昨日は、咲耶を連れて地域の福祉センターへ理学療法のリハビリに行ってきた。

帰りに、いつもお会いする母と同世代くらいの女性にご挨拶したら、
「かわいいねぇ。」 「元気だねぇ。」 「お肌がピカピカ!」
と、周りにいた皆さんまで咲耶のところへ集まってきてくださった。

そして、
「外は暑いから、咲耶ちゃん見ておいてあげるし、近くまで車を回しておいで。」
と言ってくださった。
お言葉に甘えて車を取りに行って戻ると、もうすでに咲耶のバギーを車に乗せやすい場所まで押してきてくださっていた。
その自然な気遣いに、胸がじんわり温かくなった。

自宅マンションに着くと、今度は年配の男性がエレベーターの扉を開けて待っていてくださっていた。
「毎日暑いねぇ。」
と、咲耶に優しく声をかけながら。

さらに今日。
咲耶をヘルパーさんにお願いして、大きな荷物を車から運び出していたら、昨日とはまた違う年配の男性が、
「大丈夫?手伝おうか?」
と声をかけてくださった。

なんだろう。
この二日間だけでも、こんなにたくさんの優しさに出会えた。
私は、こういう何気ない思いやりや心遣いに触れるたびに、人の温かさを感じる。
見返りを求めるわけでもなく、ごく自然に手を差し伸べてくださる人。

日本人の思いやりや心遣い、まごころって、本当にすごいなぁと思う。

私が毎日出会うのは、こういう人たち。
咲耶がいてくれるからこそ出会えた優しさも、きっとたくさんある。
そんな温かさに包まれながら暮らせている私は、本当に幸せだなぁと思う。

アトリエで立位の練習するさくやん。



6月の末。
今年は夏越の大祓、ちゃんと茅の輪くぐりをさくとしたいと思ってお参りに行った。

風鈴がたくさん吊るされていて、爽やかな風がチリンチリンと可愛い音をたくさん聴かせてくれた。

ちゃんと、バギーでもくぐれたよ。

来れて良かった!!

あじさいが綺麗に生けてあった。

素敵!!
今年の後半も、いい感じがする!!

そして、パワーランチ。

古民家のフレンチ。

お皿もおしゃれだなぁ。
さくが学校にいっている間に、さまざまな報告を聞く。

この記事をあげている今はもうすっかり夏休み。
大好きな紫陽花の季節、あっという間だったな。

咲耶が学校で楽しそうな笑顔を見せると、先生たちがよく言ってくれる。


「今日も仕事に来てよかったわぁ。」

この言葉を聞くたびに、不思議な気持ちになる。
咲耶は、おしゃべりが得意なわけでもない。
走り回るわけでもない。
何かすごいことをしているわけでもない。
それでも、その場にいるだけで、みんなが笑顔になる。

私は咲耶が生まれるまで、

「私自身の価値は、何ができるか?」

そんなふうに自分をみていた。

でも咲耶を見ていると、
どうも違うらしい。

いるだけで、誰かの一日が変わる人がいる。
笑顔を見るだけで、

「今日も仕事に来てよかった。」

そう思わせる人がいる。
そんな人を毎日見ていると、
人の価値って、できることだけじゃない。

案外、
私たちも誰かにとって、
そんな存在になってるのかもしれない。

咲耶って… やっぱりすごいわ。

ますみっぺさんから頂いたお菓子に大喜び♥️



0歳10ヶ月から通い始めた、イクウェル。
今年、中学生になったさくは、めでたく卒業式を迎えた。
さくの通っている教室は夏に毎年発表会があり、その場で卒業式も行われる。
いよいよ、今年はさくの番。

さくの卒業スピーチは、指談のまきのじゅんこさんにお越しいただいて指談でお話をした。
イクウェルでは、自分の可能性を発見し、将来は塩絵のアーティストとして頑張りたい。
そんな内容だった。

