巡り巡って「やっしーさん」という方の「心路」というブログにたどり着きました。
http://hy-journey.cocolog-nifty.com/kokoroji/

うつ病のような症状は5年ほど前から感じていたモノの、病院通いは最近になってからのようです。その様子をブログに書いていくつもり、というところがちょっと興味深いところ。なんていっては失礼か。
そんなつもりはなくて。

記録って結構大事

と思うのです。私もうつ病で病院にかかり始めた頃は、病院で「症状の変化」を話すための材料として、スケジュール帳に一日朝昼夕の「心の状態」や「嫌だったこと」などを書きためていました。もはやスケジュール帳じゃないだろ(笑)、それ。日記を書くほどの気力はなかったもので。
お陰で、今はその頃よりもずっと気分が安定しているのが実感できます。やっしーさんにもそんな日が来るのではないかな。

>というわけで、実際は薬を飲み始めてもう一週間たちました。
>効き目が出るまでに時間がかかると聞いていたとおり、
>まだ目だって変化はありませんねー。


私は「不安感」が強い方だったので、覿面に「抗不安薬」がすぐさま効きましたが、だるさややる気の無さは、確かにすぐには実感できなかったような気がします。抗うつ薬の参ったところはそういうところで。効き目がでる前に副作用が出たりするから。
やっしーさんの飲んでらっしゃる「トレドミン」は、自分も以前飲んでいたことがあったので知っていますが、SNRIという種類の薬で最近認可されたもの(最近とはいってももうずいぶん前だな…)。副作用が抑えられている薬なのです(それでもでる人はでるのかなー?)。長く続けやすくなった薬が出てきて、患者にとってはありがたいこと!
言葉はよくないけど

駄目もとでも、とりあえずのんどけ

くらい思いますがな。大変な副作用がでた場合は勿論、即刻中止・変更すべきですが、そうでないのなら三ヶ月ぐらい試しに飲んでみる。

薬で治すのは嫌だ!
民間療法とか東洋的な治療がいい


といわれる人もいますが。患者にとってはとりあえず一番最初にたどり着くべきは、病院だと思うのさ。病院へのハードルがさ、そもそも高い訳よ。精神科なんて偏見とか、田舎ではまだありますし。「うちの子に限って」とかね。いろいろな治療を試すのもイイと思う。でも、最初は薬で

とりあえず患者が少しでも 気分を楽な状態に近づけること
それが大切だと思うのです。
完治するとか、そういうところまで考えを及ぼさなくてさ、
少しでも「今よりもちょっとだけでも苦しくない世界」っていうのが、患者は欲しいわけでしょ?

だったらとっかかりは薬が一番効率いいし、ハードルも少し低いかな
と思うのです。


いや、西洋の病院の回し者でなく(笑)。
私、別口でカウンセリングもしてるしね。認知療法もそれなりに効果はあると思っているしね(私にはあまり効果がなさそうだなー、とは思っています。それはたまたまそういうタイプのうつだから、じゃないかと思ってるんですが)。

というわけで、やっしーさん始め、治療初心者さんたちには、途中で諦めずに何ヶ月か続けて欲しいなーと、遠いどこかの同じ空の下でひっそりと思っております。



>意外なほどあっさりと「じゃあ、来週でいいですよ(笑)」とのお答え。
>嬉しいやら情けないやら・・。
>ツケ払いなんて、初めてですよ。しかも病院で(^^;)


ははははははー。私もこの前やっちゃいましたよ、うつの病院じゃなかったけど。貧血でかかってた病院で、いつも1000円以下だったからそのつもりでいったら、採血されて、
「…お、お金足りなくて…」
「あ、次回でいいですよ~(明るく、当然のように)」
病院でツケって、かなり、なんというか、変な気分。近所の親戚の雑貨屋ではよく昔ツケ払いしてたけど。

やっしーさんは病院との相性は悪くなさそうですね。
私は一回だけだけど、大変相性の悪い医者とあたったことがありまして。ま、その話はまた後日。この業界(業界?)、相性いい医者と巡り会うのも大変だよねー(しみじみ)
うつ病に対する世間の認識は、ここ数年でずいぶん変わったような気がする。

風邪のように、誰もがかかる可能性のある病気

その人の性格とか、環境とか、血筋とか、ソウイウモノが原因と考えられてきた中で、革新的な意識改革であったと思う。そういう自分も、5年ほど前までは「自分とは関係のない病気」だと思っていたくらいだ。

