昨夜、さくが大きな声で泣いた。


さくは言葉を持たないから、要望が伝わらない時、大きな声で泣くことがある。

赤ちゃんの頃は、呼吸も弱くて、かすかに聞こえるほどの泣き声だったけど。

それが今では驚くほど大きな声になった。

でも私は、そこで「ヨシヨシ」なんてしない。

私は本気で説教する。

「あんたなぁ。

何度も言うけど、それ続けてたら自分の人生潰すで。

言葉を持たないことと、中身が赤ちゃんのままなのは違う。

泣いたら伝わると思ってたら、ずっと赤ちゃん扱いされる。

ちゃんと伝える努力をしなさい。

それでも伝わらないなら、もっと伝わる方法を考えなさい」

さくは神妙な顔になって泣きやむ。

厳しい母親にみえるかもしれない。

でも私は、さくのことを「考えられない子」だと思ったことがない。

言葉がなくても、考える力はある。

工夫する力もある。

伝えようとする力もある。

だから私は求める。

障害があることと、成長しないことは違う。

言葉を持たないことと、考えないことは違う。

そしてこれは、さくだけの話ではない気がする。

私たち大人もまた、

「伝わらないから仕方ない」

で諦めてしまうことがある。

でも本当は、

もう一歩工夫できるのかもしれない。

もう一度伝えてみる方法があるのかもしれない。

さくに向かって話しているようで、

実は私自身にも言い聞かせている言葉なのかもなぁ。

でも、ついこの笑顔にはほだされてしまう。


人生には、何度も出てくるものがあるらしい。


私の場合、それはなぜか鼻のチューブ。

最初に鼻のチューブに出会ったのは、実はまひの父親だった。

結婚していた頃、彼は仕事のトラブルに巻き込まれ、暴行を受けて顎を複雑骨折した。

緊急手術になり、しばらく食事ができず、鼻のチューブで栄養を入れていた。

私はその介助をしていた。

当時は、それが自分の人生に関係してくるなんて思ってもいなかった。

ところが数年後。

今度は私自身が顎変形症の手術を受けることになった。

術後は食事ができず、やはり鼻のチューブのお世話になった。

その時初めて、

「ああ、あの時はこんな感じだったのか」

と、かつて介助していた立場とは逆の景色を見ることになった。

そしてさらに年月が流れた。

今ではさくが鼻のチューブで栄養を摂っている。

毎日のように扱うので、私にとっては特別なものではなくなった。

けれど、ふと振り返る。

まひの父親。

私自身。

そして、さく。

まるで関係のない出来事のようでいて、一本の線で繋がっている。

その時には意味がわからない。

なぜこんなことが起きるのかもわからない。

けれど人生は、あとになって答え合わせをするようなところがある。

「あれはここに繋がっていたのか」

そんなことが時々ある。

もちろん、できれば鼻のチューブ以外で伏線回収してほしかった気もする。

それでも、あの頃の経験があったから、今の私は困らずに済んでいる。

人生に無駄な経験はない。

そんな綺麗な言葉で片付けるつもりはないけれど、

少なくとも私は、

無関係だと思っていた出来事が後から繋がっていく不思議さを、何度も味わってきた。

だから最近思う。

人生は前に進みながら理解するものではなく、

振り返った時に初めて意味が見えてくるものなのかもしれない。

たかが鼻チューブ。
されど鼻チューブ。

今日は徹夜だった。


風邪の治りかけのさくがなかなか眠れず、ずっと抱っこしていた。
外が少しずつ明るくなり始め、
「そろそろ寝てくれるかな」
と思ったその瞬間。

さくが鼻のチューブを抜いた。

朝5時。
徹夜明けのかーちゃんへの、とどめの一撃!!
思わず笑ってしまった。
いや、笑うしかなかった。

さくのチューブを入れ直すのは簡単ではない。
胃まで通し、きちんと入ったことを確認しなければならない。
しかも明け方は胃の中が空っぽなので、なかなか確認ができない。

