みぃです。

 

 

先日こんな事がありました。

最寄り駅のロータリーに車で行った時のこと

車道でタクシーの運転手の方がお二人で立ち話をされていました。

これではロータリーに入れない・・・。

車に気づいて貰おうと、プップッとクラクションを鳴らすと

 

「なんやねん、アホが」

 

ひょえ~~~滝汗

この返しを全く予想していなかった私。とても驚きましたが次第に怒りが・・・。

 

ん?どういうこと???

今なんとオッシャイマシタ???

運転していた夫は、おもわず何がアホやねん爆弾と言い返す始末汗

 

 

 

 

皆さんは、この出来事どう感じられますか?

 

 

「あぁ~よくあるよね。仕方ないよね。」

「なんでそんな事を言われたんだろうね。」

「そんなタクシー会社はよくない!もう使わない。」

「何も感じない。それで?」って方もいらっしゃるかな。

 

 

私は、まだまだ愚か者で・・・・

その怒鳴り声が耳に残って怖かったです。

その怖さからか、どうにか反撃出来ないものかと一瞬思ってしまいました。

タクシー会社にメールでもする???

イヤイヤあせるそれは違うだろう!自分でツッコミを入れる事でその行いは回避あせる

 

 

(う~ん。・・・・・しばし心の捉え方を思案・・・・時計

 

 

 

そうか。

あの方は咄嗟にああ言う言葉が出たんだな。

クラクションの音にびっくりして、思わず「アホが」って出たんやな。

咄嗟にああ言う言葉が出るという事は、

その言葉が身近にある生活をされているんだな。それはしんどいな。

でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

先日、奈良の法話会がありました。

そこで勉強させて頂いたのが

 

 

 

恩を知る

 

 

 

感謝の大切さ。恩を知る事の大切さを教えて頂きました。

感謝とは、またその感謝がもたらす幸福の仕組み。

 

 

すると、会場に来られて居た方が、

ある人から嫌がらせを受けいます。そんな相手にも感謝をしなければならないのか!?といった質問に対して師匠は、

 

 

 

それでも感謝をしなさい。と答えられました。

 

そこの場面だけを切り取ってはいけない。

大きな流れで見た場合、今までの全ての経験の1つ1つが、今の自分の「現在」を作り上げている。嫌がらせを受けているその部分は苦しいかもしれないけれど、家族と幸せに暮らせているその今の環境は、過去の経験のどれが抜けても成立しなかった。その過去の経験は、あなたに嫌がらせをしているその方とのこ゚縁も含まれている。

感謝をしなさい。

 

 

心が伴わなくても感謝をするのです。

 

 

 

心が伴わなくても感謝をする。

その感謝が積み重なって

「感謝」と「伴わない心」との損益分岐点を超えた時に

心は動き始める。

 

 

そのお話を聞いて、タクシーの一件を思い出しました。

私はあの時の恐怖と怒りの感情の中で感謝が出来ただろうか・・・。

実際出来てないし・・・。

 

負の感情をぐっと抑えての感謝。

これは難しい。私の中のよくないエネルギーが暴れ出しそう笑い泣き

 

けれど「出来るかどうか」ではなく「やるかやらないか」

だったらやるしかない。

 

 

 

愚か者の私のこと

うぅ~・・・・・・・。また怒りの感情がぁぁぁぁ

こんちくしょうメラメラ   でも、でも・・・・・・ありがとうございます泣

 

ってな感じでしょうかあせるあせるあせる

 

損益分岐点を超えて、これからの人生!

後半の人生は感謝の金太郎飴でいたい!!金太郎飴、最近見ないなぁキャンディー

 

 

どんなに小さな「ありがとう」でも付け加えていくのだと

自分との約束OK

 

 

タクシーの運ちゃん

あなたのおかげで、法話会で「心が伴わなくても感謝」の言葉が

とてもリアルに感じ取れました。

ありがとう。←小さいwww