「そういえば、新さんはどうしてバスケ部に入ったの?」
できたてのミートソーススパゲティーを食べながら、私はそう問いかけた。食事中で二人きりで会話がないというのは、やはりなんだか居心地が悪い。特に深入りするつもりもなく、この程度の半分世間話のような会話が一番妥当だろう。
「やっぱり、美紀がいたからかな。」
彼女は手を止め、昔を懐かしむようにそう答えた。
「中学の頃から美紀とは仲良しで、高校に上がって周りは知らない人ばっかりだし、不安でいっぱいで。でも美紀と一緒だと安心できるし。そんなとき、美紀に誘われたんです。一緒にバスケやろって。」
「そうなんだ。ほんと二人とも仲がいいもんね。」
その言葉に彼女は少し照れくさそうに笑った。そんな姿を見ながら、私はかつての自分を思い出していた。私も高校時代はバスケ部に所属しており、そこそこ勉強もしていたが正直なところ部活中心の生活だった。同級生は七人ほどだったが、仲が良くてその七人でいつも一緒にいた。朝からみんなで朝練して、昼ご飯も体育館の裏でみんなで食べ、放課後練習が終わってからも、更衣室にみんなで夜遅くまで残って先生に良く怒られたっけ。やはり、あの頃が一番楽しかったなと今でも思う。
「今学校は楽しい?」
「はい。まあ、勉強はあんまり好きじゃないですけど。」
「そっか。」
残された時間はあと少し。彼女たちはもっとも楽しい時期に、死を迎えるわけだ。それがうらやましいのか、可哀そうなのか私には上手く分からなかった。高校時代は、本当に楽しかった。それは自覚してたし、その楽しい時間もすぐに終わってしまうということも、高校生の頃の自分でもよく分かっていた。だから何度も、何度も、このまま時間が止まればいいのにと思った。彼女たちはある意味、その望みがかなうわけだ。
「こっちも質問してもいいですか?」
「どうぞ。」
「高木先生はどうして教師になろうと思ったんですか?」
そう、彼女たちには夢をかなえるチャンスがない。
「昔ね、とある塾に通ってたの。そこの塾長がとっても素敵だったの。」
簡単に言ってしまうとそれだけなのだが、彼女はそれだけでは納得しないらしい。興味しんしんな顔をこちらに向けながら、おとなしく続きを待っている。
「個人経営の塾だったから、やりたい放題で、同級生たちも何人か辞めさせられたし、数人はやり方が合わないとかで辞めて行ったわ。でも私は先生の言っていることが、本当に正しいと思ったから最後まで残ったの。先生が言うのはいつも当たり前のこと、それこそ出された宿題はやってくるとか、先生のいる部屋の前を通る時は大きな声であいさつしろとか。あとは親にわざわざお金出してもらって塾にきてるのに授業中に寝るなとかね。まあ、授業中寝てたりなんかしたら先生に叩き起こされるから、みんな恐怖で起きていたっていう方が近いんだけどね。」
昔のことを話しているとなんだか、自然と笑みがこぼれてしまう。きっとこれが大切な思い出だからかもしれない。新もところどころに軽く合いの手挟みながら、楽しそうに聞いている。
「だから、あの先生から勉強を教わったっていうより、人として大事なことを教わったって感じかな。だから自分もそんな先生になりたいなって。あの先生も経営している塾のことを趣味でやってるなんて言っててすごく楽しそうだったし。」
そんな感じで私の昔話を中心に話をした。久し振りに自分の昔話をするのも楽しかった。
「やっと見つけた。探すの疲れたんだからね。」
扉が開くのと同時にそんな声が聞こえた。後ろを振り向くと少し不機嫌そうな顔を作って扉の所に東が立っている。東は大きくため息をつく。
「体育館行ったら男子しかいないし。」
一瞬あれと思った。男子、明日の朝に来るはずではなかったか。
「ごめんね、美紀。ちょっといろいろ話聞いてたら面白くて。美紀が学校に戻ってくるまでには体育館に戻ろうと思ってたんだけど。」
「それで、今から男子と一緒にバスケの試合しようってことになってるんだけど、楓もするでしょ。てか、人数少ないから半分強制だけど。」
そう言って東は、新の腕をつかむ。新は困惑した顔でこちらを見る。
「良いわよ。片づけは先生がやっておくから行ってらっしゃい。」
新は頷いて、感謝の言葉を述べて東と体育館へと向かって行った。時刻を見るために、携帯に目をやる。時刻は九時を過ぎている。ついでにメールなどもチェックするが特に連絡はどこからもきていなかった。さて、片付けますか。そう思って、テーブルの食器を集め流し台へと運ぶ。そうして、食器を洗い始めてしばらくして、再び家庭科室の扉が開いた。新が忘れ物でもしたのかと思い扉の方に目をやると、意外にもそこには校長先生が立っていた。
「こんばんは、高木先生。」
「こんばんは。」
少々戸惑いながらも、挨拶を返す。
「実は少しお願いがありましてね。」
校長先生のお願いというのは少々難しいかもしれない。でも、これはやり遂げないといけない、そう思った。食器を片づけ終わり、東たちのいるであろう体育館へと向かった。体育館へと着くと、一台の車が停車していた。日も完全に沈んでおり、車のそばに人が立っているのは分かったが誰かまでは特定することができない。三人いた人影のうち、身長の一番高い人影が手を振って体育館へと入っていく。今体育館に入っていくということは、バスケ部の誰かであろうことは容易に想像することができた。車に乗ってきていることから考えると、たぶんその保護者であろう。そう思って彼らが車に乗り込む前に近づいて声をかけてみることにした。
「あの、もしかしてうちのバスケ部員の保護者の方ですか?」
「ああ、はいそうです。もしかして顧問の先生ですか?」
「はい、高木と申します。」
「これは、いつも息子の春斗がお世話になっております。」
母親の言葉に合わせて、父親も頭を下げる。春斗、うちのクラスの黒澤のことか。
「今日から学校に泊まり込むんだそうで、よろしくお願いします。」
母親がまた頭を下げる。
「じゃあ、私たちはこれで。」
その時、私はふと彼女の手元にあった四つ折りのルーズリーフが気になった。
「あの、それなんですか。」
つい、そう聞いてしまった。
「ああ、これは春斗がさっき…」
そこから先の言葉は続かなかった。代わりに彼女はその紙を私の方につきだしてきた。その紙を受け取って、中をのぞいてみる。そこに書いてあったのはたった九文字。
「いままでありがとう」
それを見て、私はなんだか嬉しかったのだと思う。黒澤は確かにうちのクラスの生徒で、部活も私が顧問をしているバスケ部だ。だからと言って、私がこの子をこんな風に育てた、教育した、そんなわけはない。だから、黒澤がほんとうに良い子に育ったということよりも、ちゃんと感謝の気持ちを伝えることのできる、こんないい子たちがいたということが教育者として嬉しかったのかもしれない。先生をやっていても、こういった機会に巡り合うことは少ない。
「じゃあ、私たちはこれで。」
言葉が出ない母親の代わりに父親がそう言った。彼らは車に乗り込み、校門の方へと走って行った。それを見送ったあと、ふと空を見上げると、そこにはきれいな星空が広がっていた。自然に口元が緩む。何となく、黒澤の顔が見たくなった。体育館に入ると、少し驚いた顔をしてこちらを見ている彼の顔があった。
「黒澤君ね。私もここに泊まるからよろしくね。」
自然と顔に笑みがこぼれる。しかしこんな笑顔を生徒に見せるのがなんだか恥ずかしくなって、私はすぐに体育教官室に逃げ込んだ。