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TANGO中毒(JUNKIE)

タンゴダンスのつれづれ&毒舌、モンクなどなど。。。

ひさびさ~~に、再結成のカップル

アタクシ初めて彼らを見たのは、はるか昔、
彼らが「フォーエバー・ダンサー」として
アクロバットをガンガンかましながら踊っていた頃。
CITAのショウで最も拍手が大きかったのが
印象的でありました。

でもクラスでの、アンフレンドリーっぷりも
今でも印象的に残ってます、ハイ。


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その後、事実上の「ピン・ダンサー期」を経て
元サヤに収まったらしいね。
(なあんて書いたら元お相手に失礼なんだけど)

アタクシ、12時45分着。
ロベルトさん、ミロンガの入口でタバコふかしてます。
でも姫(ギジェルミナ)、来ません。
すったもんだの末、午前2時きっかり、ご到着。

 マライア・キャリー並の「姫っぷり」ですか?

1曲目「BAHIA BLANCA」:
 抑え気味ながら「飛ばすぞ」と判るフィーリング
 「姫が相手だと、彼のキザ加減が
 嫌味に見えないから不思議。

2曲目「LA NEGRACHA」:
 いわゆる1つの振付なんですが~~。
 アタクシ嫌いじゃないです、こういうの。

3曲目「EL LLORON」:
 今夜についてはコレが一番気に入ったかな?
 とゆ~ワケで↓

 
 

最近ではNUEVOダンサーのように思われている
サンやクンのように、
ショウダンサーが経済的事情でNUEVOに転向したりする。
(別に経済的事情だけ、ってコトも無いだろ~けど)

が、Guillermina&Robertoは、そういうテクニックを
持った上で、しかも自分の路線の中に
それを取り入れて行けてる。そこがエライ
(もちろん、それ以前にポジションを
       獲得できている訳だけれど)

 だってさ~~

Guillerminaのコルガーダ(練習中)を見たとき、
どんな「女性NUEVOダンサー」よりも
おてほん」と思えたもの。

 とゆわけで。。。

姫、貴女のようなモンスターにゃ
貴女を凌駕するほどの存在感を持ち、しかも
貴女を躍らせてくれるパートナーは、
そうそう居るもんぢゃあ、ありません。

だからどうか、ロベルトの
「オレってカッコイイだろ~~」オーラに
お気を悪くなさらず、続けてお仕事なさって下さい。

てなわけで、この辺で。

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頑張って、幾つかの初級クラスに行ったんだけど
いくらリーダーとはいえ、とても練習にならん。

 。。。ってコトも無いんだが
 (センセイの言葉とか色々参考になるし)

でも「身体動かしたい」と思ってしまう辺りが
アタクシ、体育会系なんである。

 で、勝手ながら進級致しまして

初中級クラスに行ってみた。
そこに居たのは、初級クラスのクラスメートL嬢
(今日2回目のタンゴ・レッスンである)
この辺がアメリカ人

エラいとゆ~か、図々しいとゆ~か。
ただ彼女、とても勘のイイ人なので
クラスの最後には一通りのステップは踊れていたけれど。

センセイはM&V
クラス自体は難しくなかったんだが、
たまたま人数のバランス上、
V先生が踊ってくれました。
って、ちょっときんちょ~してしまうのが
アタクシのダメなトコロ。

でも楽しゅうございました。ありがとう。

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今日のお題はややっこしいわよん。

ダンスを始めると、先生は日本人。。。とは限らない。
アタクシ、タンゴ以外を含めれば、中国人、アメリカ人、
英国人、ドイツ人、イタリア人に習ったことがあるのよ。
そしてサルサがキューバ人、タンゴはアルゼンチン人
と来るわけだあね。

とね、どんなダンスにも存在するのが
「身体の部位の呼び方」がダンスのジャンルや
母国語によって、かなり違う、ってこと。

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例えば

日本語で「ヒップ=お尻」と言ったら、
腰の後部のプックリふくれた(アタクシだけ?)
部分を指しますわな。
でも英語のHIPは日本語の「腰全体」なの。

じゃあ日本語の「お尻」は?というと
「Bump」という言葉があるのよ。

この際、どっちが正しいか?じゃなくて
その違いを知っておかないと、
「ヒップを**」と言われた時に反応を間違えちゃうってワケ。

タンゴの場合。。。

例えば、
PELVIS(ペルヴィス)という言葉があるよね。
日本語で言えば今流行りの「骨盤」よん。
骨盤:寛骨、仙骨、尾骨からなり、腹部内臓を容れる事と
    脊柱を支える事とが主な働きである。
Pelvisはラテン語で「やや口が広くめくれた容器」の意味。

