私は 精神疾患や 発達障害を抱えていますが、精神疾患が先に出て、発達障害は かなり遅れて発見されました。


昭和の時代に 学生生活を送っていた私は 支援とは無縁、適応できないのは

努力不足、根性がないからだ と

合わない 集団行動を ムリしてやってきた世代です。


学校に 支援学級もなく

クラスに いろんな子が混在していました。


障害者施設に行って知ったことは

支援や配慮を当たり前に受けられてきた人がたくさんいるということ。


なんでも 自己責任 の中で

必死に生きてきた中で できるようになったことが 


施設の中では どうにもならない状況になるまで 何もしてもらえないことが

すごく辛かったです。


知的障害のある人は 甘やかされ

その人たちがやったことは 悪意がない

で片付けられ


支援のトリアージも、いつも後回しでした。


不公平感を 常に感じる って

かなりのストレスです。


いつも 優先される人は 居心地がいいので 辞めていきません。


馴れ合いと忖度にまみれた環境に

魅力を感じて 入ってくる人は稀だと思います。


よく言えば アットホーム

そこになじめない人は 辞めていくので

何も変わらない支援が続いていきます。


不適応で困っている人が さらに 不適応になるような 利用者トラブルへの

対処の中でも 知的障害者は庇われる。


両方が 公平に通える状態にしてほしいとお願いしても、前例がない と

加害者側は 毎日通所し、被害者側は

通所できすに ほったらかし。


こんなことをやっていれば 利用者は

得をする人しか残りません。


社会復帰のための場所ではなく

動物園。


支援者界隈では 他に受け入れ先がない人が行く場所 として認識されていると

思います。


私は 知的障害の人を 一切受け付けなくなりました。


もう 怖いという感情しか持てなくなりました。


今も 自分が不利益をこうむった人に

夢の中でも 面談を横取り、割り込みされる夢を見るときがあります。


支援者が きちんと 優先してくれれば

こういう感情は起きていません。


物理的に離れて 3年近く経っても

適切な支援を受けられなかった という

禍根は なかなか払拭できません。


調子を崩して 訪問看護を入れることが決まって いかに 私に寄り添った支援を受けられるか という観点で

相談員さんが 動いてくださっています。


夢で フラッシュバックを起こして

数時間後の連絡に 救われました。