マレーシア在住、美帆です!
読んでくださってありがとうございます
 
子育てや教育を中心に、
またそれ以外でも「私」の考えたことを
書いています。
 
 
我が家の家族はこちら
夫 日系会社員。単身赴任中😢
 
長男と長女はマレーシアにある
ブリティッシュ系インターナショナル校の寮で
生活しています。
本当に
今更なんですが…


今まで、精神科医に
「あなたもADHDの特性が強い」
と言われても

「またまたぁ~、私、そんなに困ってないし(笑)」
「アルは大変だし、本人が困ってるから手助け要るよ。でも私はそこまでじゃ…」
って思ってました。実は。


私も、ADHDかもしれない
このリンク先の記事を読んで、そう思いました。
(書評です。この本は絶対読む予定)

でも、今、自分自身が「発達障害」とは思いません。


矛盾しているようですが…

保育園の時は、とにかく絵本を読んでいたかった。
保育園の記憶なんて殆ど無いけど、保育園にある絵本を全て読み終わった時の哀しい気持ちはまざまざと思い出せる。


小学生の頃も中学生の頃も
友だちなんてろくにいなかった。
いつも1人で本を読んでいた。
友だちが欲しくなかったわけではないけれど、自発的に友だちの輪に入ろうとは思ってなかった。
本を読むのが楽しかったし、学校では普通にクラスメイトと話していたと思う。
初めて「友だち」が出来たのは小学校4年生の時。
えりちゃん、という子。
それより以前は、保育園の卒園文集に「なかよしのともだち」という欄があり、固まっている私を見かねて先生が
「ほら、あやちゃんとか。なおこちゃんとか。」
と助け舟を出してくれて、それをそのまま私は書いた。



劣等生になったことは、無い。
勉強は平均より良く出来たし、運動も出来た。
小学校の頃はリレーの選手によく選ばれていた。
中学の頃は中距離がおそらく学年1,2の速さだった。
でも、浮いてた。きっと。


小学生の頃。
読みかけの本が読みたくて読みたくて我慢できなくて
授業中に読んでは怒られてた。
自称マジメな子だったのに。

やったらいけないってことはわかってたけど、我慢できなかった。


融通が効かなくて、先生に都度「チクって」、周りに嫌がられて。
それが何故ダメなのかがずっとわからなかった。
今でもあまりわかってない。
(余談ですが、これは日本では嫌がられますが、そうすることが当たり前の国もあります。栗原類さんの著書にもありました。)
はっきり言うと、いじめられてた
中学は不登校の経験がある。


保育園でいきなりツクツクボウシの鳴き真似をして怒られた。
中学生の頃も、多分、ストレスが溜まると奇声を上げてた。


今でも実は…
人の顔と名前を覚えるのが、
本当に本当に苦手。


前職でアルバイトから始めた時、
郵便物を配らなくてはいけなかったが、名前が全くわかりませんって言えなくて困った。
何故なら、何度も聞いているから。
なるべく昼休みに居ないときを見計らって、席表見ながらぱっとデスクの上に置いちゃえばいいや、って考えてた。
長く働いても100名弱の正社員の顔を覚えられてなかった。実は。
親戚の顔も名前も忘れる。
多分、すれ違っても気付けない。


今でも片付けられない。
「片付けられない人は物の置き場が決まってないんだよね」
と言われた時
「決まっているのが普通なんだ!!」
と衝撃を受けた。
そういう片付けが出来ない。
今でも出来ない。

小学生の頃は目の前に無いと自分の持ち物が把握できず、教室の窓際の棚に全て並べて置いていた。
今でも母には
「あなたが全部並べるって先生からも何度も注意されて…」
と言われる。
でも、私は「テストの成績も良いし運動も出来るのに、何故そんなことで注意されるのか」が、つい最近まで、というか、ついさっきまでわからず、母が大げさに言ってるんだと思っていた。


片付け出来ない、というのは脳内もオーガナイズされてない、ということ。
前述の「全部並べる」もそうだけど。
記憶力は良いと思うけれど
全て引き出しに入っていて、かつあまり細かい分類をしていないので、
思い出すまでに少し時間がかかる。
その為、当意即妙な受け答え、は苦手。
その代わり、多分、平均より記憶力は良い。
それは、前職で気付いた。
たくさんの情報が頭の中に入っていて、それらを文章としてゆっくり組み立てる作業がとても好きだ。
頭の中にたくさんの引き出しがあり、
少しずつ引っ張ってきて繋げる。
私は私の頭の中に私だけの部屋を持っている。
視覚的にイメージ出来る。引き出しも何もかも。
そこはとても居心地が良くて、私はずっとインプット(本を読む、とか)とアウトプットで遊んでいられる。
私は、私自身を遊び友だちとして、何時間でも満足していられる。



集中すると周りの声が聞こえなくなる。
特に本を読んでいる時。
聞こえているんだけど、耳を素通りしてしまい、それが自分を呼んでいるんだ、私に用があるんだ、ということが理解出来ない。
昔からそれは指摘されていたけれど、
集中している時は誰しもそうでしょ、大げさだなぁ
と思っていた。
(だからアルがそういう状態でも当たり前だと感じる)


これらの特性はADHD的なんじゃないか、と気付いた。


でも、やっぱり私は
「発達『障害』」
では無いんだと思う。
何故なら、私が生きづらさを感じていないから。
いや、生きづらかった。不登校だった。
でも、今、私は私のスキルを活かして生きている自信がある。
生きづらさは過去のものとして、私は私の特性と付き合っていけている。
今、とても人に恵まれている。
いじめられたことも、何もかも、単なる「私の物語」として消化出来ている。

「その人が生きづらさを感じていないのなら、それは【障害】ではない」
のです。
それを伝えていきたい。
アルは、今、彼自身が苦しんでいるから、彼はADHDという発達障害です、と私は言う。
「治る」ことはないけれど「克服」することは出来る、きっと。


辛いことも、乗り越えられたらそれは「物語(ストーリー)」になる。



美帆

”海外暮らし”をキーワードに
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私の過去記事
「ADHDで偏差値35の息子がインター校で変わった話」
「定形発達?発達ボーダー?ADHD?次男の話」
 
良ければ読んでみてください💖
5月2日
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