毎年日本でどのくらい行方不明者が出ているかは知らない。
ただ、私が知っていることはある場所ある地域で毎年今でも神隠しが起こっているということだ。

それも何十人も。



昨日までいた人間が忽然と消えてしまう。
私の同僚もその一人となってしまった。

最初は何かの冗談かと思っていたが、警察が家に来たり、会社で上司から何か彼が悩んでいなかったかと聞かれたりしてようやく彼が本当に行方不明になったのだとわかった。

あの場所、××病院に行ってから・・・。

彼の父親がその病院にいると聞いたのは数週間前だ。
若い頃と違い年には勝てない、父親の嘆く姿は彼に相当な心労をさせたようで、入院した当初は彼の方が今にも死にそうだった。

しかし、そんな彼の父の容体が快方に向かうと彼も本来の明るさを取り戻し「明日は最後の見舞いに行ってくる」と笑いながら私に話をしてきたぐらいだ。

それが彼から聞いた最後の言葉で、彼を見た最後は仕事終わりに車に乗って病院へ向かう姿。

彼は果たしてどこへ行ってしまったのだろうか・・・。



私は秋の連休に入った今日、病院へ向かった。


××病院。
数十年前からこの場所にあるこの病院は改修工事を何度か行い、規模の拡大と施設の美化を図った。
おかげでこの地域一帯の医療は、世間で問題が起こるような事態にはなっていない。

病院は少し街の外、田園風景が残る場所に位置している。
取り残された自然を見て人々は癒されるのだろうか?

私は受付で彼の父の部屋を聞き、病室へ向かった。
「知ってる?あの人の息子さん、行方知れずだって・・・」


失礼します、とノックをして部屋に入る。
一人部屋といっても中はそこまで広いわけではなかった。

彼の父は身体を起こし、私に軽くおじきをした。
しかし、面識のない私を見て対応に困っているのは目に見えてわかった。

「息子さんの同僚の・・・」

私は彼の話をし、彼がここに来るつもりだったことを話した。


「・・・そうか」

彼の父はそう一言だけつぶやいた。
けれども、その一言だけで十分だった。
やるせなさ、かなしさ、むなしさ、なぜ、様々な感情が交じった一言のように私には聞こえた。

私は見舞いの品を机に置いて部屋を出ることにした。

「・・・私の息子は、いいやつだったか?」

振り返って返事をすることしか私には出来なかった。


部屋を出て車に向かうまでに間、私は考えを整理しようと思った。

彼を最後に見たのは仕事終わりで、彼はここに来るつもりだった。
しかし、彼はここに来てない。そして、行方不明扱い。
彼の車の目撃情報はどうなのだろうか?警察ならとっくに調べに入っているのではないだろうか?

私は車に乗って道沿いを走った。
市内に戻る途中、農作業をしている男性を見つけ車を道の端に止めた。

「あのー、すみません少しいいですか?」

作業を中断した男性は私の元へゆっくりと歩いてくる。

「何かようかい?」
「お忙しい中すみません、私は今行方不明になった同僚を探していて・・・」
「行方不明か」

何か知っているような顔で男性はそう言った。

「何かご存じなのですか?」
「ここいらじゃ、俺がちいせぇ時からしょっちゅう人が消えよる。俺の爺さんが言うにはヒメサンノタタリだって」

タタリ。
神隠しの次はタタリ、しかし私は「ヒメサンノタタリ」なんてことを聞いたことはない。

「そのタタリ、ヒメサンノ?ヒメサンノタタリというのは・・・?」
「あんた知らないのか?俺が教えてやってもいいが、知っているのはこの辺りに住んでる人間だけって話だ」

「昔、この辺りは池が多くあった。そこに住む金持ちの娘はえらい美人だったらしい。そう、あんたみたいにな。娘は村に住む男性に恋をしていたが、娘の親父はそれに反対していた。隣町の金持ちの家にとつがせるつもりだったらしい。それでも娘は夜になっては男性に会いに行った。家の中にあった池に入って、家の外、といってもその男性が住む村の傍にある池に出ていって会いに行ってたらしいんだ。ところが、そのことを知った親父は村の方の池を埋めてしまった。それを知らない娘は、また夜になって池に入った。・・・、それから娘の姿を見たものはいないって話だ」

昔話、幼い頃聞いた昔話にはない話だった。

「このへんは昔から池が多くてな。それでよく池に落ちて行方知れずになったもんが多かったが・・・」
「今、そんなに池ってありますか?」
「埋め立てたから、そこまで残ってないな」

私はありがとうございましたと言い、車に戻った。

同じ街に住んでいても知っていることと知らないことがある・・・。

私は図書館へ向かった。


ここの図書館には市の昔を知ることが出来る場所がある。
中学校の社会見学で知っていたことだったが、利用するのは初めてだった。

「わがまちの歴史」
「人口統計」
「明治時代~昭和における都市部の風景」
「部落地域における差別の実態とわがまちの対策 ~21世紀を差別なく生きるため~」
「江戸時代に描かれた風景から歴史を知ろう!」

