【本当の自分と向き合う8】私、本当は心配だったんだな

 

こんにちは、野崎美香です音譜

 

リハビリの仕事に

疲れたあなたに贈る

 

アラフォー女性のための

 

「自信ゼロからのブレない自分軸づくり」

 

こちらを10日間にかけて

書いています^^

 

よかったら、

お付き合い下さいね♪

 

【本当の自分と向き合う1】あれダメ、これダメのダメ出しの嵐

 

 

【本当の自分と向き合う2】半径3mのパーソナルスペース

 

 

【本当の自分と向き合う3】敷かれたレールでリハビリの世界へ

 

 

【本当の自分と向き合う4】患者さんのためにできること

 

 

【本当の自分と向き合う5】あなたは今眠れていますか?

 

 

【本当の自分と向き合う6】出産、子育ては私の自信をゼロにした、、、

 

 

【本当の自分と向き合う7】自分が変わるしかない!6ヶ月覚悟で東京に通った私

 

 

昨日は、自分責め

ばかりしていた私が、

 

変わりたい!

と決意し東京に通い始めた

ことを綴りました^^

 

 

とはいえ、

初日は行ってみて違ったら

帰って来よう。

 

お金も戻ってくるかもしれない。

と思っていました。

 

今、考えるとイヤな生徒ですね(苦笑)

 

 

それが、行ってみて

場の空気に緊張はしましたが、

講師の宮越大樹さんのお話が

するする入ってきて、

 

もっと聞いてみたい。

と思ったのです。

 

 

それまでの私の考え方が

どんどんぶち壊されて

いく感覚でした。

 

面白いぐらいにガラガラと崩れて、、、

 

 

私はどんな狭い世界で

生きてきたんだろうと

思ったのです。

 

 

参加者のみなさんは全国、

海外からも来られていて、

職種も年齢もさまざまでした。

 

そんな方々の想いが聴ける場。

 

こんなところに来れて良かった♡

 

 

と、この場に来れた

有難さを感じました。

 

 

日曜日の最終の

飛行機で帰ってきて、

 

「どうだった?」

 

と主人に聞かれて

 

「すごかったー!」

 

と感動体験をすごい勢いで

話したのを覚えています。

 

 

ただ、当時授乳中でしたので、

休憩のたびに

トイレに行っては

お乳を出さないと、

 

一日が終わる頃には

大量に生産された

お乳で私の胸は

カチカチになっていました。

 

これだけは大変でしたが、

それも通ううちに

慣れていきました。

 

 

初回のDAY1、DAY2を

終えると宿題が出ました。

 

次回までにコーチングを

3人から受けること。

 

さらにコーチングを

3人にやってみること。

 

それで、思い当たる方に

お願いしてコーチングを

受けることにしました。

 

福岡から東京に通った

お話を聞かせてくださった方。

 

スクールの先輩です^^

 

 

テーマは?

と聞かれて一番に

解決したい

 

母との関係を

あげました。

 

 

これまでずーっと

私の周りをブンブン飛び回り、

追い払っても

追い払っても消えない存在。

 

あまりにうるさく感じて

「死ねばいいのに」

と思ったこともありました。

 

 

それでもやっぱり

母が死んだ後に私は

後悔し続けるだろう

と予測できたので、

 

ここで解決したい!

と意を決してお願い

しました。

 

指定された場所はホテルのラウンジ。

 

大きなソファに座って

話が始まりました。

 

 

メモを取りながら

丁寧に話を聞いてくださり、

自分の想いを吐き出しました。

 

「本当にそんな言い方でいいの?」

 

と言われ、

次第に感情がこもっていきました。

 

「もう迷惑だからほっといてよ!!」

 

そのあと、

母の気持ちを感じて

みないかと言われ、

母と設定した椅子に座りました。

 

 

そうすると、

じわーっと母の想いが

頭に浮かんできました。

 

そして、

涙が止まらなくなったのです、、、

 

 

分かったことは、

心配してくれていたということ。

 

自分が子どもを産んでも

母に産んでくれて

ありがとうと思えなかった私ですが、

 

ようやく母の気持ちが分かりました。

 

 

あまりに心配しすぎて、

私の行く先行く先で

何か言いたくなるんだ!