終わってホッとするさく。

硬膜下膿瘍の手術も、心臓の根治手術も、コロナも、アデノも、インフルも、原因不明の不調も、いろいろいろいろ、乗り越えて、細く長く。

本当に、12年間通ったんだねぇ。

まきのさんには、2歳からもう10年指談でお世話になっている。
こんな素晴らしい日に、同席していただいて、本当にありがたい。

ねーねもお世話になった先生。
姉妹でお世話になりました。
さくは、中学生になっても、自習でこれからもお世話になります。

まきのさんから、お祝いの花束を頂いて、ニコニコ!!
中学生になったから、ちょっと大人な雰囲気の花束をくださった。

さくは、卒業記念品として、今年描いた塩絵
「命が芽吹くとき」
を教室に贈呈した。
最初から、この作品は、そのつもりで描いたらしい。

本当に、本当に、卒業したんだな。
さく、自分の可能性を発見することが出来た12年だったんだ。
その言葉に、かーちゃん、思わず心の中でガッツポーズしたよ!!

このところ、出費が続いてる。
お風呂の床が浮いて修理に10万円。
テレビも買い替え。
そして、出版に向けてパソコンも新しくした。
必要なものばかり。

「お金が出ていくなぁ。」

そんなことを思いながら、ふと決めた。
よし、ジュエリーを送り出そう。
記念日に買ったもの。
頑張った自分へのご褒美。
どれも思い出がある。
でも、一つひとつ手に取りながら思った。
「きっと、誰かのところへ行った方が、この子たちも輝けるよね。」
私の中では、「売る」じゃない。
旅立ち。

9点で10万円。
いろんな店を回ることも考えた。
でも、その時間も体力も、今の私にはもったいない。

「10万円になったらお願いします。」

そうお願いして、その金額で送り出した。
それで納得して帰ってきた。

ところが翌日。
YouTubeを開いたら、いきなり買取店のCM。
「今、金が高騰しています!」
……
「え?もうちょっと高く売れたんかな。」
一瞬だけ心が揺れた。
その直後に流れてきた動画で、小熊弥生さんが言った。
「知識や情報ではなくて、自分の周波数。」
……
思わず笑った。

「いやいや、もう売ったわ!!」

昨日の私は、自分で交渉して、自分で決めて、自分で納得して送り出した。
それでええやん。
知識や情報は大切。
でも、それだけ追いかけていたら、いつまでも「あっちの方がよかったかも」を繰り返す。
最後に人生を決めるのは、
その時の自分の周波数。
私は昨日、その時の私にできる一番納得できる選択をした。
だから、その私を信じる。
ジュエリーは旅立った。
私は身軽になった。
そして、新しいパソコンを開いて、新しい本を書き始める。
これもまた、新しい景色の始まり。

中学生になって、新しい景色を見せてくれるさくやん。


ここのところ、テレビの調子が悪かった。

突然消えたり、アプリのサムネイルがぐちゃぐちゃだったり、黒い帯がシマシマに出てきたり。

配線を差しなおしたりコンセントを差しなおしたりしたけど、地デジも昔のブラウン管テレビの不具合みたいに色がムラだらけ。


いよいよか。


やっと、10年以上使ったパソコンを買い換え決断したとこなのにな。


さくを学校にお迎えに行った帰り道にある電気屋さんに立ち寄った。


たしか、今のは43インチだったよな。

どれも、10万円を越える。。。

痛いなぁ。


ふと、横の少し大きめのテレビに目をやると、55インチで税込7万円弱。

悪くない。

店員さんに説明を聞きたい。


見回しても、店員さんが居なくて、さくのバギーを押しながら通路をジグザグに行ったり来たり。

やっと、見付けて、テレビの説明を聞きたいと伝えると、テレビの近くにあるベンチに座って待ってて貰えば、詳しい者が参りますという。


待てどー、暮らせどー、来ないやんか。


平日やしな。

また、探しに通路をジグザグ。


やっと、また別の店員さんを見つけたら、威勢よく「わかりました!!」と、私たちの前を走り出す。

いや、私、バギー押してるからな?


