久しぶりに感情を揺さぶられる物語に巡り合えた。
誰しも後悔を抱いて生きている。
恋人のこと、親のこと、兄弟のこと。
「あの日、あの時、ああしていれば」
そう思わない人間は、一人たりともいないだろう。
読み進めているうちに自分の過去の後悔までも引きずり出されて、
村田沙耶香『しろいろの街の、その骨の体温』 (朝日文庫)を読み終えた時の
感動に近い瑞々しい喜び。
作中では様々な形の後悔が綴られていくが、
本作の軸となるのは、由井と呼ばれる少女と桐原と呼ばれる少年の恋物語。
一木先生もインタビューで語っているとおり、作中では詳細な説明を極力避けており、
多くを語らず、想像を掻き立てる表現に徹している点が非常に良い。
更には、喉ぼとけに色気を感じる描写など、フェティッシュな表現も琴線に触れた。
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本作は、5つの話で構成されている。
1章では、主要人物である由井の少女時代が回想形式で語られる。
2章では、由井の友人視点で過去を振り返る。
3章では、由井の夫が飛行機事故に巻き込まれる話と併せて、
由井を蔑視していた中学時代の同級生・加奈子の話が同時並行で進む。
4章では、とある主婦の不倫の話が語られる。1章と2章で登場した高山先輩がキーパーソン。
5章では、不登校になってしまった由井の娘と由井が日本を巡る話とともに、1章のその後が描かれる。
最も印象に残った章は、無論一木先生のデビュー作である1章の「西国失踪少女」。
経済的に困窮し、クラスでも浮いた存在である小柄な由井と、同じクラスの大柄で朴訥とした性格の桐原。
「時計の秒針のように凸凹で対照的だ」というクラスメイトの揶揄などお構いなしに、二人は自然と惹かれていく。
スキー教室での密会、ガードレールでの逢瀬など、二人の交際はどこまでも甘酸っぱく、微笑ましい。
けれども、由井はある日突然姿を消すことになってしまう。
子供たちの蜜月は、大人の一方的な都合で断ち切られた。
桐原とは、それっきり。
二度と再会することはなかった。
手紙と電話が唯一のよすがだった時代ならではの感傷。
メールやSNSが発達した今の子供達には、理解できないかもしれない。
次いで、印象に残ったのは3章。
由井の夫である雄一の過去も重いものだったが、
並行して語られる加奈子の現実の重さも負けてはない。
幸福に満ちていた由井の少女時代の回想とは異なり、
「桐原に告白できていれば」「こんな夫と結婚していなければ」と加奈子の独白は
どこまでも苦々しく、テレビに向かって毒づく様も痛々しい。
既に思い出を消化している由井とは対照的に、
加奈子は過去を乗り越えられていないことが分かる。
そんな加奈子と由井の夫・雄一の、まるで接点のなさそうな二つの話が
最後のインタビューで繋がる構成は見事。
そして、ラスト。
「手紙」のくだりで涙腺決壊。
1章で由井が転校して以降、桐原の描写は全くと言っていいほどない。
由井を探したのか、諦めたのか、怒ったのか、すぐに忘れたのか、
彼については何も語られていなかった。
読者が一番知りたいであろうことは、恐らくその点だろうに、描かれていない。
それが、読んでいて焦燥
そこに来て終章、25年ぶりの手紙。
1章の描写から桐原との過去を消化しきっていた由井は、
きっと、悔やんだに違いない。
「桐原が笑っていてくれたらいい」と、
手紙を目にした時の由井の衝撃、手紙に目を通した時の彼女の心情に思いを馳せると、
だって、彼女の人生にも、1ミリの後悔もない、はずがないのだから。