と分かったら、

 

ナント、感謝の気持が溢れてきました。

 

 

そして、

母の置かれている環境にも

目を向けることが

できるようになったのです。

 

 

9人姉妹の末っ子で

可愛がられて育った母。

 

結婚して転勤ばかりで

行く先々でストレスから

中耳炎になっていたこと。

 

幼少期には

私たちの身体のことを考えて

なるべく手作りの

お菓子を作ってくれたこと。

 

 

誕生日に作ってくれるケーキは毎年

アップルパイと決まっていて、

とても美味しかったこと。

 

 

調味料にもこだわって、

油を取り寄せたり

してくれていたこと。

 

両親(祖父母)が

高齢だったので、

子育てを手伝ってもらう

こともなく一人で

奮闘していたのだと分かりました。

 

そうすると、

これまでの母を責める気持ちは

一気になくなっていきました。

 

こうやって書くと、

カンタンに解決しているように

感じるかもしれませんが、

 

 

これを機に、ようやく

 

「他人の気持ちになって考えること」

 

ができるようになりました。

 

 

私はそれまで

私のメガネを通してしか

世界を見ておらず、

 

勝手に生きづらさを

抱えていたんだと分かりました。

 

そうすると、

とても身体が軽くなりました。

 

 

自分で自分に重しを

載せていたんだと思います。

 

それでがんじがらめになって、

自作自演の悲劇のヒロインでした(笑)

 

こんな意識改革が起こった

コーチングスクールでの学びは、

私にとっては一生ものの宝です。

 

 

あなたは、人生でどんな

学びをしてきましたか?

 

医療従事者として、

患者さんと向き合っていると、

 

正義感を感じて

自分を正当化してしまったり、

戦っている人もいるのかもしれませんが、

 

もし、あなたが過去の私のように

戦っている自分がいるとしたら、

 

それは、

 

「母親との関係」

に隠れているのかもしれません。

 

 

次回は、

 

「え?私こんなに笑えるの?」

 

について書いていきますね^^

 

 

では、今日も最後までお読みいただき

ありがとうございました!

 

残りはあと2日となりました^^

 

どうぞお楽しみに。

 

 

 

 

 

登録無料のメールマガジンをお届けしています。

ご登録はこちらです↓

 

 

【本当の自分と向き合う7】自分が変わるしかない!6ヶ月覚悟で東京に通った私

 

こんにちは、野崎美香です音譜

 

リハビリの仕事に

疲れたあなたに贈る

 

アラフォー女性のための

 

「自信ゼロからのブレない自分軸づくり」

 

こちらを10日間にかけて

書いています^^

 

よかったら、

お付き合い下さいね♪

 

【本当の自分と向き合う1】あれダメ、これダメのダメ出しの嵐

 

 

【本当の自分と向き合う2】半径3mのパーソナルスペース

 

 

【本当の自分と向き合う3】敷かれたレールでリハビリの世界へ

 

 

【本当の自分と向き合う4】患者さんのためにできること

 

 

【本当の自分と向き合う5】あなたは今眠れていますか?

 

 

【本当の自分と向き合う6】出産、子育ては私の自信をゼロにした、、、

 

 

これまでに、

私の自信メーターが「0」近辺を

行ったり来たりして

いたことを書きました。

 

今日は、ようやくそこから

出る決意をしたお話です^^

 

人生って迷うことって

ありますよね。

 

きっと、それはあなたにとっても

ベストなタイミングで

起きているんですよ^^

 

 

 

さて、それまでの私は

自分責めをすることで何とか

バランスを取っている状態でした。

 

自分に足りないものを

足そうとするけど、

足しても足しても

埋まらないので、

 

そのパターンを繰り返していたのです。

 

 

自分を責める

ということは他人も責める。

 

都合の悪いことが起きると他人のせい

(主に母)にしていました。

 

でも、これでは

上手くいかないことに

気づき始めたのです。

 

 

本を読んでは、

 

「私はアダルトチルドレンかもしれない」

 

などと思うのですが、

そこに解決方法は

ありませんでした。

 

 

産休、育休後に

仕事に復帰した初日、

 

子供と離れる時間があるって

こんなにありがたいんだ!

