マレーシア在住、美帆です!
読んでくださってありがとうございます
 
子育てや教育を中心に、
またそれ以外でも「私」の考えたことを
書いています。
 
 
我が家の家族はこちら
夫 日系会社員。単身赴任中😢
 
長男と長女はマレーシアにある
ブリティッシュ系インターナショナル校の寮で
生活しています。
こんにちは。
気付きをくれるブログなどに出会うと「いいね!」を押しますが。
なんというか「いいねいいねいいねいいね」と数回押したいなぁ!!!って思うことあります(笑)
「わかるわかるわかるわかる」とか(笑)
実際2回押して消えちゃったことがあります(笑)
「あれ良かった~もう1回読もう」と思って再度訪問してみると、いいねを押したはずが押されてない、と言う(笑)
 
 
昨日は、何故か「家族との関わり」について、いくつかの相談や気付きのあった日でした。全部電話で。
今はライン電話などで無料で遠隔地とも話せるのは便利です
 
 
相手の方とその夫との関係を聞いたり
私の子どもとの関係を聞いてもらったり
 
そういう日でした。
 
 
そこで得られた気付き。
 
 
「まずは現実を認める」
 
ということ…

 
私が、今、随分と「私らしく」生きられているのは
「現実を認めた」
からなのだ、と。
 
 
相談を受けた方にお話したことですが、
 
実は、私は本気で離婚を考えたことがあります。
もう10年以上前になります。
 
 
夫への不満。
思い通りにならない育児への不安。
そんなものを抱えていました。
 
 
そんなある日、夢を見たんです。
音も匂いも風も感じられる、すごく鮮明でクリアな夢でした。
 
 
私は川べりに座っていて
空は晴れて澄み渡っていて
暑くも寒くもなく快適で
隣にはアルとひなと、何故か小さな赤ちゃんがいて。
私はその赤ちゃんの存在を「当たり前」のように受け入れていて
私たちはお弁当を囲んでピクニックをしているのです。
4人だけで。
夫はいませんでした。「あの人は関係ない人である」と何故か思っていました。
川も、特に非日常ではなく、近所の河川敷のようでした。
 
そこで私が感じたのは
圧倒的に「自由」な感じ。
万能感と、凄まじい多幸感でした。
これを書いている時も、あの夢を思い出すとその「圧倒的な感じ」を思い出します。
喉の奥がキュッと締め付けられるほどの…
 
 
離婚する、と言いながら、当時働いていなかった私は
一人で育てていく不安と、それでも夫に対する不信とで毎日悩んでいました。
それこそ、禿げるほど。
毎日のように罵り、離婚する、と騒ぎながら、一歩前に踏み出せずにいました。
 
 
でも
夢の中で4人で居て。
それはすでに「完璧」でした。
 
 
心の底から
「私は自由だ!」
と感じたんです。
アルは手がかかりすぎるけれど、私はやっぱりアルが大好きだ。
そしてアルは私に絶対に必要だ。
でも夫はそうじゃない。
 
 
あぁ、私と子どもたちだけで完璧だ。
既に私は完璧に手に入れているんだ。
 
あ、あいつ(夫)要らないわ
 
心の底からそう思いました。口悪くてすみません…
私は自由だ、なんでも出来る、と。
可能性が無限に広がっていて、私はいくらでもそれにチャレンジできる。
 
ワクワクしました。
 
 
そこで目が覚めました。
なぜか、ぼろぼろと泣いていました。
幸せだったはずなのに。
 
 
そして私は、ぼんやりと夢を思い出しながら
 
あぁ、離婚やめよう。
 
と思ったんです。
 
 
矛盾しているかもしれませんが、それまで
 
「かわいい息子とかわいい娘と優しい夫」の4人暮らし
 
という理想を持ちながら
 
手がかかりすぎる子のワンオペ育児(当時はそんな言葉はありませんでしたが)と非協力的どころかこっそり夜な夜な遊び歩いていた夫
 
という現実を認めることが出来ず、常に感情はマイナスの状態でした。
 
 
離婚する、と言いながら、「自分が描く理想の家庭」を捨てきることが出来ず、
どこかで夫に依存していました。
 
 
それをある意味
「諦めることが出来た」
夢だったんです。
4人で、つまり夫不在のまま、子どもたちとお弁当を持って、近くの川べりでピクニック。
私はそれだけで完璧に満たされることが出来ていました。
 