最近は「プチうつ」という言葉が流行っているほどですね。
流行っている、といういい方は正しくないのではないか、と思われるかもしれませんが、やはり病気として「うつ病」といわれて薬を飲んだりカウンセリングに通ったりしている身からすると、「ぷち」とかいうなよー。と、一言くらいいいたくなっても仕方のないことだろう。
うつ病とプチうつのあいだには

日本海峡よりも深~い溝があるのであるから

で、自分が「うつとは関係ない」と思っていたとき、それは5年前ほどになるが、今考えると「うつ病」ではなくても多少「抑うつ状態」にはあったのではないかと思う。
・喉もとに違和感があって吐き気のようなものがする(実際には吐かない):ヒステリー球
・電車に乗ると気分が悪くなる
・朝が億劫
とか、そんな症状のようなものはありました。でも、

「自分で「私はおかしいかな」と、自覚があるうちは大丈夫」

って思っていたのです。なぜなら、大学受験の時もけっこう過酷な精神状態に追いこまれていたけれど、受験を乗り切ったらそれは治ったから。だから、多少そういう症状を自覚しても、病気ではないと思ったわけで。
でも、大学受験は特別な空間だったのかな。
それとも、大学受験のころのも少し残っていて、積もり積もってしまっていたのかな。

これだけ広く「うつ病」というものが知られてきたのだから、ちょっとでも生活に不便を感じたら、迷わずに医者に行くのがいい。それで病気じゃなかったら、それはそれで安心できるわけでしょう。

うつが「風邪のようだ」といわれるのは「こじらせると厄介だ」という意味も含まれているのでは? と感じている今日この頃。
今のアルバイトを始めたのは、今年の四月から。

その前は、今年の二月まで、十ヶ月間ほど書店のコミックゲーム攻略本売り場で働いていた。コミック売り場、といっても流通している本はだいたい網羅しているような…そんな「買ってくれる人が一人でもいれば、その本は置いておく」という理念のもとに作られた関西拠点の某大型書店の支店だったので、膨大なフロアだった。

ま、それはまた別の話。

今は看板やさんみたいなところで助手として働いている。
月~金、時間は9:00~15:00だ。時間が短いのと、土曜日曜が休みだと言うことで「負担が少ないだろう」と思って決めた。実際、パソコンで管理の仕事などもしているが、主な仕事は紙を切ったり貼ったり、という身体を使う仕事。
仕事としては初めてだけれど、制作は経験があるから少しはなれている。しかし、「仕事」としてのクオリティ、それから「仕事」としての計画性が頭に入っていない時があると痛感する。

一番思うのは、

どうしても「いちどきに一つのことしか考えられない」という自分

病気のせいなのか、自分の欠点なのか、社会に出ると同時にうつ病になったので、どちらの理由なのかが、ハッキリ判断できない。どちらでもあるのかも知れない。だから、想像力を高めて、ゆっくりでもいろいろな可能性を検討できるように、そういう方向でちょっとずつ思考力を高めていく計画を立ててみる。
どーかなぁ。

少しずつでも向上したら、よしとしよう
「うつの上にも三年」 というタイトルを掲げながらも、実はもう四年になりますか。うつになってから。ああ、いや、五年かな。

そんな風に、病気になってどのくらいなのかすら分からないって云う、そんなこたあないだろう、と思われるかも知れませんが。

あるんです。

もしこれが熱風邪だったらどうでしょう。平熱は何度かな? 自分は36.2度くらいでしょうか。だから、37度を超えると「ああ、風邪かも(よろよろ)」と思ったりします。風邪薬を飲んだり病院へ行ったり、ゆっくり横になったり。そういう風に、数字で目に見えたりしたら、「わたしはびょうき」と自覚ができるのでしょうが。
自分が考えるに、うつ病には

「病気である」と「病気でない」の間に「グレーゾーン」がある

そんな気がします。しかも数字ではかりとれない、それはそれは微妙なグレーの帯が。きっと。
そして「病気である」状態でも自覚していなくて自分では「病気でない」と思っていたら、それは記憶としては「あの時は病気ではなかった」になるでしょう? だって熱とか計れないのだから、自分の感覚や記憶に頼るしかない。

だから、私は(自分を身体的に悪い可能性を全て検査して、エコーやらCTスキャンやら内視鏡まで飲んで)初めて

「身体に異状はないけど、病気だね」

と、先生に専門の病院を勧められた時が「病気になった時=自覚した時」と思うことにしております。
ま、こういうのは人それぞれだと思うけれど。でも、身体を沢山検査して、でも何にもでなくて、それでも「不安が収まらない」という感覚におびえていた私は、その時に、本当に、しみじみと

ああ、これって病気なんだ…?

と思ったのでありました。それがうつ病とのおつきあいの始まりでもあったのです。