8月6日は広島に原爆が投下された日です。


今日、陽向が遊ぶ横で、黙祷の放送を聴きながら目を閉じました。



体験談を読んだり、広島平和記念資料館で資料を目にしたり、授業で学んだりした知識のみですが、原爆の恐ろしさ悲惨さは、人類が決して忘れてはならないことだと思います。


失われた命の中には、生まれたばかりの小さな命、生きる喜びに溢れるような若々しい命、家族を守り育てる立場である命、苦労を乗り越え長く生きてきたお年寄りの命、たくさんの命があり、それらは皆理不尽に突然に奪われたということを思うと、胸が痛くなると同時に、なぜそのような結果になってしまったのかという怒りのようなものが沸いてきます。



戦争が起きる理由は、きっと私ではわからないような複雑な要因があって、それは人間の複雑さからきているのかなと思います。


しかし、人間同士が命を奪い合うことについて、誰もがいけないことだと思っているのに止められないというのは、どういうことなのだろうかと考えます。



私の中にも、正しくない心や弱い心が存在します。


シニさんが亡くなって、お母さんとお父さんとお子さんがお出かけしている姿を見ると、微笑ましいと同時に胸が痛くなる気持ちは消えません。


これくらい良いかという悪い気持ちも存在します。



その度に自分の心と闘っていかないといけないと思いました。



他の人と比べたり闘ったりするのではなく、自分の心を強く保つ努力をしなければと思いました。



そして、自分の中の複雑さを理解することが、戦争がなくならない理由を理解することにつながり、自分ができることを見つけることにつながっていくのではないかと考えました。



いつも、こういったことをシニさんと話して議論して自分の中で消化していたのですが、それができなくなってしまったのだと実感します。



でも、このブログに書かせて頂くことで、なんとなく気持ちが整理できていくのを感じました。



いつも読んでくださったり、応援してくださる皆様には感謝しかありません。



陽向の行動範囲が広くなり自己主張も強くなってきたのでスマホが触れず、更新頻度はかなりゆっくりですが、これからも日々のことを書いていきたいと思います。



どうぞよろしくお願いします。



朝から元気いっぱいのひまわり。




朝から元気いっぱいの陽向、うつろな目の私。

(5時半起床、6時過ぎに散歩へ)