マレーシア在住、美帆です!
読んでくださってありがとうございます
 
子育てや教育を中心に、
またそれ以外でも「私」の考えたことを
書いています。
 
 
我が家の家族はこちら
夫 日系会社員。単身赴任中😢
 
長男と長女はマレーシアにある
ブリティッシュ系インターナショナル校の寮で
生活しています。
 
頭は悪くないんです。
でも勉強が出来ないんです。
 
そう悩みを打ちあけて頂くことがあります。
 
 
アルもそうでした。
 
 
アル。
中1の1学期まで日本の公立中学。
中2の1学期までマレーシアの日本人学校。
 
中1の偏差値、35。
中2の期末テストの成績、一部の科目を除き最下位。
特に英語と国語が壊滅的でした。
どうしても覚えられない。わからない。書けない。
LDもあり、彼は小文字のdとbが時々区別がつかなくなります。(現在進行系)
 
 
その状態で、今の学校の入学テストを受けました。
 
マレーシアにはたくさんのインターナショナルスクールがあります。
しかし、英語力がネイティブレベルではない子は補助クラスに入らなければならず
その需要が高いため、選べる学校は実は少ないです。
私たちが選んだのは新設校でした。
本国の英国では歴史のあるパブリックスクールのマレーシア校です。
「少人数クラス」を重視し、社会性などまで含めた教育方針を謳っているところに惹かれました。
 
本音レベルでは
「新設校なら生徒数を増やしたいに違いない」
「ここなら潜り込めるかもしれない」
という想いもありました。
 
日本の学校では勉強もできず、クラスメイトからも一線を引かれ
おどおどとして、自信が無いアル。
なんとか助けてやりたい。
 
藁にもすがる…
そんな想いでした。
 
 
…願書にはADHDと明記しました。
書くことを、ほんの少し迷ったことを覚えています。
書いたら入れないかもしれない。
でも、どうせ入学したらすぐにわかること。
そう思い、特記事項の最初に書きました。
 
 
科目は数学と非言語IQテスト、英語での面接。
 
 
受かるんだろうか、と不安だった私と夫。
数学は彼の唯一と言っていい、比較的得意な科目。
英語はとりあえずスパルタで高校レベルまでは叩き込んだ(この話は機会があれば)。
でも日本人学校のペーパーテストにはそれは反映されていなかった。
最下位独走です。
成績表はアヒルが並んでいます。
大丈夫だろうか…?と。
 
 
試験が終わり、緊張する私達の前で、
とてもリラックスした様子の試験官は、テスト結果の紙を見ながら
「問題ありません。明日から来る?」
と私達に聞きました。
 
 
通りすがりの校長先生に、試験官は
「新しい生徒と保護者ですよ!」
と声をかけ、校長先生は私たちににこやかに握手を求め
アルとひなに
「試験はどうだった?入学が楽しみだよ!」
と声をかけて去っていきました。
 
 
私たちは慌てて
「最初に伝えたとおり、アルはADHDです。それでも入れてくれるんですか?」
と聞きました。
 
 
「わかってますよ。でも試験の結果は悪くない。何も問題は無い」
そう言われました。
 
 
本当にわかっているんだろうか。
でも、もう日本の教育では彼は苦痛しか感じていない。
劣等生で、おどおどとしているばかり。
 
「この状況をなんとか打開できるかもしれない」
そんな希望を持ち、その学校に入れることに。
 
そんなアルが入学後にどうなったのか…
 
は長くなったので明日です!(笑)
 
お読みいただきありがとうございました。
 

 

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私の過去記事
「ADHDで偏差値35の息子がインター校で変わった話」
「定形発達?発達ボーダー?ADHD?次男の話」
 
良ければ読んでみてください💖