昔話の本はないのだろうか・・・?
私は本棚におかれた本をひとつずつ丁寧に調べた。

「わがまちの昔話」

手に取った本をめくっていき「ヒメサンノタタリ」を調べた。
しかし、この本にはそれらしい記述は見当たらなかった。

ヒメサンというのは姫さん、つまり姫様ということだろうか?
でも、男性の話では「金持ちの娘」だった・・・。


「鬼姫伝説」


私は姫という言葉にひかれ、読み始めた。


○○村の近くには鬼たちが住み、夜になっては人にばけて村人をさらっていった。
ある夜、鬼の姫は人間の女に化けて村人の家に行った。そこには若い男性が住んでいた。
娘が家に泊めて欲しいと申し出ると、男性は貧しくてとてももてなすことは出来ないが、それでも良いなら泊っていくといいと言い、娘を泊めた。
男は昔、鬼に両親を殺されてから一人でなんとか生きてきたと言った。鬼も生きるために自分の両親を食べたのだろう。鬼に生まれた彼らが可哀そうだと彼は娘に話した。
鬼の姫はその男を殺すことはできなかった。

次の朝は男が目を覚ますと娘はいなくなっていた。
その代りに見事な宝物が娘のいた場所に置かれていたそうな。

次の日の朝も、その次の日の朝も。

男は宝物に手を付けることなく、ただもう一度あの娘に会いたいと思っていた。
そして、ある夜男は寝たふりをして一晩中起きていた。

夜も更けた頃、家の戸が開き誰かが中に入ってきた。

男が見たのは鬼だった。
男は身体を起こし鬼に話しかけた。「あの時の娘なのだろう、なぜ私を殺さずここまでしてくれるのだ」
鬼は涙を流しながら「昔あなたの両親を喰らったのは私です。幼いあなただけは殺さないでくれという最後の言葉を聞いていました。しかし、あの夜私はそれを無視してあなたを喰らおうとしていました。にも関わらずあなたはこんなに貧しいのに私に宿を貸し、鬼を恨んでいないと言ってくださいました」
男も涙を流しながら「あなたが人間だったなら、私たちは夫婦になれたかもしれない」と言うと鬼はあの時の娘に化け「せめて偽りの姿であっても夫婦でいることに嘘偽りはないように」と言い、二人で暮らすことにした。

二人はとても幸せに暮らしていたのだが、鬼の姫がいなくなったことで鬼たちは人間に姫が殺されたのではないかと思い始めていた。

そして鬼たちはある日、村を襲いに来たのだった。
男は街へ買い出しに行っている時だった。

村人たちが逃げ惑うなか、娘が一人立っていた。

娘は本来の姿に戻り村人たちを襲い、喰らっている鬼たちと戦い全ての鬼を殺してしまった。

村を救った鬼だが、村を襲ったのも同じ鬼。
村人たちは最後に残った鬼を取り囲んだ。
鬼は抵抗することなく、村人に殺された。

男が村に帰ってきたとき、村の変わりように驚いた。

そして事情を聞くとただただ涙を流すだけだった。

男は鬼たちは自分が弔うと言い、自分の家の近くに広がる池に鬼たちの亡骸を沈め、そこを長い年月をかけて埋めて墓を建てたという。

その墓の周りにはいつも美しい花が咲いていたそうな。


話はまるで違っていた。
○○村というのは、おそらくこの街のはずれのことだろう。
病院の近くも含まれているはずである。


池と池がつながっている話と、鬼の姫の話。
これらと行方不明者がつながっているのだろうか?
しかし、あくまで昔話だ。
何かつながりがあるとしても、おそらく非科学的なことにしかならない。

娘の無念さが人を池にひきずっているのか?
それとも鬼たちの生き残りがいて人をさらっているのか?

墓・・・、そういえば鬼たちの墓はどうなったのだろうか?

もしもそれが残っているなら、史跡などになるはずだ。
私はまた本棚から本を探した。

「わがまちの史跡 ~H18年度改訂版~」


鬼姫の墓

鬼姫伝説にある鬼姫たち鬼を弔ったとされる墓
石を積み上げ、最後に巨大な岩に「鬼姫塚」と記されているが、これは江戸時代後期に作れたらしい。
豊作を祝う際、ここで鬼たちの魂を鎮める儀式を行っていたとされる。


※現在、××病院拡張工事のため取り壊しが検討されており、地元住民から取り壊し反対の署名が出されている。
※H18年9月、鬼姫塚は取り壊され病院拡張工事が開始された。


鬼姫の墓はたしかに存在していた。
しかし、今はもうない・・・。
ここのページを読む限りでは移動させたなどの話はない。


「ヒメサンノタタリ」とは、この墓が取り壊されたことに関係しているのだろうか?