 

とそれまでの子育ての

重圧からの解放感に

浸っていました。

 

 

それから保育園に

お迎えに行ったら、

 

「ママー!」

 

と飛びついてきた子どもに

ちょっとびっくりしました。

 

 

こんな(ダメダメな)私だけど、

この子にとってはお母さんなんだー。

 

「しっかりしなきゃ!」

 

と思ったのです。

 

 

解放感で楽しく

働けていたのも束の間、

時短勤務の私に

役職の仕事が務まるはずもなく、

 

科長には

「ママたちは・・」と呼ばれ

十把一絡げにされたとまた腹を立て。

 

これまで一生懸命

働いてきた自分のキャリアは、

出産したとたんに振出しに戻るんだ、、、

 

とガッカリしていました。

 

 

それなのに、

土曜日・日曜日まで仕事をしたりして、

 

「私は何のために働いているんだろう?」

 

と自問自答を繰り返しました。

 

 

あなたも、

子育てをしながらそんな風に

悩んだことはありませんか?

 

 

当時勤めていた病院は、

こどもが3歳になったら

時短勤務から常勤に

戻らなければなりませんでした。

 

2人目がなかなか

授からなかった私は、

1人目が3歳になる手前で、

 

「このまま常勤で働くのはムリ!」

「ママ扱いされるのはイヤ!」

「私の居場所はここにはない」

 

と思い退職しました。

 

今思えばバーンアウトですよね。

 

 

それともう一つは、

職場でのスタッフによる

患者さんへの声かけ。

 

強制的に訓練をさせようとする、

その声かけを聞くのがイヤだったのです。

 

 

患者さんの人権を

無視してまで、

自分が勉強してきたことを

実践したいのか。

と感じていました。

 

言語聴覚士として

患者さんの気持ちを

側で聞いてきたからこそ、

そんな言い方しないで!

と思っていました。

 

 

それを放置して、

指導できない自分もイヤでした。

 

「私が言ったところで…」

「なんて言えばいいんだろう」

「でも、酷すぎる」

 

結局コミュニケーション

能力の低い私は、

そこから逃げることしか

できませんでした、、、

 

 

 

こうやって、

とにかく追われるように

仕事と家事、子育てを

やっていましたが、

 

私の精神状態は付いて行けて

無いと感じていたのです。

 

当時は私がイライラしていると、

子どもも体調を崩していました。

 

 

 

退職後はしばらく休んで、

パートで働き始めることにしました。

 

そこで出会った

理学療法士さんに、

以前はコーチングに興味が

あったという話をしたら、

 

「アドラー心理学って知ってる?

 

コーチングとアドラー心理学を教えてくれるところがあるよ?」

 

と教えてもらったのです。

 

 

実は心理学にも興味があった

私は飛びつきました。

 

メールで送られてくる動画を見て、

 

「あー!これ!

これができるようになりたい!

そしたら色々解決しそう!」

 

と思ったのです。

 

 

そうしたら、

次に教えてもらったのは講演会。

 

これは2人目を出産して

3か月後でした。

 

教えていただいた

コーチングスクールの講師、

宮越大樹さんの講演が福岡で?

 

これはチャンス!

 

 

と思いました。

 

が、子どもは産後3ヶ月。

 

子連れで参加しても良いか聞きました。

これはOK!

 

そして、主人にも

相談したらこれもOK!

 

「子どもは見ておくから行っておいで」

 

と言ってもらえました。

 

1人目の時だったら絶対無理!

と思って行かなかったと思います。

 

でも2人目だと

子育ての経験値があるからか、

行きたい気持ちが勝りました。

 

 

夜の講演会のため、

主人にも早く

帰ってきてもらい、

 

子どもたちをお願いして

ドキドキしながら出かけました。

 

どんなお話だったか

はっきりと覚えていませんが、

自分のチャレンジに

 

「おー!と震えていました」

 

来れたことがすごいし、

アドラー心理学のお話も

もっと知りたいと思いました。

 

 

それからすぐに、

東京でこのスクールが

開講されるという

メールが届きました。

 

 

メールをどんなに読んでも

東京でしか

開催されていません。

 

私は変わりたい!

 

怒ってばかりの

子育ても親との関係も

コミュニケーション能力の低さも、

 

今解決したい!

 

 

と思っていたので行きたい。

 

けれど、行けるのは

子どもたちが小学生になってからかなー。。

 

と思っていました。

 

 

まず、物理的に

福岡から東京に土日だけ

行くことが可能だとも

思っていませんでした。

 

それが、福岡から東京まで

通った方のお話をお聞きして、

一気に現実味を帯びてきました。

 

可能なんだ!!!

 

そうすると、

どうやったら行けるかを頭の中で

考え始めました。

 

受講料も安くはありませんでした。

が、退職金から何とか出せそう。

 

 

宿泊は?