ついていけないうえに、伝えた商品の前にたどり着かないから、私が案内することに。


思わず、

「接客が悪すぎるー!!!!!」

叫んだら、広い店中に響いたわ。


「私、車イス押してるんですよ。。。」


店員さん、びっくりして遠くから振り返って、

「すす、スミマセン!!!」


で、商品の前にやっと、たどり着き、説明を聞くけど、それ、いらんよね?っていう料金の話をする。

テレビのWi-Fi接続してアプリの設定するのに数千円。

「それ、自分で出来ると思うんですが、やってもらった方がいいですか?」

「テレビを買えば必ず必要な費用なので。。。」

ほんまかいな。


取り敢えず、他の店員さんから話を聞こうと思って、考えますと、離れて、再度カウンターで話を聞かせてほしいと伝えたら、また、お待ち下さいというから、もう待てませんと伝えた。

だって、ここまでで、すでに店員さんを最初に呼んでから1時間以上経ってるよ。


あわてて来た店員さんに、もう一度いろいろ聞いたらやっぱり、Wi-Fiの費用は出来るならいらないという。


現品限りなら、この55インチ、もう少し安くなりませんか?と、交渉して、ふと、目をやると、このテレビは、省エネ家電なので、今年の6月から行政が1万円補助してくれるという。


今のテレビの引き取り料金込みで、7万円にしてもらった。

ここから行政から1万円の控除。


帰宅してみると、家のテレビは、43インチではなくて、49インチだった!!

小さくならずにすんだ上に、お買い得だった!!


にしても、久しぶりに、大太刀振り下ろしたな。

「接客が悪すぎるー!!!!!」

めっちゃ響いたで。(笑)


さくを連れてると、ラッキーが多い。

店を出たのは2時間後。
お付き合いお疲れ様。




夏至の当日、17時25分。
YouTubeでさとうみつろうさんのLIVEを聴きながら。
実はいつものさくの産土神さんは、17時で閉門だったので、大慌てで別の神社に足を運んで滑り込み!!

ご機嫌!!



家では、ワルイことをするお留守番。
エースくん。
壁のクッション材を削りましたの証拠がおでこに乗ってるよ。

夏至の翌日は、あつこさんのお誘いでランチに。

ここは、エースの兄弟を預かられている猫カフェ。

こんなかわいい子が!!

ガレットとクレープがとっても美味しかった!!

