なんとなく思った事。
ハッキリ見えなかったけれど、試合後リング上に森武蔵がいたような気がするけれど。。。
あとは井岡は今回タトゥーを全然隠していなかったような。。地上波限定のルールだったんだなw 色々叫んでいた人たちはどう思ってるんだか。。。ルールはルールという迷言もあったけれど。。
まぁそれは置いておいて
大晦日興行は井岡にとって12回目らしい。
正直、今までピンとこなかったしそこに価値を見出すの事は無いなと思っていた。
けれど大晦日にしていた当時の他の格闘技やテレビ東京の内山がいなくなり、もういらんとなりつつも何だかんだで残っている。
そして格闘技も形を変えてRIZINが行われていた。
継続されていくと全く興味のない人たちも何となく知っているという状況になる。
例えばお笑いに詳しくない人も大晦日に ダウンタウンの笑ってはいけない という番組をしていたのは知っているだろう。
けれど無くなってしまえばあっという間に記憶からも消え去る。無くなった年は、無くて寂しいとかって声も出るが次の年はそんな声は聞かれない。
そういう意味で大晦日にボクシングというのは10年以上継続されて価値があるのだと思えるようになった。
アンチ井岡な人たちの意見をわざわざみてみたw
試合前
・abemaは視聴者数が出るから5~10万位だろう。50万もいけば良いところ
・開始時間が遅いからアクセスの悪い大田区に行ったら帰りが遅くなり終電がなくなる(ホンマかいなw)。大晦日に長時間拘束するのは如何なものか
・帰りが遅くなる興行に子供を招待するとは如何なものか
などがあった。
あとは、ただただ井岡が嫌いで謎に亀田をセットにしてあるものとかがあった。。。
試合後
・雑魚狩りとか井岡の気持ち良い!と叫んだことにダメ出しとか、見ていない、などなど。。
アンチの人はやっぱり熱心な井岡ファンなんだな。視聴者数なんて気にするとはある意味すごい。200万近くいっていたように記憶しているけれどどう思ったのかな?ウソだ!とか言い張るのか視聴率10%位のはずなのに実際は少ないな!とか言うのかな。帰りが遅くなる。ってのは確かにそういう予測もたつ気がした。実際は20時30分頃に終わったのかな?
全てが判定なら遅くなると思うと、主催者側にたつと結構難しいな。
アンチな人が大晦日に色々スマホやPCに向かって書くというのはとても可哀想になるな。同情する気にもならないが、ただただ見なければ良いのに、としか思えず不思議な感覚だ。
私は勝負論の無いボクシングをあまり見る気にならない。それなのに今回の大晦日興行を観た。
大晦日の夜って案外する事はそんなにない。かといってガッツリボクシングを観るというのもちょっとしんどい。
もしかすると今回の大晦日興行みたいにKOが約束された?興行というのも一般人には良いのかもしれないな。と緩い気分で思った。ライト層も良いものを見た気分になるし選手もライト層に良いアピールも出来るし。
abemaにとっても良かったのではないだろうか。
案外割り切って軽く見ると、大晦日という節目の時にやる興行は大切なのかもしれない。
10年以上継続されている大晦日興行。今回は地上波も無くなり井岡もエストラーダ戦が流れて無くなるはずだったかもしれない。けれど井岡自身が大晦日に拘り行われたようだが、インフルで流れた次世代の堤や比嘉の試合もKOを披露出来た。
終わってみれば大晦日興行を継続した意義は大きいのかもしれない。
そして本当の意味で地上波の存在意義が終わった瞬間かもしれないとさえ思った。