伯母が東京に住んでいるから頼もう。

 

土日の子どもの世話は?

 

なんと、主人が見てくれると

背中を押してくれました!!

 

 

2人目がまだ

産後7ヶ月のときでした。

 

「こうしたい!」

 

と強く願うと叶うんだと

実感した瞬間でした。

 

そう考えると、

1番感謝したいのは

やっぱり主人ですね^^

 

 

こうやって状況はすべて整い、

6か月間の

東京通いが始まりました。

 

 

あなたは、普段どれだけ

覚悟をしていますか?

 

「こうする!!」

 

そう決めると、

大きく人生は変わっていきます。

 

 

しかし、同じ環境や

同じ人と同じ時間を過ごしていても

変化はできません。

 

 

次回は、

 

「私、本当は心配だったんだな」

 

について書いていきますね。

 

 

いつもこのブログをお読みいただき

本当にありがとうございます!

 

また明日も楽しみにしていただけると嬉しいです。

 

 

 

 

登録無料のメールマガジンをお届けしています。

ご登録はこちらから↓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・【本当の自分と向き合う6】出産、子育ては私の自信をゼロにした、、、

 

こんにちは、野崎美香です音譜

 

リハビリの仕事に

疲れたあなたに贈る

 

アラフォー女性のための

 

「自信ゼロからのブレない自分軸づくり」

 

こちらを10日間にかけて

書いています^^

 

よかったら、

お付き合い下さいね♪

 

【本当の自分と向き合う1】あれダメ、これダメのダメ出しの嵐

 

 

【本当の自分と向き合う2】半径3mのパーソナルスペース

 

 

【本当の自分と向き合う3】敷かれたレールでリハビリの世界へ

 

 

【本当の自分と向き合う4】患者さんのためにできること

 

 

【本当の自分と向き合う5】あなたは今眠れていますか?

 

 

 

前回までに

コミュニケーション難の私が

リハビリの仕事に

就いてしまったことを書きました^^

 

 

前回までに仕事での闘う

私についても綴ってきました^^

 

 

今回はちょっと

ハッピーな私もお届け

できるかと思います(笑)

 

 

なんと、そんな

自信0の私が結婚できたんです。

 

それも30代後半で

10歳年下の男性と。

 

恋愛のダメダメぶりも

すごかったんです。

 

 

だって

コミュニケーション難

でしたから。

 

 

30代になり一生

独身を覚悟したものの、

 

35歳を前に一回は

結婚を経験したいと

思いなおしました。

 

子どもは欲しいと思ったからです。

 

周囲の友人は

どんどん結婚し子どもが

生まれていました。

 

 

その子供たちが可愛くて、

自分の子どもだったら

どんなに可愛いんだろう♡

 

できることなら、

自信はないけど子供を

育ててみたい!と思いました。

 

 

小学生時代の夢は幼稚園の先生。

 

実は子ども好きだったんです。

 

 

 

当時流行っていた

「マーフィーの法則」

を読んで、

 

それこそ思考が現実化している

ことを知りました。

 

 

私は「私でいい」

と言われるより、

 

「私がいい」と言われたい!

と自分の考え方を180度変えました。

 

 

そして完璧主義を捨て、

私にもできないことが

あるから相手にも

できないことがあっていい。

 

自分に対する

ネガティブイメージも

少しずつ変えていきました^^

 

 

自信がなかった

自分を支えてくれたのは、

29歳から始めた着付けでした。

 

一人で着れるようになり、

着物で海外研修に

行くチャレンジまで

していたのは自信となりました。

 

 

そしてさいごに、

理想の男性像をイメージしました。

 

 

そうすると、

本当にピッタリの人が表れ、

お付き合いから結婚までが

トントン拍子でした。

 

 

これは私にとっては

「ご褒美婚」

 

これまで頑張ってきた

私のことを

ご先祖様が見てくれていて、

助けてくれたんだ!

