こんにちは。美帆です。
自己紹介。生い立ち① の続きです。
さあ、勢いで申し込んだ国際ワークキャンプ。
キャンプ地は福島県だったのですが、キャンプが始まる前に関東組で飲み会でもしませんか。
ということで、私のキャンプ参加理由とは全く異なった、やる気満々、ウキウキわくわくの関東組のみなさんと、キャンプ前から顔合わせとなりました。![]()
参加者はほとんどが英文科やら、国際科やらの大学生で、英語もそれなりに喋れる方々。
なぜか(?いや、必然と?)まったくと言っていいほど話についていけない私は、すでに場違いモード100%でした。
キャンプ前にして、行く気をなくし、不安が襲い掛かるのでした。![]()
行きたくない気持ち99%
姉の行け!と言う後押し0.5%
自分の中の行かないといけない気がする0.5%で、
行ってきました。福島。
関東から一人で出たことのなかった私。勇気を出して行ってきました。
上野から特急で水戸まで出て、そこから鈍行電車に揺られ。
2両しかない電車とか見たことなかったんですね。
田舎の方に行くにつれて、どんどん人がいなくなって、
乗客は、私とおじいさん、おばあさんが数名と、斜め前に私と同い年ぐらいの男の子が大きい荷物を持って座っているだけでした。
途中でなんかごにょごにょごにょごにょ喋る車掌さんがアナウンスでなんか言ってるんだけど、何言ってんだかさっぱりわからない。
途中で止まって、みんな降りちゃって、
え。。(°Д°;≡°Д°;)
ってなってたら車掌さんが来て、ここから先はあっちの車両に乗ってくださいって。
一両になっちゃいました。
ちょっと楽しくなってきたんですね。どんどん田舎に行くし、電車は一両だし。
さっきの高校生っぽい男の子もあたふたしてたから、地元君じゃないんだろう。
で、つきました。
試練の地に。
そしたら、あの高校生も降りてくるではありませんか。
どっちから話しかけたか覚えてないんですけどね。
二人とも同じところに行くってことが判明して、しかも同い年で、大阪の都会っ子で、英語しゃべれなくて、なんだか意気投合して、さっきまでの不安と行きたくないモードが吹っ切れました。:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
さて、キャンプ地は、駅からそんなに離れた場所でなく、歩いて行けるところでした。
公民館の20畳ぐらいある畳の部屋で、20人ぐらいかな。で寝袋で雑魚寝。
参加者は、私と大阪の彼ともう一人地元の帰国子女の中学生以外はほとんどが大学生で、英語もある程度しゃべれる方々。
帰国子女中学生は、フランス語と英語がペラペラ。
私と大阪ボーイだけ英語しゃべれない組でした。(ほんとにね彼がいてくれて良かった。)
外人さん参加者は、アメリカ、ロシア、フランス、スペイン、韓国、ドイツから2名ずつぐらい。
ご飯は自炊。
今回のキャンプのワークは福島県の灯篭祭りに出す灯篭づくりでした。
仕事は公民館の外の屋根のあるところでしました。2週間。
5人グループぐらいで、2メートルぐらいある大きい灯篭を作りました。
夜は、外で、ビールを飲んで、たばこを吸いながら(オイ・・)みんなでワイワイ。
私は英語が話せなかったので、「3語で話せる英会話」と言う本を片手に、英語の話せる日本人を通訳に使いながら、身振り手振りで外人さんとお話を楽しむ毎日でした。
スペイン人のウィル君とは、灯篭づくりグループが一緒で、毎日一緒に仕事してて、とっても仲良くなったんです。
そしたらなんだか、すごい好かれちゃって、毎日猛烈アタック。
べーラベラベーラベラベーラベラ(英語)アイラブユー ベーラベラベーラベラ(英語)。
・・・アイラブユーしか聞き取れない
。
でも彼は何か伝えようと必死。
でもアイラブユーしか分からない。
そんな彼の求愛に答えることができるわけもなく、
それでもアタックしてくる彼に恐怖をも覚えたのですが、
必死に何か伝えようとしてくれているのに、何を言っているのかさっぱりわからない自分が悲しくもあったのです。
そして夜、いつものようにビールを飲みながら外でみんなでしゃべっているとき、
