(146)宮崎県宮崎市 生目古墳群 5号・7号墳(前方後円墳)

生目(いきめ)古墳群は、AC300~500年代の間に、100m越えの前方後円墳3基をはじめ、

前方後円墳や円墳が50基築造された。

現在「生き目古墳群史跡公園」として整備され駐車場・トイレ・あずま屋が設置されており、写真映えも良い。


◎5号墳(前方後円墳・手作業で復元)


 
 

大型前方後円墳である3号墳の東となりに築造されている。
現在当時の姿に復元されていて美しい。



前方後円墳で長さ54m、後円部直径29m・高さ4.4m、前方部幅24m・高さ4.5m 

前方・後円とも2段築成。周溝は墳丘の西側のみ

葺石は表面全体に約9万個の川原石で葺かれていた。



埴輪は、全国に例のない「きのこ」形円筒?埴輪が墳丘の東側だけに並べられていた。

高坏やつぼ型土器も出土

埋葬施設は後円部の頂に時期的に竪穴式だろうとおもわれる。

周溝外側で19号地下式横穴墓を確認



築造時期はAC375~400年ごろ(古墳時代中期の初め・4世紀後半)


◎7号墳(前方後円墳・地下に大規模な玄室)




墳形は地上からは草が生い茂っていてよくわからないが、

大型前方後円墳である3号墳の南側・前方部のすぐ横に築造されているので、

3号墳前方部に上ると、7号墳の前方後円形が見える。



全長46m、後円部直径24m・高さ3.9m、前方部幅24m・高さ4.4m

2段構築で、前方部の方が高い



葺石は上段のみにあり、北側くびれ部に造り出しがある。

馬蹄形の周溝があり周溝外縁が最大1.8mも立ち上がっていた。

周溝の最大幅15m・最大深さ1m

埴輪は確認されていない。

注目すべきは、後円部中心に向かって伸びる18号地下式横穴があること。



後円部上部の黒い楕円状が地下式横穴墓の玄室

 

発掘の結果、後円部南側の陥没坑が、実は地下式横穴墓の

玄室天丼と羨道竪坑が崩落た跡と分かった。
竪坑(奥行3.64m)を周溝内に堀り、地下の羨道(幅2.15m・深さ1.85m)を通じて

大規模な玄室(長さ6.7m、幅3.4m)を設けている。

7号墳構築後に後円部中心に向かって18号地下式横穴墓を構築されたと確認。

これらから、この古墳の主体部である埋葬施設は18号地下式横穴墓以外に発見されておらず、周溝内から発見された8基、周溝外から発見された4基の地下式横穴墓は追葬や殉葬であった可能性も出てくる。

築造時期はAC450年ごろか?(5世紀後半より前)

引用・参考/現地案内板・宮崎市教育委員会発行「国指定史跡生目古墳群ガイドブック」・2006年宮崎市教育会発行・宮崎市文化財調査報告書第61集「史跡 生目古墳群」