と思っています^^

 

ちなみに、

人間関係でやらかすことが

多かった私は、

懺悔と思って祖父のお墓に

しょっちゅう通っていました。

 

 

祖父とは

リハビリの仕事を勧めてくれた祖父。

 

破天荒な人だったようですが、

私は可愛がってもらった

記憶が大きく大好きでした。

 

 

この祖父が主人に

出会わせてくれたと

勝手に思っています。

 

結婚が私の幸せ曲線のピークでした。

 

が、結婚のきっかけとなった

子どもは流産してしまい、

また自分を責めるようになったのです、、、

 

 

もう35歳を超えていたので、

このまま子どもを

授からなかったら

主人に申し訳ない、、、

と涙が止まりませんでした。

 

それから約1年後に

なんとか1人目を授かり、

産後に実家に行きました。

 

それからが、

私にとっての地獄だったのです。。。

 

 

過干渉の母は、

それはもう、しつこく

 

「結婚しなさい」

 

と20代の頃から私に言ってきました。

 

私は仕事を一人前に

できるようになりたい

ことが先だったので

スルーしていました。

 

が、30代になると

どうにも逃げられないほど

過干渉が激しくなってきたので、

 

しばらく

距離を置いていました。

 

 

それが、結婚が決まってから

ようやく終わった!

と思ったのもつかの間、

 

子育てにあれこれ

口を出してくるという

過干渉の嵐が再開しました。

 

何をされてもイライラし、

喧嘩を繰り返しました。

 

1ヶ月も実家にいるのはイヤだ!と

主人に訴え、自宅に戻ってきました。

 

でもそこは

社会との接点のない、

赤ちゃんと二人だけの

断絶された空間だったのです、、、

 

 

私がこれまで

やってきた仕事など

何の役にも立たない、

丸裸になった

ような気持でした。

 

子育てのことなんて

何も教わってなかった。

 

どうしたらいいのか、

さっぱり分からない。

 

生まれておめでとう

なんかじゃないやん。

 

という不安状態でした。

 

 

元々人に聞くとか

人に頼ることが苦手。

 

子育て支援の場に行っても、

自分から話しかける

こともできずに、

ぼーっと座っているだけ。

 

ということもありました。

 

 

が、たまたま

同じ月齢のお子さん連れの方が

来ていることがあり、

会話ができ、

 

「これでいいんだ」

 

ととても心強かったのを

覚えています。

 

 

いわゆるママ友

みたいな関係ができたのは

それが初めてでした。

 

あなたには、

ママ友がいますか?

 

私はそうやって、

子育てでの自信0から少しずつ

這い上がっていきました。

 

 

今考えると

恵まれた環境だと思えます。

 

誰も私を助けてくれる人なんていない!

 

そう思っていましたが、

本当はその逆でした。

 

 

そんなことにも気づかず、

悲劇のヒロインの

私は次のステージへ、、、

 

 

子育てを通じて、自己嫌悪に

陥っている人は本当に

多いのではないでしょうか?

 

女性は仕事と家事、

育児の両立の中で、

完璧を求めるほど苦しくなります。

 

次回は、

 

「自分が変わるしかない!6ヶ月覚悟で東京に通った私」

 

について書いていきますね。

 

 

本日もお読み頂きありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

登録無料のメールマガジンをお届けしています。

ご登録はこちらです↓

 

 

 

 

【本当の自分と向き合う5】あなたは今眠れていますか?

 

こんにちは、野崎美香です音譜

 

リハビリの仕事に

疲れたあなたに贈る

 

アラフォー女性のための

 

「自信ゼロからのブレない自分軸づくり」

 

こちらを10日間にかけて

書いています^^

 

よかったら、

お付き合い下さいね♪

 

【本当の自分と向き合う1】あれダメ、これダメのダメ出しの嵐

 

 

【本当の自分と向き合う2】半径3mのパーソナルスペース

 

 

【本当の自分と向き合う3】敷かれたレールでリハビリの世界へ

 

 

【本当の自分と向き合う4】患者さんのためにできること

 

 

前回までに

コミュニケーション難の私が

リハビリの仕事に

就いてしまったことを書きました。

 

 

今日は、

次の職場での出来事です。

 

上司面談で「眠れてる?」

と聞かれて大泣きしてしまったのです。

 

 

新しい職場では、

数字の話ばかりする

上司はおらず、

 

リハビリ科の科長も若く、

スタッフも同じ年代が

多く楽しそうでした。

 

上司にたてつくような

失敗は二度としないと誓い、

がんばりました。

 

ただ、

言語療法士が一人という

心細さがあったのです。

 

 

そのうち、

会議というものに呼ばれ、

系列病院に言語の

スタッフがいたことは

嬉しかったのですが、

 

数字を報告しなければならない

事態となりました。

 

 

もう戦わないと決めた私は、

数字を報告できるように

本当にがんばりました。

 

数字を上げるためには、

適当な時間にやってくる

外来患者さんに時間を決めてもらおう。

 

と思いそれを伝えましたが、

抵抗されました。

 

 

それはそうだと思います。

 

今までの習慣を変える

のは誰でも嫌なものです。

 

でも、私の決意は揺らぎませんでした。

 

こういう時に

私の勝手な正義感が働きます。

 

そして、

上司も私の様々な失敗に対する

クレーム対応をしてくれていたのです。

 

あー、情けない。

私なんて何の力もない。

 

と思っていました。

 

 

ある日、

自宅で寝ている夜中に

大きな揺れが、、、

 

 大きなトラックでも

通っているのかな?