私は眠い。
さくは嫌がる。
本人も嘔吐反射で大変だ。
「何すんねーん!」
という雄叫びをあげるさく。
「抜いたん、あんたやん!」
と思う私。

そんな攻防が続き、
やっとチューブが入った。
時計を見ると、もう朝6時前。。。

さくはまだ文句を言っている。

そこへ猫がやって来た。
朝ごはんの催促。
人生は待ってくれない。
こんな朝を過ごしていると、
時々不思議な気持ちになる。

もし12年前の私に、
「あなた、将来、朝5時にさくのチューブを入れ直してるよ」
と言ったらどうかな。
きっと私は泣いて喜ぶ。
チューブの大変さなんて聞いてない!!
徹夜のしんどさなんてどうでもいい!!
だって、その未来にはさくがいる!!
12年後も生きている。
それだけで十分。

もちろん現実はきれいごとじゃない。
眠いし、
しんどいし、
できれば今すぐ寝たい。
でも、
さくが生きているからこそ起きる出来事でもある。
だから私は、
「もう勘弁してよ〜」
と言いながら、
どこかで幸せを感じている。

会社が大変だった時も、
人間関係で苦しかった時も、
私は何度も思ってきた。

「さくが生きているから私は大丈夫」

さくは私が守ってきた存在だと思っていた。
でも振り返れば、
私もずっとさくに守られてきた。
大変なことは山ほどある。
本当に山ほどある。
でも、
それでも私は思う。
さくがいる人生は、
大変で、
最高にハッピー♥️♥️♥️

さて。
猫が朝ごはんを待っている。
さくのリハビリもある。
私は徹夜明け。
今日もまた、
賑やかな一日が始まる。

悪い顔さくやん。
なんか、腹立つから、牛を貼ってやった。
笑える。




咲耶の持ち物や服は、できるだけ可愛いものか、面白いものを選ぶようにしている。
理由は単純。
咲耶は鼻にチューブをつけている。
だから外出すると、時々、見ず知らずの方が顔を曇らせながら近づいてきて、
「かわいそうになぁ」
と声を掛けてくださることがある。
もちろん悪気はない。
優しさから言ってくださっていることも分かる。
でも私は、少しだけ違うことを願っている。
どうせ声を掛けてもらうなら、
「その服かわいいね」
とか、
「そのカバン面白いなぁ」
とか、
笑顔で話しかけてもらえたら嬉しい。
なぜなら、咲耶は「かわいそうな子」ではないから。
鼻にチューブはついている。
医療的ケアもある。
できないこともたくさんある。
それは事実だ。
でも、それだけが咲耶ではない。
よく笑うし、
気に入らないことがあればちゃんと怒るし、
塩絵も描く。
私にとっては、とても魅力的な一人の女の子だ。
だから私は、服を選ぶ時も、
まず「障害児らしく」ではなく、
「咲耶らしく」を選びたい。
実は、その服選びの担当は私ではない。
ほとんどの場合、まひねーね。
咲耶の服や持ち物には、ハンバーガーやポテト、ドーナツなど、食べ物のキャラクターがよく登場する。
顔がついたジャンクフードばかり。
なぜそんなものを選ぶのか、改めて聞いたことはない。
でも私は知っている。
咲耶は長い間、口から食べることができなかった。
みんなが当たり前にしている「食べる」ができなかった。
だからきっと、まひねーねなりの願いがあったのだと思う。
食べられないなら、
せめて食べ物を身近に置いてあげたい。
そんな気持ちだったのではないかと思う。
今では咲耶も、少しずつペースト食を食べられるようになった。
そして最近では、ハンバーガーを丸ごと一個、ペーストにすれば食べられるようになった。
小さい頃からハンバーガーの絵が描かれた服を着ていた咲耶が、
本物のハンバーガーを食べている。
そんな姿を見るたびに、
私は少し胸が熱くなる。
あの頃は想像もできなかった。
でも、まひねーねはどこかで信じていたのかもしれない。
だからハンバーガーを選んでいたのかもしれない。
ちなみに、鼻のチューブを固定するシールにも絵が描いてある。
それも、まひねーねの担当だ。
今日は何の絵だろう。
そんなことを見てくれる人が増えたらいいなと思う。
チューブより先に。
障害より先に。
咲耶という一人の女の子を見てもらえたら嬉しい。
だから今日も、咲耶のファッションは少し賑やかです。



