さて。
 
熊本でちゃんとお仕事も完了して。
熊本という土地は、街中からですとJR熊本駅にいくのは市電で少し離れているんです。
 
なので?
距離も近いので
熊本ー福岡
この間のバスがばんばん出ています。
 
熊本の町中からだとわざわざJR熊本駅にでてそこから九州新幹線に乗車して
福岡の博多駅にいくとなると所要時間は・・
 
熊本街中→→→JR熊本駅 →約20分で170円
      (市電乗車)
 
熊本→→→→博多  →約50分で自由席正規料金で4610円
  (新幹線)
 
色々含めて時間は約1時間30分で5000円程
 
これが街中の高速バス停から博多駅バスターミナルまでですと
乗り換えなしで
通町筋バス停(本当に街中です)→博多駅バスターミナル 約2時間で2060円!
 
ですから料金と所要時間両方鑑みても
「珍しくバスの圧勝!(だと私は思っています)」
 
まぁ九州新幹線も早割もありますし、ちゃんと定時到着してくれるので確実性は
新幹線にかないませんが。
 
そんなこんなで例のごとく高速バス利用で福岡に到着しました。
 

 
ここでもちゃんとお仕事もして大好きな街や神社探訪を行います。
 
私のモットー
「忙しいほうが、目的意識をもって精力的に自分の意志で行動できる☆」
です( ^)o(^ )
 
そして今回の福岡探訪の目的地
「箱崎宮(はこざきぐう)」にたどり着きました。
 
福岡はいいですねぇ・・
なにせ
・福岡空港から地下鉄ですぐ街中(博多や天神)に到着する
・地下鉄で主な観光地ほとんど移動可能
ですから♪
 
ここ、箱崎宮もちゃんとその名も地下鉄箱崎線の箱崎宮駅下車して駅をでたらそこが
参道!
 
福岡市の繁華街である博多や天神両駅からもとても近い駅ですから足を運びやすいです。
 
広大な敷地を誇り、シルクドソレイユなどのイベントも開催されれます。
 
この箱崎宮のもっとも神社の本殿に近い場所に建っている立派な鳥居
何気なくも
「重要文化財!」
慶長14年(1609)に福岡の初代藩主黒田長政が建立したとその銘があるのです。

この鳥居の柱は三段に切れ、下肥りに台石に続いています。笠木島木(かさぎしまぎ)は1つの石材で造られ、先端が反り上がり、貫と笠木の長さが同じ異色の鳥居であり、「筥崎鳥居」と呼ばれています。

(箱崎宮ホームページより)

 

ちなみに黒田長政

NHK大河ドラマでV6の岡田君が演じた黒田官兵衛の息子であります・・・

 

 
箱崎宮は別称として筥崎八幡宮(はこざきはちまんぐう)とも呼ばれる。
 
とても由緒ある八幡宮なのですね。
プチ自慢ですが
「私はこの三大八幡宮全ていったことがあります。」
そして
「私の御朱印人生スタートの記念すべき神社が(仏閣含め)大分県の宇佐神宮でした。」
 
御祭神は
主祭神応神天皇
配祀神神功皇后 玉依姫命
となっています。
 
社名の「はこ」の字は円筒状の容器を意味する「筥」が正字であり「箱」ではない。
ただし筥崎宮の所在地・駅名などは筥崎宮の「筥崎」では筥崎八幡神に対して恐れ多いという理由から「箱崎」と表記する。

ウィキペディアに書いてあります。

 

上の写真
「敵国降伏」
 
ものすごいインパクト大!の扁額だと思いませんか?
 
これは文禄年間、筑前領主小早川隆景が楼門を造営した時に、亀山上皇の御宸筆を謹写拡大したものが掲げられているのだそうです。

 

この扁額が

「亀山上皇の御宸筆を謹写拡大したもの」

だというのなら拡大する大本があるはずですよね?

 

http://www.hakozakigu.or.jp/history/

 

敵国降伏の御宸筆は本宮に伝存する第一の神宝であり紺紙に金泥で鮮やかに書かれています。 縦横約18センチで全部で三十七葉あります。
社記には醍醐天皇の御宸筆と伝わり、以後の天皇も納めれられた記録があります。

 

特に文永11年(西暦1274)蒙古襲来により炎上した社殿の再興にあたり亀山(かめやま)上皇が納められた事跡は有名で、文禄年間、筑前領主小早川隆景が楼門を造営した時に、亀山上皇の御宸筆を謹写拡大したものが掲げられています。

 

上のURLをクリックしていただくと実物写真を見ていただけます。

 

本殿と拝殿
 
木の看板に「敵国降伏」の真意が記載されています。
その意味は・・
武力で相手を降伏させるのではなく、徳の力をもって導き相手が自らなびき降伏すると
いう我が国のあり方を説いています
とあります。
 