と思っていました。

 

 

が、後日同僚と話して

違うことが分かりました。

 

私の近所で工事は

行われていなかったし、

そんな夜中に大きな

トラックが走るはずもありません。

 

完璧主義すぎて

ストレスを感じ、

勝手に身体が震えていたようです。

 

 

そのうち、

言語のスタッフが増え、

退職するころには

10人を超えるような

大所帯になっていました。

 

そうすると、

若いスタッフのみんなは

ちゃんとした

養成校を出てきているのに、

 

私は分からないことだらけ。

 

 

でも、

私が教えてあげる立場だから

ちゃんとしなきゃ。

 

と自分に足りないものを

数えはじめ、また自分に

ダメ出しをしていました。

 

 

それだけならいいのですが、

気分によって

スタッフへの対応が変わる私。。

 

それを見かねたのか、

系列の他病院から

上司が面談にやってきました。

 

 

「もっとこうしてほしい」

 

と足りないことばかりを訴えたのでしょう。

 

 

「眠れてる?」

 

と聞かれて不覚にも

涙を流してしまいました。

 

 

不覚にも、と思ったのは、

もう私が戦闘モード

だったからです。

 

くそー!

こんなにがんばってるのに、

私の願いを聞いてくれるどころか

眠れてる?って聞くなんてー」

 

と思っていました。

 

 

それが、時間がたつと、

 

私おかしくない?

 

と自分のことが

客観的に見え始めました。

 

面談でそう聞かれるってことは、

よっぽど精神が安定して

いないってことだよね。

 

そして、案の定、

面談後に昇格することもなく、

自分へのダメ出しが続きました。

 

 

その頃は本当に

文句ばかり言っていました。

 

「なんで私ばっかり」

「あー、忙しい」

 

など、、、

 

 

今はこれを書いていて赤面です。

 

 

そりゃ、そんなこと

言ってばかりだったら

そうなるわ。

 

基本ダメ出し

の家庭で育ち、

そんな言葉ばかりが

行き交う環境しか知らなかったので、

 

こうなるのは

仕方なかったのかもしれません。

 

当時は自分の思考が

現実化しているなんて

微塵も思っていませんでした。

 

 

どうしたら、

ここを抜けられるのか、

を模索する私はまだまだ、

 

「自分が一番正しい」

 

というトンネルの最中でした。

 

 

本当に恥ずかしい

エピソードばかりですが、

きっとだれかの勇気づけに

なっていたらうれしいです^^

 

 

リハビリの仕事に限らず、

コメディカルの人たちは、

 

それぞれに、

いろんな思いを抱えています。

 

もちろん、

経営者もそうだし、

 

ドクターも見えないストレスの中で、

患者さんと戦っているのです。

 

 

そんな想いは、

誰が受け止めてくれるのでしょうか?

 

 

医療職に限らず、

社会の大半の人が、

 

見えないストレスにさらされ、

日々を追われるように

過ごしているのかもしれません。

 

「眠れない」

 

とは自律神経の乱れであり、

いろんな病気へとつながる

1番向き合うポイントなのかもしれません、、、

 

 

あなたは、今眠れていますか?

 

 

次回は、

 

「出産、子育ては私の自信をゼロにした、、、」

 

について書いていきますね。

 

 

 

本日も、最後までお読みいただきありがとうございました!