 
そして、「理想をあきらめて、現実を受け止めた」とたん、
逆に私には無限に可能性が広がって感じられたのでした。
 
離婚してもいいし
離婚しなくてもいいや
私はどちらでもやっていける
夫にも、そう宣言しました。
 
何かを始めてもいい
始めなくてもいい
 
 
「理想とほど遠い現実」を認めて
「理想、実現しませんでしたー!」
と思ったことで、逆に私は「万能であるかのように」感じることが出来たんです。
なんというか
「前向き」だけど「諦めた」
ネガティブではない、不思議な感覚でした。
 
 
相談を受けた方に、実は私は
「あなたが『自由』である、と感じられる状態をイメージして」
と何度も伝えていました。
ですが、彼女にはずっと響かなかった。
 
それが、上記の話をしたところ、
その方から
「仕方ない、と考えた途端、何でもできる気力が出てきた!」
と報告を受けました。
つまり「現状をそのまま認めた」とたん、やはり彼女も圧倒的な万能感を感じたそうなんです。
 
自由をイメージするのではなく、「仕方ない」と受け入れる。
その途端、「可能性が広がる」
それが「自由」という状態
 
 
…全然現状は変わってないんですけどね。
 
 
とはいえ、私もそれでいきなり今のように「自由に」生きられるようになったわけではありません。
月曜日に書いたようにアルとひなを幼稚園保育園に入れて仕事を始め、
私が夫への依存を減らし、夫も少しずつ少しずつ育児に関わるようになりました。
(最初は無理矢理やらせたこともあります)
気付くと私たちは「戦友」になりました。
収入も二馬力、育児も家事も二馬力。
どちらかが出張で居なくても、安心して相手に任せられる。
夫、キャラ弁すら作れます(笑)
マレーシアに駐在帯同となるまで、私たちはそうやって関係を変えてきました。
あの時の夫は今思い出しても「単なるクズ」ですが(夫ごめん)、
今の夫は信頼と実績がありますおねがい
 
 
夫のフォローをすると、あの頃は「二人とも未熟だった」と思います。夫だけでなく私も、です。
 
 
もちろん、その方の人間関係もそう変わります!というわけではないです。
離婚しないほうが良いです!なんて主張でもありません。
別の人間ですから。
しかし「現状を認める」ことで、意識が変わるんです。
 
 
「本来は〇〇でなければならない(理想)」のに、それが出来ていない、というマイナス評価から
 
「今はここ。ここからどう変えるかは自分次第」というマインドへ。
マイナス評価が、ニュートラルに戻せるんです。しかも、たくさんの選択肢を手に持った状態で。
 
 
…きっと、アルに関しても同じなんです。
私は何故今のように随分と軽やかに考えられるようになったんだろう?と考えてみると、
 
マレーシアに来て、
「こうなって欲しい」という理想を手放し今のままのアルを認めたら、
 
逆に「アルが去年より出来るようになっていること」によく気付くようになりました。
 
それを、別の友人と電話して気付かせてもらったんです。
 
 
そして、夜寝る前にこの2つの話の類似性に気付きました。
 
あ。
これ、なんでもそうなのかも…
 
 
現実をそのまま認め
前向きにあきらめる
 
言うは易し、で「現実を認める」のはなかなか難しいですが、その先には「可能性」があります。
 
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私の過去記事
「ADHDで偏差値35の息子がインター校で変わった話」
「定形発達?発達ボーダー?ADHD?次男の話」
 
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