何事も
争わず自分の徳を高めて自然に周囲を時間をかけて納得してもらうのが王道
そういうことでしょうか。
 
理想論だと言われてもそれが最高で目指すべき道だなぁ
私はそう納得しました。
 
そしてここに来られたことの感謝
これからもがんばるのでお見守りくださいとお祈り。
 
箱崎宮にはいくつかの主な祭事があります。
 
その中で1年で最もにぎわう大祭があります。
それは
9月12日~18日 の放生会(ほうじょうや)です。
  • 9月12日~18日 放生会(ほうじょうや)
命を尊び、海の幸山の幸に感謝する祭り。福岡の三大祭りの一つとされる。
素焼きのおはじきや、ガラス製の音が出る玩具「ちゃんぽん」(ビードロポッペン)が売られる。1kmの参道に各種露店が並ぶ。博多では「梨も柿も放生会」といって親しまれている。なお、一般的には「放生会」は「ほうじょう」と読むが、筥崎宮や特に福岡地方では伝統的に「ほうじょう」と読む。
(出展 ウィキペディア)

私も何年も前に

「本当に偶然 この放生会期間中にここ箱崎宮にきたことがあります」

参道に露店が並び

老若男女がここに参拝にきて

とてもとても賑わっていました。

 

その時には確か拝殿の中に入れました。

http://www.hakozakigu.or.jp/keidai/

 

箱崎宮の境内の図があるのですが、拝殿の中には1つの石灯篭があります。

重要文化財なのですがこの石灯篭には逸話があります。

 

正15年(1587)太閤秀吉が九州平定後、本宮に滞陣して博多町割りなどを行いました。

その時秀吉が催した箱崎茶会に随行した千利休による奉納と伝わります。

南北朝時代、観応元年(1350)の銘があります。
※拝観は放生会、さつき大祭期間中のみとなっております。

やはり拝観できるのは期間が限定されています。

 

 

御朱印をいただ重要文化財である楼門をバックに撮影
この楼門も重要文化財です。
扉の太閤桐の紋様彫刻は江戸時代の名匠左甚五郎の作と伝わります。
 
楼門も9月の放生会の期間中手で触れて接近することが可能です。
 
  • 神木「筥松」
楼門の右手の朱の玉垣で囲まれるの木。
神功皇后応神天皇を出産した際、胞衣(えな)を箱に入れてこの地に納め、
印として植えられたのがこの「筥松」と言われる。
「筥崎(箱崎)」の名称はこの胞衣を納めた箱に由来する
 
この松の木が箱崎の名前の由来です。

 

新緑の季節
松もいきいきして天高く伸びています。
 
平成21年3月30日に福岡県指定有形文化財に指定された
亀山上皇の木造御神像
 
現在、博多区の東公園内に亀山上皇の銅像が建立されています。
この銅像は鎌倉時代中期の元寇(蒙古襲来)に際し、「我が身を以て国難にかわらん」と敵国降伏の祈願をし、博多の街の安寧を祈願された亀山上皇を顕彰し、明治37年(1904)完成しました。
この銅像の原型となる木彫像を製作したのが福岡県出身の彫刻家・山崎朝雲で、
その大きさは約6メートルあります。
※拝観時間は毎日9:00~16:00(都合により変更となる場合があります。)となります。

 

亀山上皇って歴史上どういう人物として記録に残っているのだろうか?
 
亀山天皇(かめやまてんのう、建長元年5月27日1249年7月9日) - 嘉元3年9月15日1305年10月4日))は、鎌倉時代の第90代天皇(在位:正元元年11月26日1260年1月9日) - 文永11年1月26日1274年3月6日))。

 

院政中には2回の元の対日侵攻(元寇)が起こり、自ら伊勢神宮熊野三山[1]で祈願するなど積極的な活動を行った


とウィキペディアに紹介されていますが、何より有名なのは

誰しもが知っている

京都の嵯峨野 嵐山にかかっている橋「渡月橋」の名付け親だということ。

亀山上皇が、橋の上空を移動していく月を眺めて「くまなき月の渡るに似る」と感想を述べたことから渡月橋と名付けられた。

へぇぇ です。

 
 
 
空港もすぐなのでひっきりなしに上空には飛行機
神社と飛行機
なかなか両者を共に写真に収めることは箱崎宮以外の神社ではありません。
 
 
ここ箱崎宮にもちゃんとこうしてパワースポットが存在します。
それが
湧出石です。
この石に触れると運が湧き出るといわれる“パワースポット”

 

「さざれ石」と並んで筥崎宮の“パワースポット”として広く知られています。

湧出石には古くから、国に一大事がある時、地上に姿を現すとの言い伝えも残されているそうです。

 

 
 

 

もちろんちゃんとしっかり触れてパワーをいただいてきました。

 

 

この「箱崎宮」の文字
大正3年3月
東郷平八郎元帥謹書と裏側に彫ってありました・・・