたいのだが。


ジョギングのために新イヤホンを導入したが、これまでのを長く使い過ぎていたせいで人見知りならぬ物みしり状態で戸惑っている。

これまでのやつは、大切に4~5年は使っていたがいよいよ先日寿命を迎えたらしく、ついぞ左の耳元でバチバチとスパーク音が聞こえるし、右のほうは一歩走るたびにドンドンと打突音がするようになってきた。愛着がかなりあったものの、これはいよいよ駄目だと思い、この度新しいものを買うことにしたのだった。

調べてみるとこの4~5年の間に同シリーズのものは生産終了となっていたため、これまで全く触ったことがないものをチョイスせざるを得ない。それで選んだのが、耳の中にイヤホンを入れて装着するのではなく、ちっちゃいスピーカーが耳元手前で固定されて音が飛んでくるという仕様のものだ。

従来のイヤホンタイプだと、走っているときの足音(…足から体、耳へ伝わってくる振動音)が響いて影響してくるが、新アイテムの場合はそれがない。実際走っていると音もクリアで良い。

ただ今のところ戸惑っているのは、操作方法が全然慣れないということ。操作ボタンの位置や操作方法がまるで違う。特に曲を次にスキップするには「音量アップボタンを長押し」するというやり方だが、走りながらだと指がブレて、長押しでなく「連打」になってしまいがちだ(ドンドン音が大きくなってゆく)。

また、曲を前に戻す場合は「音量ダウンボタンを長押しし、ポーンと鳴ったら1秒以内にもう一回ダウンを押す」というもので、これまた、なかなか操作が難しい。基本ノールックで押すものだし。従来のイヤホンだと単独で、曲のスキップボタンがあったから良かったのだがなあ。この辺は慣れるしかないか。
 

あと、使ってみてわかったことだが結構音漏れがする。耳から離れているイヤホンから音を飛ばすのだから当然と言えば当然のことなので、これについては、ほかの歩行者になるべく迷惑をかけないように、速やかにその場を走り去ることで対応しようと思う。


これまでのものはあまりに使い慣れて、無意識に指が動いて操作していた。新しいイヤホンも早いところ我が物としたい。

キャンプ旅行最終日は謎解きありホラー展開あり。

まず、朝起きたら前日我々を助けてくれた「タープ」を片付ける(前日は雨が強すぎて片付けられなかった)。朝見ると若干形がひしゃげており、「あぁ、きっと風が強かったんだろうな」と思いつつ設営が甘かったのであろうとも感じてしまう。

スタッフの方が焼いてくれたモーニング・ホットドックが超美味しく、これでパワーを貰い、施設で実施しているイベント「夏油クエスト」(要は謎解きゲーム)を申し込んだ。

夏油キャンプ場はスキー場でもあるのでかなり広大で、チェックポイントやヒントを探そうとするとかなり歩くことになる。大量のロッカーの内1つだけに貼られているヒントを探したり、ロープウェーに乗って支柱に書かれたキーワードをメモったり、展望台で宝箱を開けたりなど、かなり冒険してる感があり、真っすぐに面白い。

各クエストの難易度はかなり高かった。暗号等の謎解き部分は自分と妻と、中2の娘だけがなんとか対応でき、9歳息子は完全に蚊帳の外にならざるを得なかったのはちょっと残念だったかも。拾ったキーワードをアルファベットに変換しての、並べ替えの、地図にバッテン書いての…なんてガチすぎて小3には無理だ。

これで、最終回答「GET OVER WINTER」というフレーズを受付に伝え、合格と言われたときはマジで嬉しかった。完全に大人向けだったな。所要時間1時間~2時間半と言われてて、かっちり2時間半かかってしまったのはちょっとだけ恥ずかしさがあった。

頭脳を使い切ったのちランチを済ませて、さあ青森市に帰ろうとしたら「愛車ルーミーの後部座席が何もしていないのに勝手に開く」というホラー展開に襲われる。カギには誰も触れていない。開くたび閉めるが、時間を置くとまた「ピーピー」と鳴って、走行中でもドアが開いてしまい、これから高速道路乗るってのに本当に怖い。

給油する際にスタンドの人に聞いてみるもわからないと言われ、こんな250キロも離れた旅先で一体どうしたら…と一同パニックになりかけたところ、ドアにシンプルにロックをかければいいじゃんという、9歳息子のシンプルな一言に助けられた。こいつ、クエストでは知識の差で活躍できなかったというのに、これが若さのひらめきなのか。

ドアの件はこれからディーラーに見てもらうとして、今回はとにかくいろんなことがあった。直面した瞬間はいずれも冷や汗ものだったが、絶対記憶に残るし、我が家ではいつまでも語り継がれそうで、そういう意味で100点満点の小旅行だった。