新入りエース。
保護猫の会からうちにきて、2ヶ月半。
かーちゃんがさくを膝にのせるとさくにすり寄ってくる。


べったり。

かわいい寝顔たち。

幸せだねぇ。

はらえたまえ
きよめたまえ
かむながら
まもりたまえ
さきわえたまえ

昨夜、さくが大きな声で泣いた。


さくは言葉を持たないから、要望が伝わらない時、大きな声で泣くことがある。

赤ちゃんの頃は、呼吸も弱くて、かすかに聞こえるほどの泣き声だったけど。

それが今では驚くほど大きな声になった。

でも私は、そこで「ヨシヨシ」なんてしない。

私は本気で説教する。

「あんたなぁ。

何度も言うけど、それ続けてたら自分の人生潰すで。

言葉を持たないことと、中身が赤ちゃんのままなのは違う。

泣いたら伝わると思ってたら、ずっと赤ちゃん扱いされる。

ちゃんと伝える努力をしなさい。

それでも伝わらないなら、もっと伝わる方法を考えなさい」

さくは神妙な顔になって泣きやむ。

厳しい母親にみえるかもしれない。

でも私は、さくのことを「考えられない子」だと思ったことがない。

言葉がなくても、考える力はある。

工夫する力もある。

伝えようとする力もある。

だから私は求める。

障害があることと、成長しないことは違う。

言葉を持たないことと、考えないことは違う。

そしてこれは、さくだけの話ではない気がする。

私たち大人もまた、

「伝わらないから仕方ない」

で諦めてしまうことがある。

でも本当は、

もう一歩工夫できるのかもしれない。

もう一度伝えてみる方法があるのかもしれない。

さくに向かって話しているようで、

実は私自身にも言い聞かせている言葉なのかもなぁ。

でも、ついこの笑顔にはほだされてしまう。


人生には、何度も出てくるものがあるらしい。


私の場合、それはなぜか鼻のチューブ。

最初に鼻のチューブに出会ったのは、実はまひの父親だった。

結婚していた頃、彼は仕事のトラブルに巻き込まれ、暴行を受けて顎を複雑骨折した。

緊急手術になり、しばらく食事ができず、鼻のチューブで栄養を入れていた。

私はその介助をしていた。

当時は、それが自分の人生に関係してくるなんて思ってもいなかった。

ところが数年後。

今度は私自身が顎変形症の手術を受けることになった。

術後は食事ができず、やはり鼻のチューブのお世話になった。

その時初めて、

「ああ、あの時はこんな感じだったのか」

と、かつて介助していた立場とは逆の景色を見ることになった。

そしてさらに年月が流れた。

今ではさくが鼻のチューブで栄養を摂っている。

毎日のように扱うので、私にとっては特別なものではなくなった。

けれど、ふと振り返る。

まひの父親。

私自身。

そして、さく。

まるで関係のない出来事のようでいて、一本の線で繋がっている。

その時には意味がわからない。

なぜこんなことが起きるのかもわからない。

けれど人生は、あとになって答え合わせをするようなところがある。

「あれはここに繋がっていたのか」

そんなことが時々ある。

もちろん、できれば鼻のチューブ以外で伏線回収してほしかった気もする。

それでも、あの頃の経験があったから、今の私は困らずに済んでいる。

人生に無駄な経験はない。

そんな綺麗な言葉で片付けるつもりはないけれど、

少なくとも私は、

無関係だと思っていた出来事が後から繋がっていく不思議さを、何度も味わってきた。

だから最近思う。

人生は前に進みながら理解するものではなく、

振り返った時に初めて意味が見えてくるものなのかもしれない。

たかが鼻チューブ。
されど鼻チューブ。

今日は徹夜だった。


風邪の治りかけのさくがなかなか眠れず、ずっと抱っこしていた。
外が少しずつ明るくなり始め、
「そろそろ寝てくれるかな」
と思ったその瞬間。

さくが鼻のチューブを抜いた。

朝5時。
徹夜明けのかーちゃんへの、とどめの一撃!!
思わず笑ってしまった。
いや、笑うしかなかった。

さくのチューブを入れ直すのは簡単ではない。
胃まで通し、きちんと入ったことを確認しなければならない。
しかも明け方は胃の中が空っぽなので、なかなか確認ができない。

私は眠い。
さくは嫌がる。
本人も嘔吐反射で大変だ。
「何すんねーん!」
という雄叫びをあげるさく。
「抜いたん、あんたやん!」
と思う私。

そんな攻防が続き、
やっとチューブが入った。
時計を見ると、もう朝6時前。。。

さくはまだ文句を言っている。

そこへ猫がやって来た。
朝ごはんの催促。
人生は待ってくれない。
こんな朝を過ごしていると、
時々不思議な気持ちになる。

もし12年前の私に、
「あなた、将来、朝5時にさくのチューブを入れ直してるよ」
と言ったらどうかな。
きっと私は泣いて喜ぶ。
チューブの大変さなんて聞いてない!!
徹夜のしんどさなんてどうでもいい!!
だって、その未来にはさくがいる!!
12年後も生きている。
それだけで十分。

もちろん現実はきれいごとじゃない。
眠いし、
しんどいし、
できれば今すぐ寝たい。
でも、
さくが生きているからこそ起きる出来事でもある。
だから私は、
「もう勘弁してよ〜」
と言いながら、
どこかで幸せを感じている。

会社が大変だった時も、
人間関係で苦しかった時も、
私は何度も思ってきた。

「さくが生きているから私は大丈夫」

さくは私が守ってきた存在だと思っていた。
でも振り返れば、
私もずっとさくに守られてきた。
大変なことは山ほどある。
本当に山ほどある。
でも、
それでも私は思う。
さくがいる人生は、
大変で、
最高にハッピー♥️♥️♥️

さて。
猫が朝ごはんを待っている。
さくのリハビリもある。
私は徹夜明け。
今日もまた、
賑やかな一日が始まる。

悪い顔さくやん。
なんか、腹立つから、牛を貼ってやった。
笑える。