今日は 相談員さんとの 定期面談でした。
離婚して 7年目になりましたが
逃げるように 財産分与なし
での離婚だったのと 生活保護受給前だったので、全て 一人での手続き
当時 頼ろうと思える 支援者もいなかったので
物件探しから 引っ越し、諸々の手続き
全て一人でやりきりました。
当時 低カリウム症で 疲労困憊の身体で 内科からも 精神科からも
絶対安静と言われる状態。
引っ越しが終わり、生活保護受給が決まって 燃え尽き症候群になり
家事がままならなくなって ヘルパーさんを入れてもらうという話になったときに 相談支援事業所を決めないといけない という話になって
利用していた法人の 相談員さんがついて やっとヘルパーさんが入った
という話を 相談員さんにしました。
旧知の相談員さんですが
このあたりでは 全く接点がなかったので
物件探しの過程や 引っ越しの話を
初めて共有しました。
いろんな 住所変更に 名字の変更までは 手が回らず 名字は旧姓に戻していません。
依頼した ヘルパーさんの事業所が
どこか とかも答えました。
表面的には しっかりしているように見えますが
うつ病患者ですので それなりに
悪化すると できなくなることがあります。
ヘルパーさんは 3ヶ月ほどで解約しました。
いろんなことをやってもらわなくても
自分でできるようになって
ヘルパーさんが入る時間に 縛られる
不自由がきてしまったからです。
相談員さんは そこから 2回変わって
今の相談員さんが引き受けてくださって
1年半経ちました。
私の 底を見ている相談員さんなので
隠しごとなく 判断に迷うことは
全て 相談しています。
底を見てない、本来の私を知らない
相談員さんには 話せなかったことも
話せていて ベストな状態だと思っています。
支援者間の引き継ぎでは スルーされてきたことの 補足をしながら
現在進行形の話をしています。
支援の柱があって 支援を広げてもらい
相性のいい 訪問看護さんに繋いでもらって、そこに 主治医と 臨床心理士さんが入って 4本の柱でサポートを受けています。
医療以外の支援が 崩壊していたとき
一人で抱えこむことが多く
本当にしんどかったです。
かといって 集団支援の場に行くという選択肢もなく
もう どうにでもなれ くらいの
精神状態が続きました。
一番 不安定なときに 一人で抱えこんだ結果
事件を起こしてしまい、
そのサポートも、今の相談員さんがやってくれました。
交代して 数ヶ月のことでした。
事務的な モニタリングには
あまり意味がないとわかったのは
相談員さんが変わってからです。
信頼できる 支援者がいる
という強みを 大切に、少しずつ
社会復帰を目指そうと考えるようになりました。
歴代の相談員さんとの 確執やら
不満は なかなか消えませんが
時間薬だと思っています。