何か必死に話しています。しかしわかるのは、いつものようにアイラブユーのみ。。
通訳してくれた参加者の人たちもね、あのときはすげー英語ペラペラ~と思ったけど、たぶんそんな通訳できるレベルの会話力じゃなかったんじゃないかと思う。
そしてね、実はこのウィル君に私は数年後ロンドンで再会するのですが、
あれ。。彼の英語ってこんなもんだったの。と言う程度。
実はスペイン人は英語苦手らしい。
だから私たちの会話は、あんまり英語の話せないスペイン人と、全く英語力のない私、が、ある程度の英語力の日本人大学生の通訳を通して行われた会話だったのですね
。何パーセントぐらい意思疎通で来ていたのでしょうかね。
でもその夜、あんまりにも一生懸命想いを伝えようとしてくれているウィル君に、本当に何を言っているのかわからないことが申し訳なくて、ビービー泣きながら、通訳を通して、「ごめんね。ごめんね。ホントに気持ちはありがたいんだけど、何言ってるのかわからなくて、私も悔しい。」。
と話したのを覚えています。
酔ってたのかなんだったのか。
でもこのことをきっかけにね、英語、必要!と目覚めました。
中高の時は、日本にいたら英語なんて使わないし、何のために勉強すんの~。
と先生にぶつぶつ文句垂れてた私ですが、
英語の必要性に気付いた夏でした。
そしてね、世界は広いことに気付いた夏でした。
2週間無事に終わり、灯篭祭りも大盛況で終わり、楽しい夏も終わってしまいました。
本当に充実した2週間でした。
抜け殻で福島に向かって、
一皮むけて、東京に帰ってきました。
この猛烈アタックスペイン人のウィル君とはその後も良き友達なんです。
彼はその後、キャンプの参加者の一人の超美人ロシア人と結婚して、双子ちゃんを育てています。
もちろん大阪ボーイとも良き友達です。
彼との出会いは運命だと思う。
彼がいなかったら、私はキャンプであんなに自分らしくいられなかったし、
あのキャンプが私の人生を変えるものにならなかったと思う。
ホントにあの時の出会いに感謝です。
さて、と言うことで、東京に戻り、2学期になって、すぐ担任のところへ向かいました。
先生に私は
英語がとっても大事なことに気が付いた。留学したい。と伝えました。(あほ)
そしたら怒られました。
お前の英語力で留学できるわけがないだろう。と。
ふざけるな。と。
留学を考えるのなら、英文科の短大に行ってから考えろと。
私もまあ、無理承知で先生に相談したのでね、反対されるのわかってたさ。![]()
たぶん、おーいいねー留学。じゃあ一緒に調べてやるよ。どこの国にする?
とか言われたら、絶対引いてたと思う。
短大行けって言ってくれて良かったと思う。
と言うことで、もう3年の夏でね、それまで全く勉強してこなかった奴が、しかも夏休みも終わっちゃったし。の状態で、大学受験できるわけもなく、(や、また懲りずに、姉と同じトコ行きたい(四大)と先生に行ったんだけどね。怒られました。浪人したいのかと。)単願推薦のある短大に面接だけで入りました。
長い。。続きます。
そうそう、あの彼の事は、2週間のキャンプに行ったぐらいで、そんなに簡単に吹っ切れたのかと言うとまったくそんなことはなく、東京の現実に戻ってしまったら、また彼が恋しくなり、連絡を取ったり、よりを戻したり、別れたりでもまた連絡取ったりと、ダラダラと続いていました。
でも、もう息ができないほど泣くこともなく、よりを戻したときも毎日合わなくても平気で、結局、よりを戻して3か月で終わってしまいました。
それからはまあ友達として続いていたんですが、今はどこで何をしているのでしょうね。
一回目の別れの時は、悲しくて悲しくて、いい女になって見返したいとか、後悔させたいとか、彼に対してそんなネガティブな想いばかりでした。
でも今では、本当にあの時出会ってくれて、ありがとう。
そしてあのタイミングで振ってくれてありがとう。
とすべての出来事に感謝しかありません。
強がりでもなんでもなく、ホントに。高校生活を楽しくさせてくれたのも彼だし、一回り成長させてくれたのも彼のおかげです。
またどこかで会えたらいいなと思ったりね。でもうちの旦那さんやきもちやきだからダメかな。