久しぶりのスペシャルニーズ歯科外来。
食べる、をずっと見守っていただいてもう8年。
この日、黒棒というお菓子をかじる練習をしたら大喜び。
本当に食べるのが上手になった。

さくやん、最近さくや語をよく喋るので、動画で撮ってみた。
ハリー・ポッターの蛇語のようだなとかーちゃんは思う。
何を喋ってるんですか??
延々30分位聞いたけど、分からなかった。
かーちゃん、ポンコツな受信機しか持ってなくてごめんよ。

とにかく、咲耶にかまいに来るエース。
見た目は上品なブリティッシュショートヘアなのに、やることが野良猫っぽい。
いつも食べ物を探していて、咲耶のご飯にも興味津々。

柄は野良猫っぽいサビなのに、落ち着いていてお姫様気質のジジ。

学校で、プロンボードの調整中。
最近は毎日学校で立位をさせて貰っていて、友達とも目線の高さが同じで嬉しい。

運動会!!
空には彩雲!!

暑くて少しボーッとしてるけど、先生が作ってくれた秘密アイテム、軍手のお陰で演目はバッチリだった!!

大きなお花に喜ぶさくやん。

中学校に入学して、もう1学期も半ば。
大きく体調を崩すことはなく、逆に夜もよく眠れるようになって、ご飯もモリモリ食べることが出来るようになって、パワー全開!!

お陰さまで、元気いっぱい過ごしています。
ねーねも、社会人生活、頑張っています。
ありがとうございます!!
4月に保護にゃんこさんをお迎えした。

あつこさんが、ブリーダーさんが突然お亡くなりになって急遽23匹ものねこさん達を保護することになった!!とご連絡をくださって、そこからお迎えしてくださる方々を探していて。

うちのジジにゃんは、今年14歳になる高齢にゃん。
最近は動きも少なく、刺激になるかなぁ、でも、もう1匹命をお迎えして、お世話できるかな?なんて、迷いもあったけど。
何より、大変な状況からせっかく救われた命!!
お迎えを決意した。

まひは、新入社員研修で、1ヶ月東京に行っていて、お留守の間に決めてしまった。

ブリティッシュショートヘアの男の子。
名前は「エース」。
ONE PIECEオタクのかーちゃんの推しの名前。




最初の2週間は、こんな距離感は保てず、ジジはまひの部屋に引きこもるし、ご飯は食べないトイレもしない、エースの姿を見れば唸って、近くに来ればネコパンチ。

エースは、うちに来て当日から我が物顔でウロウロして、ジジに怒られても気にしない、ゴキゲンに過ごす大物だった。

まひが帰ってきてからは、まひも可愛がり。

ゴキゲンにゃん。

多分2歳くらいだそうで、いたずら放題。
豆腐窃盗犯。

「ジジはねーねのねこ。エースはわたしのねこ」
って、咲耶は言う。
確かに、ジジは、咲耶が生まれる前からうちにいて、咲耶がNICUから出てきて家に帰ってきたら、家はとんでもない緊迫感に包まれて。
ジジは、咲耶には一切触れないように気を遣っていた。

エースはそんな歴史を知らないから、この通り。
咲耶に撫でられたくて、咲耶の手のひらに、頭を擦り付けに行って、咲耶の膝にだって乗ろうとする。

やんちゃにゃん。

何より良かったのは、あーちゃんに一番なついていること。
咲耶も最近は大きくなって、母は体力が無くなってきてなにもお世話が出来なくなったけど、エースがとにかく纏わりつくので、すごく嬉しそう!!

