【読書感想】一木けい『1ミリの後悔もない、はずがない』(新潮社) | 雪花の風、月日の独奏

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久しぶりに感情を揺さぶられる物語に巡り合えた。

 

 


 

誰しも後悔を抱いて生きている。

恋人のこと、親のこと、兄弟のこと。

 

「あの日、あの時、ああしていれば」
 

そう思わない人間は、一人たりともいないだろう。

読み進めているうちに自分の過去の後悔までも引きずり出されて、

切なさが更に募り、読了してから2週間経った今でも本作の余韻に浸っている。

村田沙耶香『しろいろの街の、その骨の体温』 (朝日文庫)を読み終えた時の

感動に近い瑞々しい喜び。

 

作中では様々な形の後悔が綴られていくが、

本作の軸となるのは、由井と呼ばれる少女と桐原と呼ばれる少年の恋物語。

一木先生もインタビューで語っているとおり、作中では詳細な説明を極力避けており、

多くを語らず、想像を掻き立てる表現に徹している点が非常に良い。

更には、喉ぼとけに色気を感じる描写など、フェティッシュな表現も琴線に触れた。

 

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本作は、5つの話で構成されている。

1章では、主要人物である由井の少女時代が回想形式で語られる。

2章では、由井の友人視点で過去を振り返る。

3章では、由井の夫が飛行機事故に巻き込まれる話と併せて、

由井を蔑視していた中学時代の同級生・加奈子の話が同時並行で進む。

4章では、とある主婦の不倫の話が語られる。1章と2章で登場した高山先輩がキーパーソン。

5章では、不登校になってしまった由井の娘と由井が日本を巡る話とともに、1章のその後が描かれる。

 

最も印象に残った章は、無論一木先生のデビュー作である1章の「西国失踪少女」。

経済的に困窮し、クラスでも浮いた存在である小柄な由井と、同じクラスの大柄で朴訥とした性格の桐原。

「時計の秒針のように凸凹で対照的だ」というクラスメイトの揶揄などお構いなしに、二人は自然と惹かれていく。

スキー教室での密会、ガードレールでの逢瀬など、二人の交際はどこまでも甘酸っぱく、微笑ましい。

けれども、由井はある日突然姿を消すことになってしまう。

子供たちの蜜月は、大人の一方的な都合で断ち切られた。

桐原とは、それっきり。

二度と再会することはなかった。

手紙と電話が唯一のよすがだった時代ならではの感傷。

メールやSNSが発達した今の子供達には、理解できないかもしれない。

 

次いで、印象に残ったのは3章。

由井の夫である雄一の過去も重いものだったが、

並行して語られる加奈子の現実の重さも負けてはない。

幸福に満ちていた由井の少女時代の回想とは異なり、

「桐原に告白できていれば」「こんな夫と結婚していなければ」と加奈子の独白は

どこまでも苦々しく、テレビに向かって毒づく様も痛々しい。

既に思い出を消化している由井とは対照的に、

加奈子は過去を乗り越えられていないことが分かる。
そんな加奈子と由井の夫・雄一の、まるで接点のなさそうな二つの話が

最後のインタビューで繋がる構成は見事。

 


そして、ラスト。

「手紙」のくだりで涙腺決壊。

1章で由井が転校して以降、桐原の描写は全くと言っていいほどない。

由井を探したのか、諦めたのか、怒ったのか、すぐに忘れたのか、

彼については何も語られていなかった。

読者が一番知りたいであろうことは、恐らくその点だろうに、描かれていない。

それが、読んでいて焦燥感を煽られた。

 

そこに来て終章、25年ぶりの手紙。

1章の描写から桐原との過去を消化しきっていた由井は、

あの手紙を読んでどんな気持ちになったのだろうか。
きっと、悔やんだに違いない。
「桐原が笑っていてくれたらいい」と、

過去を大事にしていることが分かるからこそ、なおさら。
手紙を目にした時の由井の衝撃、手紙に目を通した時の彼女の心情に思いを馳せると、

胸を割かれるような痛みが走る。

 

 

だって、彼女の人生にも、1ミリの後悔もない、はずがないのだから。