(注)以下の記事には改訂版があります。
改訂版はこちらをご覧ください ⇒ 2013.7.30のブログ記事にリンク
前回の最後のところで、『次回は「乳房の皮膚壊死とはどういうことか」というお話をしたいと思います。』と予告していましたので、今日は前回の続きということで、「乳房の皮膚(皮弁)壊死」についてお話したいと思います。
その前に、まず乳腺の切除手術のお話から。

これは、乳房再建を行わない場合の図です。
図のように、皮膚をはがしていき、乳腺を取り出します。この時はがされた皮膚のことを「皮弁」と呼びます。乳房の皮弁は大胸筋という筋肉組織の上に戻され、定着します。
この乳腺から剥がした皮弁にトラブルが生じ、壊死してしまうことがあります。原因は電気メスの熱による火傷や手術道具による物理的な圧迫などで、その方の皮下組織の厚さや、作成した皮弁の厚さなどに影響を受けます。作成した皮弁が薄いと皮膚壊死が生じやすくなるのですが、これは皮弁が薄いと真皮の下にある、皮膚を栄養している血管「真皮下血管網」が熱や物理的なダメージを受けやすくなる為です。
次に、自家組織で乳房を再建した場合の図です。

この乳腺外科の先生が作成した皮弁の下に自家組織が挿入されます。この乳房の皮弁と移植される自家組織がうまくくっついて傷が治るわけです。
ですが、乳房の皮弁のほうに皮膚壊死が起きると、その部分が火傷跡のように治ったり、一番ひどい場合には、移植した自家組織が露出してしまうという事態が起こります。

そんな事態が起きないように、乳房の皮弁を厚く作成すればいいじゃないの!という意見も出るかもしれませんが、「癌の治療」が優先されるのが大前提です。美しく乳房を再建するが為に、癌を取り残したりすることがあってはならないのです。乳腺外科の先生は、絶対に安全に癌を取り切りたい!というお気持ちで手術に望まれますので、特に癌の直上の皮膚などは薄くしたくなる傾向があるのです。
これが一期再建の時に一番大きな問題のひとつとなる乳房皮膚の「皮弁壊死」です。これは自家組織による再建の場合だけでなく、人工物による再建の時にも同じく大きな問題となります。皮膚が壊死して人工物が露出してしまうと、傷が治りません。そのため、人工物は大胸筋の下に入れることになるのです。
話が人工物に飛んでしまいましたが、乳房の皮弁壊死に話を戻します。
上のような書き方をすると、乳房の皮弁壊死が起こったら乳腺外科のせいだ!と言っているように聞こえてしまうかもしれませんが、乳腺外科の手術が皮膚壊死の原因で無い場合ももちろんあります。
乳腺外科の先生が同じやり方で乳房の皮弁を作成した場合でも、血流の良い大胸筋の上に乳房の皮弁を戻した場合には皮弁壊死が生じないのに、自家組織を入れた場合に限って皮弁壊死が起こる、ということがあると聞きます(例えば、挿入する自家組織の血流が悪かったり、挿入する自家組織のボリュームが大きすぎて、乳房の皮弁に無理な緊張がかかっている場合などが考えられます)。
このように、乳腺外科医の皮弁作成と形成外科医の自家組織移植の両方が上手くいって初めて全体としてきれいな乳房再建が出来る、というわけです。どちらか片方だけが上手くいっても駄目なのです。一期再建の難しさがここにあることがおわかり頂けると思います。二期再建しかしないという形成外科医がいる理由のひとつにも、一期再建は形成外科医側の手術だけが上手くいっても駄目なことがある、という点があるように思われます。
何より大切なことは、一期再建が結果として上手くいかなかった場合に、乳腺外科と形成外科のどちらの責任なのかというような犯人捜しをするのではなく、乳腺外科医と形成外科医が問題点を何でも話し合える関係があることだと思います。私の勤務する木沢記念病院の乳腺外科の先生は、幸い、お二人ともとっても穏やかで優しく、大人の先生方なので、私が乳房の切除にも立ち会って、たまに口を出しても、全く嫌な顔をされません。逆に意見を求めてくださったりすることもあるくらいです。何でもディスカッションできる関係が乳腺外科と形成外科の間に成立していないと、一期再建は上手くいきにくいと思います。
(後篇につづく)