猫1匹が増えるとこんなに賑やかになるのかとビックリしたけど、エースのお陰で、いいことばっかり♥️

新しい家族、よろしくお願いします♥️




無事に、入学式の日を迎えて。
ねーね曰く、AKB48のような正装。

ごきげーん!!

入学式では、やはり緊張の面持ち。

学校は、知的のみの特別支援学校だったけど、咲耶がいることで、スロープなど、様々な配慮をしてくださる。

教室でも、緊張!!
言わせてください。
もう中学生!!

生まれたとき。
こんな日が訪れるとは、想像したくても出来なかった。
この頃は、1歳まで生きれないから、家族の時間を過ごすために、家に連れて帰っては?と医師から勧められていた。
医師の言うことが正しいと思い込まなくて良かった!!

抱っこしてるねーねは、今年社会人!!
咲耶、ちっちゃい!!

海に行った時の天使の顔。
生まれたからには、幸せをいっぱい感じないと。
かーちゃんは、咲耶の可能性しか見ないことにした。

心臓の手術の後。
3回ほど死にかけた。
でも、信じるを選んだ。
そして、皆さんの祈りに頼った。

幼稚園でたくさんの友達が出来た!!
咲耶は社会に出て、たくさんの影響を与える人になるんだと確信した。

なおこさんが、お祝いに可愛い猫さんタオルをプレゼントしてくださったよ!!
温かい想いをいつもいつも送ってくださる。
お陰さまです。

いくよさんが、お祝いに駆けつけてくださった!!
ありがとうの満面の笑み!!

もう中です。
たくさんの祈りを頂いてきて、奇跡を形にした咲耶。
これからまた、どんな奇跡を起こすのやら。
かーちゃんは、咲耶の可能性を信じて突き進むのみ。

本当に、みなさんのお陰さまです!!
温かい思いと祈りをいつもいつもありがとうございます!!



主催者 さくやん。
いつもは、個展を開催させていただいている大阪のカフェ、AKEBIさんで、指談勉強会を開催。



春休みなので、言葉を持たないお子さんたち咲耶を合わせて4人参加の、豪華な勉強会になった。
岡山からサキちゃんも来てくれて、指談ベテランが2人と、初めて指談に触れる2人。



咲耶の塩絵をお迎えくださった、フランス式アロマオイルの会社バタフライエフェクトの社長さんが「開催おめでとう!!」って、花束を持って駆け付けてくださった!!
ナイトのよう♥️

カラフルでワクワクする花束に、咲耶はもう、帰宅してからもニコニコが止まらなかった。

当日、足を運んでくださった皆さん、ありがとうございました♥️♥️♥️
とても温かな空気で、楽しい場を共有してくださって、優しい幸せな勉強会でした‼️

言葉を持たなくても、溢れる想いを持っていて。
人と表現が違うからといっても、発達に問題があるのとは違う。
継続的に、勉強会を開催します。

と、咲耶が言っているので、かーちゃんは、開催に向けてがんばります。

この勉強会の様子は、また後日動画でも配信予定です。

https://www.facebook.com/share/g/1EGMXubYKQ/

3月17日、咲耶の小学校卒業式。

めちゃくちゃ緊張した面持ち。

教室に移動すると、友達みんなに囲まれて、いつものさくやんスマイル!!

