2月13日。
さくのお誕生日の日。
学校で、医療ケア拡大会議が行われた。
さくが5年生から転校した学校は、知的の特別支援学校。
肢体不自由の児童が通うのは異例中の異例。
母が無理矢理ねじ込んだといっても過言ではない。
その理由は、肢体不自由の特別支援学校で絶えず怪我をして、トドメは薬指の爪が剥がれたから。
何度話し合っても、訴えても、埒があかなかった。
そして、転校して2年目が終わりに差し掛かり、今年度の振り返りと来年度に向けて。
校長先生、教頭先生、校医さん、看護師さん、養護教諭、先生方みんなが会議室に集まってくださった。
医ケアが必要なのは、咲耶ただひとり。
昨年のこの会議には、とにかく、ありがとうございますとしか言えなかったけど、今回は、母として、手記を書いて資料に加えていただいた。
医ケアが必要な児童と向きあうことには、不安が伴うと思う。
私も、咲耶が生まれてすぐは、障害を持った子供との向き合い方なんて知らないから、不安がいっぱいだった。
それを思い出して、文章にまとめた。
本当は喋る原稿のつもりだったけど、資料にしてもらった。
◼️◼️◼️
医療ケアの必要な児童を受け入れて、ここまでサポートしてくださったこと、本当に感謝いたします。
今年は小学校最後の学年で、修学旅行にも様々な工夫やご配慮をしていただき無事に参加させて頂いて、学校での安心な生活をお守りくださってありがとうございます。
さて、今日は母親としての願いや想い、考えなどをお話しさせていただきたいと思います。
ご存知の通り、咲耶は18トリソミーという染色体疾患を抱えて生まれてきました。まずは生まれてこない、生まれてきても、90%は1歳未満に亡くなる、その後も寿命は短い、こういったデータは容易にインターネットから検出出来ます。
ただ、ここで皆さんにお願いしたいのは、だからといって、漠然とした不安や心配を持って頂きたくないということです。
数字ではわからないことをご説明しますと、18トリソミーは、脆弱なので生まれたときから医療提供を拒まれる。なぜなら、病院は責任を背負いたくないから。なので、最初から、親に子供の命を諦めさせる、方針がある、のです。
私が咲耶が生まれた病院で言われたことは、
・当院では、18トリソミーのお子さんに提供できるのは愛情と看護のみです。
・病院で亡くなるより、家に連れ帰って家族の時間を1週間ほど持たれては?(その後は亡くなりますが)
・台数に限りがあるので、人工呼吸器を寿命のあるお子さんに譲ってください。
・仮に生き延びたとしても、障害が無くなるわけではないので、親御さんの人生が変わります。(大変な方に)
これを聞くとどなたも悲しい顔をされます。でも、事実です。
私は全てをお断りしたから咲耶の今があるわけですが、ここで数字の話に戻ります。
親御さんによってはドクターがそう言うなら、となるわけです。 すると、生きる可能性が有る無しに関わらず、親が子供の寿命を終わらせることに同意することになります。
ということは、いつまでも1歳生存率10%のデータの補強はされても、塗り替えが出来ないのです。
私は、データは過去の実績であって、咲耶の人生には関係ないと考えました。
そう、関係ない、のです。
その後も、退院時に自発呼吸があるにも関わらず、医療介入が容易なのでと気管切開を勧められ、断りました。
当時は気管切開をしないで退院した18トリソミーのお子さんを見たことがないとまで言われ、季節の変わり目の定期診察ごとに病院の方針なのでと気管切開を勧められ、衣替えみたいですねとドクターと一緒に大笑いしました。
ここで感じ取って頂きたいのは、すでに、データにほぼ無い18トリソミーがここにいるということです。
咲耶の人生は、日々、データを塗り替え続ける存在になっています。
過去のデータと無関係であると気付いた時から、データを作る人になるのだと、母親の私がそう決めたのです。そのために、母親としては、咲耶の18トリソミーのデータを蓄積してどのドクターとも対等に話せるだけの勉強をしてきました。
このような話をすると、お母さんはお強いですね、勇気がありますねとお褒めの言葉を頂きますが、そうではなくて、実はどなたも同じです。
皆さんは、明日、絶対、死にませんか?
わからないですよね?
病気にならないか、いつも不安ですか?
たまに自分の生活を振り返るくらいではないですか?
咲耶も、ここまで来れば同じなのですよ。
ですので、最初に申し上げました、漠然とした不安や心配を持っていただきたくない、ということなんです。
掛り付け医の指示書にある通り、免疫力が低いため体温調整して感染症を予防するとか、側彎、股関節脱臼、尖足があるため身体の扱い方を工夫して骨折したりしないように注意していただくとか、サーチ、体温、顔色で様子をみるなど、日常生活に目配り心配りをお願いできれば充分です。
休み休みの登校で申し訳なく思いますが、母として、長期欠席になるよりはと、体調を管理しています。
ですから、学校に登校するときは、母の目から見て万全です。決して、母の用事があるから怪しいけれども登校する、ということはしません。
なので、咲耶の顔を見たら、元気なんだなと、笑顔を向けて頂けたら嬉しいです。
余談にはなりますが、ここにはダウン症のお子さんが通ってこられていると思います。
ダウン症は、21トリソミー。
染色体の番号が18番になれば、咲耶の18トリソミーです。
ダウン症は生きるデータが確立されていて、生まれてからの人生が全く異なります。
理学療法の観点からも、教育の観点からもあらゆる書籍も出版されています。
それは、数が多いので、必要とされるから。
ところが18トリソミーは、生存者が少ないため、理学療法も手探りなら、教育に関しては全く。
発達遅延、としか表示されません。数が少ない症例を研究しても地位も名誉も得られないそうです。
ならば、咲耶がと思い、0歳から右脳教育の教室に通い、今は中学生レベルの学びをしています。
将来、科学技術が発展して、AIを頭に着けたら脳波から咲耶の喋りたい言葉を喋る装置なんかが出来たときに、何も知識や考えが育っていなければアウトプット出来ないし、会話も出来ずに人生がつまらないと思ったからです。
残念ながら世間では、言葉の無い肢体不自由児は中身も育たないと思われがちだと思いました。
お年寄りの施設で、スタッフが赤ちゃん言葉で話しかけるのが問題になるのと同じことです。
ここは教育の現場ですので、ぜひ先生方には、18トリソミーの可能性をワクワクしながら咲耶と模索し続けて頂きたいんです。
咲耶には可能性しかありません。
その可能性をたくさん見出だして頂いて、咲耶がどんな素敵な大人になるのか、一緒にイメージし続けていただきたいんです。
学校では、その上での医療ケアであると言うことを改めてご確認いただきたいと思っています。
また、母としては、仮に、仮に咲耶に何かがあったとしても、その場に母が立ち会えなくても、その環境、その人、その人たちに見送っていただけたならと思える場だけを選択した結果、この特別支援学校に来ました。
ですので、咲耶を愛して、大好きでいて、一緒に過ごす時間を目一杯楽しんで、可能性を一緒に見つけて、才能を引き出して、将来をイメージして下さい。
きっと、咲耶はその想いに応えられる人になります。これからも、よろしくお願いします。
咲耶 母






































































