「普通」
私はこの言葉が嫌い
人から
「普通はこうでしょ。」
「どうして普通に出来ないの?」
「普通でいいから・・・。」
これらの言葉を言われると、
胸がギュッと苦しくなる。
「普通」と言う名の、
窮屈な折に入れられる。
そんな感じだった。
「常識」といった言葉も、似たような意味で受け取っていたな。
だから私は「普通」といった言葉が嫌いだった。
けれど、師匠のブログを拝読して
今までの私の受け取り方と違う「普通」を教わった。
「普通って、
何も起きないことじゃなくて
何も起こさないように、自分で選び続けること」
随分と受け取り方が違う。
まず、軸が違う。
このブログの冒頭にもある。
私は、「普通」に対して
人から
・・・と書いている。
一方師匠の示す普通は
自分で
・・・・・だ。
何たる事だ・・・・。
私は、「普通」を、
人との比較の言葉として、
他者や大多数
と・・・
それ以外。
そう受け取っていた。
違う。大いに違う。
「普通」は、多数派と言った意味とは全然違う。
この、
全ての物が移り行き、一瞬たりとも同じ形を留めないこの世の中で
いつもの1日をきちんと暮らす。
いつもの暮らしをいつも通りに暮らす。
その日々の中でこその、
感謝が溢れる言葉だったんだな。
出来事が人生を決めるのではない。
解釈が人生を決める。
日頃使っている単語1つ取っても
解釈が人生を作っているようだ・・・・・。
煩悩まみれの私には、
なかなかハイレベルな言葉だった。。。
次からは、
「どうして普通に出来ないの?」
「普通にしといて!」
と言われたらこう答えよう
はい!!
頑張って勉強しています^^