 

【本当の自分と向き合う4】患者さんのためにできること

 

こんにちは、野崎美香です音譜

 

リハビリの仕事に

疲れたあなたに贈る

 

アラフォー女性のための

 

「自信ゼロからのブレない自分軸づくり」

 

こちらを10日間にかけて

書いています^^

 

よかったら、

お付き合い下さいね♪

 

【本当の自分と向き合う1】あれダメ、これダメのダメ出しの嵐

 

 

【本当の自分と向き合う2】半径3mのパーソナルスペース

 

 

【本当の自分と向き合う3】敷かれたレールでリハビリの世界へ

 

 

前回までで私が

リハビリの世界に入ったことを

綴ってきました^^

 

 

今日は、今でも大切にしている、

 

「患者さんのためにできること」

 

について書いていきますね。

 

 

前回大した思いは

無かったと書きましたが、

 

小学生のころに

「かーくん」と呼んでいた

少し発達に遅れがあった

同級生のことが

気にかかっていました。

 

なにかあったら

彼を手助けしている自分がいました。

 

 

そして、私を

可愛がってくれた伯母は、

義手を使っている身体障碍者で、

 

心のどこかで、

そういう人の役に立ちたい

という思いはあったようです。

 

 

それが思ったよりも強くて。。。

 

実は就職したら、まず最初に

理想と現実のギャップ

に苦しみました。

 

 

あなたも、新人時代に

経験しませんでしたか?

 

「なんで、数字の話ばかりなんだろう」

 

「なんで、患者さんのためにもっとやらないんだろう」

 

などなど、、、

 

 

私は患者さんのためにやりたいのに!!

 

という熱意?が先走り、

気づいたら部長に

背いていました。

 

熱意というか、

 

「自分だけが正しい」

 

という勝手な正義感が

私を突き動かしていたのです。

 

 

大変お恥ずかしい話ですが、

新人時代から扱いにくいヤツでした><

 

 

そして、

当時先輩に言われた一言、

 

「ST(言語療法士・当時の表記です)なのに、

患者さんの言うことも分からんの?」

 

これで火が付きました。

 

くそー!

絶対、私が一番に患者さんの言っている

ことが分かるようになってやる!」

 

 

元来一人で闘う

癖を持っていたので、

 

この時も勝手に

敵とみなした先輩や部長に

歯向かうという残念な生き物(私)でした。

 

 

ですが、

この新人時代に

身につけたものもありました。

 

まずは、コミュニケーション能力。

 

そこに難を抱えた私が

まさかのコミュニケーションを

支援するという

仕事に就いてしまったというミスマッチポーン

 

 

人との距離を3mも

取っていた私ですが、

それでは患者さんの反応をキャッチ

できません、、、よね^^

 

それで、患者さんの

お話をしっかり聞くために

リアクションを

取るようになりました。

 

大袈裟に。

 

 

こうやってリハビリの

仕事に就いたおかげで、

かなり鍛えられました。

 

そして、

コミュニケーションの楽しさも

感じられるようになっていったのです。

 

 

患者さんの言いたいことが

伝わると私も嬉しかったし、

患者さんの笑顔もみられました!

 

もう一つは医療的知識。

 

教育大学出身で、

病気のことなど全く

分かっていなかったので

たくさん勉強しました。

 

勉強会にも業務終了後に

あちこち行きました。

 

 

とにかくポンコツだと思っていたので、

質問して、色々教えていただきました。

 

病院内の心療内科の

Dr.にもお世話になりました。

 

当時は認知症は痴呆と

呼ばれていましたが、

その患者さんの対応が難しく、

失敗ばかりでした。

 

何がキッカケか忘れましたが、

心療内科のDr.に

傾聴について教えて頂いたことがあります。

 

「相手が言っていることを否定してはダメ」と。

 

 

私はその痴呆の患者さんの

言っていることを

真っ向から否定していたんです。

 

「あー。なんてことをしていたんだろう」

 

と反省しました。

 

 

失敗は数知れずですが、

この3年間で

なんとか患者さんのこと、

病気のことが

分かるようになっていきました。


ちなみに3年言語療法士

として働いたところで

言語聴覚士という

国家資格になりました。

 

 

私は養成校を出ていないため、

5年間の勤務と受験資格を

得るための特別講習を

受けることで国家試験を

受験できたのです。

 

落ちたら海外逃亡しよう!

と思っていましたが(笑)

 

合格することができ、

このお仕事を続けることができました^^

 

きっと、私は仕事を続けられたのは、

 

「患者さんのためにできることは何か?」

 

それを1番に考えていた自分が

いたからだと思います。

 

 

今、あなたは医療の現場で

どれだけ初心を意識していますか?

 

 

次回は、

 

「あなたは今眠れていますか?」

 

について書いていきますね。

 

 

 

今日も、最後までお読みいただきありがとうございました!