私たちはギャラリーの裏の小さな中庭にいた。

アーティストたちはビールを飲みながら
展覧会が終わった後のほっとした顔で話していた。

そこに彼らが加わるのはほんの少し不自然だったかもしれない。

それは私たち日本人同士の中に二人のアメリカ人が加わった事にもあったし、
一緒に展覧会をしたアーティスト同士の中に
二人の外の人間が入って来た事にあったのかもしれない。

けれどその違和感はすぐに消えて行った。

二人はとても人なつこく、拙い私たちの英語にとても辛抱強く
そして陽気だったから。

私は空いている椅子に座ると、彼は私の隣に座った。

すべては私が招いた事ではなかったと思う。
ただもう、自分の意志に関係なく彼は私の人生に入って来た。
そして私はそれを受け入れてしまった。

彼と話し始めてすぐに彼もペインターだという事がわかった。
そして7歳から絵を8歳から音楽を始めた事。
そしてしばらくすると、彼はギャラリーを経営していた事が
ある事を話してくれた。

私はその事実にびっくりしていた。

アーティストでありキューレター活動をしている私との
共通点に驚いていた。

あのコンサートを観たときにそんな事は全然知らなかったのに。

そしてもうどんどん彼の魅力に
引き込まれてしまっていた。

最初に彼をライブハウスで観てから、
オープニングパーティーに彼が現れた事に驚いて
そしてまた今晩彼がまたギャラリーに来た事。

彼がペインターであり、しかも私が一時期勉強していた
抽象表現主義的な絵を描いている事。

彼の声、はっきりとしたそして優しい話し方、温かそうな瞳、
彼の既知に。

彼が携帯で彼の絵や彼のギャラリーについての記事を見せてくれた。

気がつくと一人一人とアーティストたちは帰って行っていた。

私も次の日はパート2のオープニングパーティーがあったし、
私たちもそろそろ帰った方がいいと考えていた。

ギデオンの友達が私に聞いた。
君は結婚しているの?

私はそう。と答えた。

ギデオンは少しだけ残念そうな顔をした。

私は急激にストレスを感じて、気持ちが悪くなってしまった。


冷や汗が出て、息が苦しく、めまいを感じて、何度もはいた。

どれくらい時間が過ぎたのか
トイレから戻ってくると二人はとても心配そうだった。

そろそろ二人は帰った方がいいと私は言った。

私は真っ青な顔をしていたと思う。

具合が悪いから私は少し休んでから行くというと、
今夜何か食べたか?とギデオンが聞いて来た。
私は食べていないと言った。

彼が何か買ってくると言った。

私は気持ちが悪くて何も考えられず、
もうとにかくいすの上に横になっていた。
青空の下で。

他のビルではパーティーをしているらしく
喧噪が聴こえて来た。

ギデオンの友人が私の頭を撫ぜて来た。
それはなんだかお父さんの手みたいに安心だった。
私は思わず、
ギデオンのこと好きになってしまいそう。と言った。

彼が知ってる。と言った。


しばらくしてギデオンが戻って来てお水を飲ませてくれて、
バナナとピーナッツ味のプリッツェエルを交互に食べさせてくれた。

私は吐き気がしてあまり食べられなかったけれど、
彼に勧められて少しだけかじった。


ギデオンの友人が帰ると言った。
私はまだ少しだけある迷いを感じていたけれど
もう今を受け止めるしかないと思っていた。


マンハッタンの夜空の下、私はいすの上に横たわっていた。
ギデオンは私のすぐ横に座って、
冷たく濡らしたハンカチを頭に載せてくれたり、
頭の下にミネラルウォーターのペットボトルを入れてくれたりしていた。


私は少しずつ回復してきた。
そして少し恥ずかしくなって来た。
彼が大丈夫?と何度も聞いて来た。

私はだいぶ良くなったと言った。

彼が私の額に手を当てて、それからこめかみを少しもんでくれた。

私は大きく息をして肺の中に空気を入れた。

彼の息が聴こえていた。

その息は少し苦しそうだった。
彼が何かを求めている事を感じていた。

しばらくそうしていて、それでどちらもそうしたかったように自然にキスをした。

そしてそのキスは今まで一度も経験した事のないような
すばらしいキスだった。

彼はたくさんタバコを吸うのに、ちっともタバコの香りはしなかった。
彼の唇は柔らかくて、頬はすべすべしていた。

後れ毛を触ると髪の毛はとても柔らかかった。

夜の空気が私たちの肌を愛撫していた。
世界の中心にいて、世界がぐるぐる私たちの周りを回っているような
不思議な感覚だった。


私たちは2時間くらいキスしていたように思う。
彼の息は時にとても荒くなったけれど、
キス以上の事はしなかった。
それは不思議なくらいの安心感だった。

気がついたら私も彼も蚊に食われた後でいっぱいになっていた。

私は明日のオープニングの事を考えて、
もう本当に帰らなければならないと伝えた。

二人でギャラリーの戸締まりをした。

そして、タクシーで帰った方がいい。心配だから君の住んでる地域まで
一緒にいくよ。と彼が言った。

私は彼が絶対に無理強いをしないだろうと感じていた。
そして一緒にブルックリンまで行った。

タクシーを降りてキスをして、
メトロはどこかな?と聞くので
今度は私がメトロまで送るよと言った。

送って行く間本当に危なくないかい?
帰りは大きい通りを帰るんだよ。と言った。

メトロについたらまた僕が送ろうか?とか
冗談を言ったりした。

メトロのそばのアパートの前の階段に座って彼が最後のタバコを吸った。
そして情熱的にアートセールスについて話した。
彼のバイブルにしている本について。
その本を読んだ方がいいと言った。
彼がギャラリーを経営していたときに
実行していた、とても大事な事が書いてある本だと言った。

私は本当にもう帰って寝なければならなかったのだけど、
彼は熱中して話していた。
キスをする前とは少し違う、
少し押し付けがましいところがあるくらいの
進め方だったけど、
それがなんだか不器用でいいなと思った。
情熱的なんだなと思った。

また何度もキスをして別れるのは辛かったけれど、
最後は私が潔く別れを告げた。
明日大事な日が待っているのは私の方だったから。

明日のオープニングでね。といって
やっと私たちは別れた。

彼は気をつけて帰ってね。といって
メトロの階段を下りて行った。