2014年にハワイカウアイ島でヨガのティー

チャートレーニングを受けました。

トレーニングでは、当初から指導者となる

ための様々な学び(インプット)と同時に

アウトプットであるティーチングも課されて

いました。

自主練習も含め、早朝から夜遅くまで1ヶ月

間本当に大変な思いでやってきたものです。


修了試験として、ビギナークラスとミックス

クラスを対象にそれぞれ60分間で模擬レッス

ンを行いましたが、その2回ともに「すでに

今レッスンをやっていますか?」と聞かれ、

意外な気がしたのをよく覚えています。


ヨガに限らずに言えることですが、自身が

それがうまくできることと、人にうまく教え

られることとは、全く異なるものだと思いま

す。

よい選手が必ずしもよい指導者とは限らない

ということです。


過去を振り返ると…

いつの頃からか私にとっては、誰かに何かを

教えることはごく当たり前のことで、それは

とても身近なことでした。


記憶の範囲では、小学校3年生くらいから

同級生に算数やそろばんを教えていた場面が

蘇ります。

中学生になると同級生や妹たちに数学や英語

をよく教えていたものです。

高校では、さすがに勉強面では現在脳外科医

をしている同級生に教わる立場に変わりまし

たが…(笑)

体育祭のダンスリーダーをしていて、うまく

踊れなくて悩んでいた後輩の男子生徒に手取

り足取りで教えていました。


その後、教育系の大学に進学したため、そこ

でもまた教える機会が多くありました。

アルバイトも家庭教師や塾講師など…教える

ことがほとんどでした。

市役所職員時代も教えることが好きで、そう

いう部署に配属されることが多かったように

思います。


こうやって思い起こせば、想像以上に教えて

きています。そう考えると、教えることが

人よりもうまくできるのは当たり前のような

気もします。


相手の目線に立って分かりやすく教える〜

常にそのことを考えてきました。

「教えるのが上手。」

「すごくよく分かった。」

「これまでできなかったのができるように

なり自信がついた。」〜

教える歴かれこれ40年ほどになりますが、

いまだにそういう声を聞くのが一番嬉しい

ものです。


「教えること」は、誰かの成長や変化、進化

を間近で垣間見ることができます。またそれ

を一緒に感じられるところに大きな喜び、

醍醐味を感じます。


もはやライフワークの一つになっている

「教えること」〜

私の人生とともにこれからもずっと続いてい

きます。