夏油(げとう)キャンプ場での、計画通りに行かないことによって却って強烈に印象に残った旅行話について。
 

以下、元々の計画してたことと実際を対比していく。

計画①キャンプ場で青空の下、タープとハンモックを張り優雅に過ごす
実際①岩手県北上市まで250キロ車移動からの、人生初タープ設営。説明書き読みつつの作業で、おそらく普通の人の3倍は時間をかけ、ちゃんと作れたのは良かったが、気力体力が6割削げ。

計画②現場で機材を借りて楽しくBBQ、今回はバウムクーヘン作りにも挑戦
実際②雨予報で、降ってなくとも湿気が凄く炭に火がつかない。持っている着火剤を次々投入するもダメで、もはや着火剤そのものの火でなんとか肉を焼く状態。当然バウムクーヘンなんて夢のまた夢、一度もカバンから出なかった。

計画③事前に購入していた水鉄砲で息子に楽しく遊んでもらう
実際③大雨という自然の水鉄砲にタープをドカドカ叩かれ、遊ぶどころか避難した。タープが無ければ全てが台無しだったがなんとかバーべはある程度体験できて良かった、周りのキャンパーが雨でも平然としているからレベルの高さに驚く。

計画④マイ焚き火台を稼動させ、家に余ってる薪を全部消費し尽くす
実際④消費どころか水没し、従来より重くなって無念の持ち帰り

計画⑤ちょうど見どころの「ペルセウス座流星群」を、購入したマットを敷いて観察
実際⑤夜は霧で視界が真っ白。星が「雲のせいで見えない」ではなく、もはや「雲の中にいる」状態。

これが初日の出来事だ。ここまで事が運ばないと大層心が乱れるかと思いきや、これはこれで、楽しい気持ちになったから不思議だ。子どもたちはやりたい遊びができず不完全燃焼な感じはあったものの、体力を使って疲れたっぽく夜はぐっすり寝ていた。

雨に全然動じていない周りのキャンパーの皆さんを見ていて、「自然相手に計画通りにならないこと」こそがキャンプの神髄なのだと言われているように感じたし、実際面白いと思えたから、タープを初めて設営できた経験も併せて自分もレベルアップができたような気はする。あと、車に積み直した薪が重かった。


自分の職場には、何があっても頑なに「電話」を取らない人たちがいるので、自分は、彼らにイライラしないようにするため「電話を取って書類を書いたら2ポイント」「30ポイントで晩酌にビール1本追加できる」みたいな、自分だけのポイ活を始めた。

ポイ活は今年4月に開始して、最初のうちは「やった、これで30ポイント溜まったぞ」とか言ってうまく苛立ちを昇華し、仕事に対して動機づけもできていたのだが、あれから4か月が経ち、今や我がポイ活経済圏はドラゴンボールの戦闘力並みにインフレーションを起こしており、この状況に戸惑いを隠せないこととなっている。

というのも、ポイ活に関してどんどん追加案が沸いてきて、「一日の自分の受電率が50%越えだったらボーナス10ポイント」とか、「受付簿一冊書き切ったらボーナス10ポイント」とか、いろいろ設定しているうちに、いつの間にか累計が2,000ポイント超えとなってしまったもので。もはや、晩酌に1本追加する30ポイントなど、ノーダメージの体になってしまった。

これでは、もともとの目的が達成できないなと思い、「支出」の部分も膨らませて、「そもそも飲酒できる」月間サブスクとして150ポイント消費、趣味のランニングを計画通りできなければ200ポイント消費、というルールも付け加えていって、気づけば、1か月で当たり前のように1,000ポイントクラスの収支が出る。

このエスカレートの仕方は本当に、ドラゴンボールのようだなと思う。4月の戦闘力30は連載開始あたり、そして現在の戦闘力1,000となればラディッツ襲来のあたりだから、年末ころにはギニュー特戦隊、3月頃にはフリーザ様53万の域に到達か。

こうなっていくと…ゆくゆくは晩酌1本追加も3万ポイントとかにしないと辻褄が合わなくなるか?あるいはデノミネーション政策を実施してケタ数を調整せざるを得なくなるのか。自分による自分だけのポイ活で経済危機に直面するという、実は電話取らない同僚よりも自分が一番ヤバい人間だったというオチになりそうである。

「向日葵の咲かない夏」という、首を吊って死んだ同級生が翌週クモになって現れるという、かなりイカれたミステリ小説を読んだ。

(ネタバレありですので注意ください)

作品は、序盤で小学4年生の主人公「ミチオ」が、同級生S君の首つり死体を発見するも、死体が無くなってしまうところから始まる。いきなり衝撃的な出だしで、そこから3歳の妹ミカと「クモに転生したS君」の3人とともに、S君を殺した犯人と、消えてしまったS君の遺体を捜すという話である。

そもそも「クモに転生したS君」が、ミチオと相談しあっているという時点で頭が混乱する。妹ミカも3歳とは思えないほど理路整然と知的に喋るから、どうも世界観が不気味で、ゆがんでいる気がしてならない。こういうファンタジー小説なんだというならそれはそれでいいが、本当のところがイマイチ良くわからないまま、話は進んでいく。

