51-60枚目までのテーマ:子ども時代の気持ち
「わしは親からしてもらえなかったから、
自分の子どもたちにもこれくらいでいい」
子どもの頃、父が私と妹にそう言った。
何についての話かは覚えていないから
きっと大したことではなかったと思う。
その時は何も言えず、
数十年間、その言葉は
私の胸に刺さったままになっていた。
けれど、このブログの中で、
「世間体や批判を恐れずに
親に言えなかったことを書く」
ということを繰り返していたら、
自分の気持ちを感じて言葉にする
スピードが速くなった。
冒頭の父の言葉に対しても、
「自分がしてもらえなかった分、
子どもにはそんな思いはさせたくない
とは思わないの?」
と、返せた。
若干、非難がましいかなと思いつつも、
それが素直な気持ちだった。
当時よりも、数十年経った今の方が、
当時の気持ちと繋がっているように
感じるのは不思議な気がする。
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無価値感を受け取ってきた
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でも、大事なのはここからだ。
「言えてスッキリ」することが目的ではなく、
父のあの言葉から、
自分がどんなメッセージを受け取ってきたか、
それが今の自分にどんな影響を与えているか。
それを解明するのがこの探求の目的だ。
「自分の子どもたちにもこれくらいでいい」
という言葉をじっくり味わってみる。
すると、それは私の中で、
次の言葉に変換されていった。
「お前にはこの程度でいい」
「お前はその程度だ」
人とうまくいかないときに出てくる
「私はその程度の存在だろうから」
という考えの根っこはこれだったのか!
と、世紀の大発見をしたような気に
なりながらも、気持ちは沈み、
体はずしんと重くなった。
一言でいえば「無価値感」。
自分がとるに足らないものだと
思われているような感じがする。
かといって、
人から求められる価値のある人間に
なろうという気にもならない。
「なんでだろう? 」
自分にそう問いかけてみたら、
「そんなことをしたって無理」
「そんなのうわべだけ」
という言葉が返ってきた。
拭い去れないくらいに
自分の「存在」と「無価値」が
結びついてしまっているのだと感じた。
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「あつかましい」の影響
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価値のない自分。
そう考えたとき、父の別の言葉が
心に思い浮かんだ。
「あつかましい」
思い返したのは、TVを見ていた父が
どこかの女性のことを指して言った
ところだったけれど、
他にもあったかもしれない。
「女はズルい」という言葉と共に、
父の女性に対する悪口レパートリーの
ひとつだったからだ。
「ズルい」も「あつかましい」も、
私に向けて言われたことではなかった。
けれども「女性」という自分の属性に
対して向けられた言葉だったので、
私は「そう言われないように」と、
逃げず、求めず、遠慮するよう努めた。
また、そう言われそうな女性に対しては、
「あなたみたな人がいるから・・・」と、
内心、迷惑だと思っていた。
その結果、私が父からそう言われることは
なかったけれど、
「ズルい」「あつかましい」という言葉を
脳内で意識し続けたことで、
まるで自分が「強欲な存在」のような
気がしてきた。
そのために、
「求めてはいけない」という禁止令が作られ、
「強欲」になることへの恐れを守った。
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強欲への恐れ
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その結果、自分が何がしたくて、
何がほしいかもわからなくなり、
「正しい」と言われるものにあわせ、
さらに自分がなくなっていった。
自己実現のセッションで、
「お願いして、受け取って、感謝したら、
もっと手に入って幸せになるよ」
と言ってもらったときに抵抗を感じたのも、
この「強欲への恐れ」があったからだろう。
想像しようとすると、
「あつかましい」という声が顔を出し、
私はイメージすることをやめる。
でも、そんな人生のどこに
「喜び」があるんだろう?
ああ、そういえば、
「喜ぶ」「楽しむ」
ということにも抵抗があった。
そこにも、「強欲」への恐れが
影響しているように感じた。
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根っこを断ち切る
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自分のことをこんなにも
「無価値で強欲な存在」
「受け取る価値のない存在」
だと思っていたなんて、
正直ショックだったけれど、
いろんなことが腑に落ちた。
そして、うんざりするくらい
根っこに絡みついてたそれを、
断ち切りたいと思った。
「『あつかましい』なんて、失礼だよ。
私はそんなに低い存在じゃない。」
そう、これは以前、
ビリーフリセットの公開セッションで、
教えてもらった考えだった。
しかし、
自分を低くない立場に置こうとすると、
例の「あつかましい」が発動する。
でも、そしたらまた、
「私はそんなに低い存在じゃない。」
をくり返せばいいのではないか。
結局は、自己価値感。
つまり、
自分が自分のことをどう見ているか、
自分の中にあるどの声を信じているか
なのだろう。
謙虚であることと、
自分を低い立場に置くことは
同じではないんだ。
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アートについて
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オレンジ系の色をいくつか手にとったとき、
一瞬、ためらいがあった。
喜びの色。
それを全面に使うことを自分に許可する。
そこに黄色を加える。
自己主張を表す色。
「自分というもの」の色。
描いていたら、
「精一杯してよ」という声がした。
「この程度でいい」という言葉に対し、
インナーチャイルドがそう主張していた。
そうだよね。
あなたは強欲なんかじゃない。
それだけの価値があるんだって、
そう思ってもいいよね。
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ミカヅキ🌙さと子
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