そして、こちらは、まひの大学の卒業式。
魂の約束をしてきた姉妹2人が同時に卒業式。
まひは、明日入社式でそのまま1ヶ月東京の研修センターでみっちり研修。

いくよさんから2人にお花を頂いて大喜び!!
さくは、この春、中学生。

魂のとーちゃんかーちゃんにーちゃんねーちゃんじーちゃんばーちゃん、本当に、本当に、お陰さまです。
たくさんの祈りを届けてくださって、たくさんの温かい思いで包んでくださったからこそです。
ありがとうございます😆💕✨

2月13日。

さくのお誕生日の日。

学校で、医療ケア拡大会議が行われた。

さくが5年生から転校した学校は、知的の特別支援学校。

肢体不自由の児童が通うのは異例中の異例。

母が無理矢理ねじ込んだといっても過言ではない。

その理由は、肢体不自由の特別支援学校で絶えず怪我をして、トドメは薬指の爪が剥がれたから。

何度話し合っても、訴えても、埒があかなかった。


そして、転校して2年目が終わりに差し掛かり、今年度の振り返りと来年度に向けて。

校長先生、教頭先生、校医さん、看護師さん、養護教諭、先生方みんなが会議室に集まってくださった。

医ケアが必要なのは、咲耶ただひとり。


昨年のこの会議には、とにかく、ありがとうございますとしか言えなかったけど、今回は、母として、手記を書いて資料に加えていただいた。

医ケアが必要な児童と向きあうことには、不安が伴うと思う。

私も、咲耶が生まれてすぐは、障害を持った子供との向き合い方なんて知らないから、不安がいっぱいだった。

それを思い出して、文章にまとめた。

本当は喋る原稿のつもりだったけど、資料にしてもらった。

◼️◼️◼️

医療ケアの必要な児童を受け入れて、ここまでサポートしてくださったこと、本当に感謝いたします。


 今年は小学校最後の学年で、修学旅行にも様々な工夫やご配慮をしていただき無事に参加させて頂いて、学校での安心な生活をお守りくださってありがとうございます。


 さて、今日は母親としての願いや想い、考えなどをお話しさせていただきたいと思います。


 ご存知の通り、咲耶は18トリソミーという染色体疾患を抱えて生まれてきました。まずは生まれてこない、生まれてきても、90%は1歳未満に亡くなる、その後も寿命は短い、こういったデータは容易にインターネットから検出出来ます。

 ただ、ここで皆さんにお願いしたいのは、だからといって、漠然とした不安や心配を持って頂きたくないということです。

 数字ではわからないことをご説明しますと、18トリソミーは、脆弱なので生まれたときから医療提供を拒まれる。なぜなら、病院は責任を背負いたくないから。なので、最初から、親に子供の命を諦めさせる、方針がある、のです。


 私が咲耶が生まれた病院で言われたことは、

 ・当院では、18トリソミーのお子さんに提供できるのは愛情と看護のみです。 

・病院で亡くなるより、家に連れ帰って家族の時間を1週間ほど持たれては?(その後は亡くなりますが)

・台数に限りがあるので、人工呼吸器を寿命のあるお子さんに譲ってください。

 ・仮に生き延びたとしても、障害が無くなるわけではないので、親御さんの人生が変わります。(大変な方に) 


 これを聞くとどなたも悲しい顔をされます。でも、事実です。

 私は全てをお断りしたから咲耶の今があるわけですが、ここで数字の話に戻ります。

親御さんによってはドクターがそう言うなら、となるわけです。 すると、生きる可能性が有る無しに関わらず、親が子供の寿命を終わらせることに同意することになります。

 ということは、いつまでも1歳生存率10%のデータの補強はされても、塗り替えが出来ないのです。


 私は、データは過去の実績であって、咲耶の人生には関係ないと考えました。

 そう、関係ない、のです。


 その後も、退院時に自発呼吸があるにも関わらず、医療介入が容易なのでと気管切開を勧められ、断りました。 

当時は気管切開をしないで退院した18トリソミーのお子さんを見たことがないとまで言われ、季節の変わり目の定期診察ごとに病院の方針なのでと気管切開を勧められ、衣替えみたいですねとドクターと一緒に大笑いしました。


