いま必要なこととはなにか
少し頭のなかを整理したいので
とりとめもなく吐き出してみる
わたしがやりたいこと
あたたかな 心地よい世界
に住みたい
それには地域の自然が豊かであるように
地域があたたかなつながりある場所であるように
住む人たちが助け合える、笑いあえるように
住む人であるわたしが、まずは助け合い、笑い合える必要があるんだ、、と感じた
わたしは助けてもらうことが苦手です
心をオープンにいたいのに、どうしても小心者の臆病者になってしまったりします
そんな自分を癒やす過程でもあるのかもしれない
そういうところにチャレンジさせられているのかもしれない
自分でやることは簡単だけど
それを人に頼り、協力関係のなかで、人のあたたかさや心づよさ、やさしさを受けていくなかで、自然と心が開かれていくのかもしれない
だから、自分ひとりでやりとげよう、なんとかやろうとがんばるよりも
素直に頼ろう、弱くてもいい、だめでも飾らなくてもいい
そのまんまのわたしで
全てをそのまんま今感じていることを発信してみる
きっと共感してくれる人は必ずあらわれる
素直に頼ろう
ひとりでがんばらない
人に頼り、協力しながら遂げること
それには、そのまんま飾らない心の内をあらわすこと
自分を抑え低く控えめにすることもせず
自分をよくみせたいと自己啓示欲をもつ必要もなく
そのまんま
私にとっての課題。そのまんま
、、
そうだ、昔からいつもそう思っていた
そのまんまのわたしで人と楽しく笑って過ごしたい、そうできたらいいのに。って
人と関わることがとても苦手だった10代に、いつも劣等感のようにそう感じてた
それくらいわたしは私がどういう自分でいたらいいか分からないでいたんだった
だからつい相手にとっていい自分を演じてしまう
でもそれはわたしの心が泣く
とても居心地がわるいと訴える
でも自分のままが分からない、、
そんな葛藤で掴んできた自分自身
いまはだいぶ自分というものの性質が分かってきた
自分のマイナスととらえてた部分も、マイナスである必要があったこと。
自分の素質を生きるためには必要だったこともわかる
この葛藤はなぜ必要なんだろう
演じることと、自分そのままでいることの葛藤
これの必要性はなに?
演じることは、わたしにとって相手に受け入れてもらえること
自分そのままでいることは、その逆で嫌われることやこわいこと
という潜在的な認識を持っている
これがなぜ必要だった?
自分そのままでいることは、こわいこと、こわいことが起きる
これってなに?
自分そのままの欲求を出したら、こわいことが起きた、悪いことがおきた、
自分を出すのは怖く、悪いことなんだ
この潜在意識、なに?
自分を出したら怒られた
自分そのままの感情を出したら受け入れてもらえなかった
とにかく、自分を出して嫌な思いをしたんだろうね、度重ねて
記憶にあるのも、いくつかある
小さい頃の記憶。
でも、たしかに子育ての道なんて、そんなのばかりだよね
子の言うことを全てそのままどんなときも優しく受けとめるなんてできない。
どうしたって訴えに反するときはあるし、全ての言うことを聞くこともむずかしい。
親も必死だ、余裕のないときなんかは、ちょっとした子の要求にもつめたくあしらってしまうこともある
親に悪気ないこともわかる
※寝落ちしました
文章も少々おかしい