でもさ、解剖学なんか知らない、すなわち
「普通の感覚」のアルゼンチンの先生だったら
Pelvis=恥骨」の感覚がある。
コレは英国人でも「ビキニの部分」と思っているヒトが多い。

。。。あ、恥骨ってご存知ね?
おへそを下にたどって行くと突き当たる骨です。

「なぜアルゼンチン人にそういう誤解があるか?」は不明。
多分サルサなんかのセクシー系の動きを
説明するとき、お上品に「骨盤を動かす」と
間接的に表現していたんじゃなかろか?

さてここで色々、誤解が生じる。

ので、つづくっ

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ダンスの世界ではよく
「音楽を支配する」とか「音楽の支配感」という
言葉を使うのよね。

「音楽に合わせて踊っている」のは
もちろん大事だけれど、そこを超えて
むしろ踊り手から「音楽が発している」とか
踊り手が「音楽をコントロールしている」と
思わせるのは、ダンスというモノの価値なんである。

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ちょっと上手なミロンゲーロと踊ると
「音楽の中に居る」と感じられることは多いけれど
「2人のアブラッソの隙間から音楽が出てゆく」と
感じてしまうほどシンクロすることって、実は少ない。

仮に同じ人と踊っても同じ感覚は得られなかったりする。
(もちろん、気持ちイイことには変わりないんだけれど)

ましてそれを「見せて」くれるダンサーは本当に少ない。

でもアタクシはそういうダンサーが好き♪
そういう「自分の好きなタンゴが何なのか?」を
初めて体現して見せてくれたのは、このヒト達

Julio Balmaceda & Corina de la Rosa




彼らのDesde el Almaを観たとき、
「2人から音楽が出ている」というか
「コレ、ビデオに撮って、消音で見ても音楽が思い出せる」って
感じがしたのよん。
(YOUTUBEで探したけど見つかりませんでした。
 発見した方、ご一報下さいねん

それくらいこの曲は彼らの十八番だったし
そこを脱するのに、彼らもかなり苦労しただろうと思う。
いつか2人の気持ちが合ったときにまた、踊ってほしいわん。

そして。。。「この曲を聴くとアナタを思い出す」と
言ってもらえるようなダンサーに。。。なれるか??え?

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タンゴ音楽の世界、特に歌手の世界と
タンゴ・ダンスへの批評ってえのはかなり難しい。
当然、数値になる物ではないし
「人気がある=質が良い」とは限らない。

名実ともに実力者ってコトも、そら有るけど

例えば、後期のPOLACO GOYENECHEを聴くとする。
そらもう肝臓開いて裏返されるくらいの
暗さとエネルギーに満ちている。
そういう「心へ侵入される心地よさ」が
タンゴの良さなんだと思わざるを得ないのよ。

それは一種のカタルシス。。。いやイマドキに言えば
デトックスになるのかしらん?

歌唱法の基本的技術(もちろんクラシック音楽的な)からすれば
後期のGOYENECHEは酷いこと、この上無い。
音程下がりまくり、リズム無し、声も前に出ていない。
しかしその外し具合、間合いの取り方は
「歳を取って技術が落ちた」というより
「歳を重ねて絶妙な間を得た」としか言いようが無い。
(ま、個人的な好み、といえばそれまでなんですが)

で、それがさ。。。

ダンサー、特にステージダンサーには
中々そういう解釈が成り立たない。
これは不幸といえばそうなんだけど、さ。

先に紹介したTETEにしろ、よおくカウントしたら
ワルツのリズムから「時々ハズす」んである。

彼のようなミロンゲーロで
「アンタ、リズムとかテクニックとか考えてへんやろ?」
って勢いで踊っちゃってて、絶妙な音楽を
踊りから繰り出すヒトは多い。

が、ステージダンサーの場合、それは
「アイツも落ちた」とか「テクニックが
UPDATEされていない」っちゅう話になるわけだ。

そらあモチロン若いダンサー達は
テクニックのBRUSH UP=UPDATEに
日々精進しているんだから、そういう批判が
生まれるのは無理もない。
 (ホントはBRUSH UP=UPDATEでは無い、と
  アタクシは思うぞえ)

もちろん群舞だったら「独特の間」なんぞ
許されはしない。が、ソリストだったら
やっぱりそういう「味」ってモンが必要なんだろね。