 ここで感じ取って頂きたいのは、すでに、データにほぼ無い18トリソミーがここにいるということです。 

咲耶の人生は、日々、データを塗り替え続ける存在になっています。

 過去のデータと無関係であると気付いた時から、データを作る人になるのだと、母親の私がそう決めたのです。そのために、母親としては、咲耶の18トリソミーのデータを蓄積してどのドクターとも対等に話せるだけの勉強をしてきました。

 このような話をすると、お母さんはお強いですね、勇気がありますねとお褒めの言葉を頂きますが、そうではなくて、実はどなたも同じです。


 皆さんは、明日、絶対、死にませんか?

 わからないですよね?

 病気にならないか、いつも不安ですか? 

たまに自分の生活を振り返るくらいではないですか?

 咲耶も、ここまで来れば同じなのですよ。

 ですので、最初に申し上げました、漠然とした不安や心配を持っていただきたくない、ということなんです。

 掛り付け医の指示書にある通り、免疫力が低いため体温調整して感染症を予防するとか、側彎、股関節脱臼、尖足があるため身体の扱い方を工夫して骨折したりしないように注意していただくとか、サーチ、体温、顔色で様子をみるなど、日常生活に目配り心配りをお願いできれば充分です。

 休み休みの登校で申し訳なく思いますが、母として、長期欠席になるよりはと、体調を管理しています。

 ですから、学校に登校するときは、母の目から見て万全です。決して、母の用事があるから怪しいけれども登校する、ということはしません。

 なので、咲耶の顔を見たら、元気なんだなと、笑顔を向けて頂けたら嬉しいです。


 余談にはなりますが、ここにはダウン症のお子さんが通ってこられていると思います。

 ダウン症は、21トリソミー。 

染色体の番号が18番になれば、咲耶の18トリソミーです。

 ダウン症は生きるデータが確立されていて、生まれてからの人生が全く異なります。

 理学療法の観点からも、教育の観点からもあらゆる書籍も出版されています。

 それは、数が多いので、必要とされるから。

 ところが18トリソミーは、生存者が少ないため、理学療法も手探りなら、教育に関しては全く。

 発達遅延、としか表示されません。数が少ない症例を研究しても地位も名誉も得られないそうです。

 ならば、咲耶がと思い、0歳から右脳教育の教室に通い、今は中学生レベルの学びをしています。

 将来、科学技術が発展して、AIを頭に着けたら脳波から咲耶の喋りたい言葉を喋る装置なんかが出来たときに、何も知識や考えが育っていなければアウトプット出来ないし、会話も出来ずに人生がつまらないと思ったからです。

 残念ながら世間では、言葉の無い肢体不自由児は中身も育たないと思われがちだと思いました。

 お年寄りの施設で、スタッフが赤ちゃん言葉で話しかけるのが問題になるのと同じことです。


 ここは教育の現場ですので、ぜひ先生方には、18トリソミーの可能性をワクワクしながら咲耶と模索し続けて頂きたいんです。

 咲耶には可能性しかありません。

 その可能性をたくさん見出だして頂いて、咲耶がどんな素敵な大人になるのか、一緒にイメージし続けていただきたいんです。

 学校では、その上での医療ケアであると言うことを改めてご確認いただきたいと思っています。


 また、母としては、仮に、仮に咲耶に何かがあったとしても、その場に母が立ち会えなくても、その環境、その人、その人たちに見送っていただけたならと思える場だけを選択した結果、この特別支援学校に来ました。


 ですので、咲耶を愛して、大好きでいて、一緒に過ごす時間を目一杯楽しんで、可能性を一緒に見つけて、才能を引き出して、将来をイメージして下さい。 

きっと、咲耶はその想いに応えられる人になります。これからも、よろしくお願いします。


 咲耶 母


可能性しかない人↓(笑)
かーちゃんは、可能性しかないさくを育ててきた経験を踏まえて、出版に向けて動こうと思います。