犯人と思われる担任の先生は異常性愛者だし、母親はミカを寵愛してミチオのことは虐待しているのに、ミチオ自身は全然気にする素振りがない。また、ミチオはクモのS君の入っているビンの中にデカい女郎蜘蛛を放ち殺そうとするなど狂気が垣間見えるし、出てくる人が悉くヤバいので、人によっては気持ち悪くて読んでいられないかもしれない。

ただ文章に勢いがあるし、次に何が起きるのかわからない不穏さも手伝って、ページはスイスイ進む。先生の家に忍び込んだ時に、ミチオのネームプレートを失くしてしまったことがわかったあたり、読者である自分も「ヤバい」という気持ちにさせられたから、臨場感は抜群だ。

終盤のネタばれパート以降は怒涛の展開すぎた。唯一、まともな人だと思われていたS君の隣に住むおじいさんも動物の骨を折りたくて仕方がない危険人物だったし、妹のミカ、相談役のトコばあさん、想いを寄せていたスミダさんらは「転生した生き物(猫・花・トカゲ)」だった。なんだよ、生きた人間はほとんどいないのか。

結局、仲間たちはみんな頭の中でミチオが会話していたと。また、火事が起きて母親も父親も「転生」すると。真相はわかっても全然さっぱりしない、とんでもないイヤミス作品だったが、これがあの読後感さっぱりの「カラスの親指」書いたのと同じ人とは到底思えない。

読者を爽快感で包むのも、胸糞悪い狂気の世界に陥れるのも自在。道尾秀介という作家の振れ幅の深さに、ただただ脱帽するしかなかった。

DOWNTOWN+の青森LIVEを観覧し、生・松本人志に全身がしびれた。

先日ブログに投稿した「ダウプラの青森LIVEに応募した」件は、その後無事当選通知が届き、自分は収録日の8月1日を今か今かと心待ちにしていた。当日の現場はお客さんたちが300人。年齢層は、間もなく44歳になる自分よりも年上と見られるかたが多くて、男女比はおおよそ9:1というところだった。

開場していざ席につくと、端っこの方ではあったがまさかの最前列。自分は本当に、本当にダウンタウンが好きでして、これまでの人生、ほとんどの生活の場面において常にダウンタウン(というか松本人志)の存在があったから、青森にいながらこれからご本人を直接拝見できるのだと思うと、めまいがするほど緊張してしまった。

収録が始まると、まず松ちゃんは中継でA-BAYの前の砂浜から歩き始め、青森の街並みにコメント挟みつつ、会場入りした。会場はとてつもない大歓声!骨組みした座席が弱いのかもしれないけど会場が揺れている。目の前を松ちゃんが通ったとき、自分も冷静を努めながら興奮を隠せず、自然と手を振り松ちゃん!と名前を叫んでしまった。

会場が落ち着いたところで、あべこうじさんMCのもと青森の食べ物(南部せんべい、りんごチップス、りんごパイ)を食べて感想を語る。一口一口で都度笑いを取っててさすが(お客さんたちの温かさもある)。青森の印象は、控えめなように見えるとのことで、その通りだなと自分も思う。

その後の企画として、お客さんから事前に募集していたメッセージをガシャポン形式で取り出し、松ちゃんが対応するほか、青森クイズというのも実施された。

「3歳の頃、エキセントリック少年ボウイのカウボーイが初恋の相手だった」という女性の方からの質問では、ニイハオとカウボーイはどうやって考えたのか?またイカこどもはどうやって考えたのか?と。エキセントリック少年ボウイのことはわかるが、まさか日陰の忍者勝彦が話題に出るとは驚きだ。

また、「高校を卒業したら結婚すると思っていた」と話す女性もいて、大阪時代のアイドル級人気だった時の写真集?を持参し、サインを貰っていた。凄い。自分も昔本やCDはわざわざ予約してまで買うという大概なファンであったが、会場にいる人たち全員、ダウプラ年間申し込みをしているガチファンなんだということを改めて認識したところ。

青森クイズは、ネイティブな津軽弁を聞いて意味を当てるというもので、松ちゃんは本当に優しくて、悪態をつきながらも決してスカさず、考えてくれていたのが嬉しかった。一方で一問に結構大きく時間を割くので、こんなの松ちゃんに聞いてわかるわけないだろう、どんどん数をこなしてほしいのになとも思ってしまった。

とにかくファン冥利に尽きる楽しい時間だった。日頃、自分の周りにはこれほどのファンがいないから、青森にも熱量がある人が沢山いたことを知れて良かったと思う。松ちゃんは先の報道のとおりがんの治療をしたばかりであり、体調面でも心配だったところに、こうして来てくれて本当にありがとうと言いたい。できればこれからもぜひ、何度も青森に来てほしい。

松ちゃんといえば、地上波で以前のような活動ができていない現状には複雑な思いはある。一方で、それでも今回、この件もあって青森に来て頂けたんだよなというのもまた一つの事実であるし、自分としては忘れられない出来事となった。