
ども、こばっちです。
言わずと知れた「FC KAGOSHIMA」のサポーターのぼくですが、
今日は、なぜぼくが「FC KAGOSHIMA」を応援するのか?しているのか?
それをいままでの経緯というか歴史とともに書いておきたいと思います。
あくまでもぼく視点ですのであしからず、、、
あれは遡ること2003年、、、
2002年に、セレクトショップ「mighty branch」をOPENしたぼく。
開業して1年以上経ち、好きなことをして食べていけることをすごくありがたく感じていました。
そして、そうさせてくれている鹿屋や大隅半島の人たちにすごく感謝をしていました。
だから何か鹿屋の人たちに、大隅半島の人たちに、恩返しがしたいと考えていたのです。
そこでサッカー好きのお客さんとお友達になり話をしていて、出てきたのが
「よし!このまちにJリーグチームを作ろう!」でした。
サッカー好きなので単純に、Jリーグのチームがあったらもっとこのまちも盛り上がるだろう。
という単純な発想でしたが、そんなことから始まったのを覚えています。
でもどうやってJリーグのチームをこの鹿屋につくったらいいかわからない。
なのでとりあえず鹿屋市役所に電話してみることにしたのです。
今考えるとアホですよね~(笑)
で、その日に電話したのですが、鹿屋市役所の人が驚くべきことを言いました。
「え? 実はJリーグを目指すチームがありまして、今日その運営組織であるNPO法人が認可されたんですよ!」と。
偶然電話したその日に組織が認可されたという神業!
シンクロ率200%ですね(笑)
ぼくらは、すぐその組織の代表の方の連絡先を聞き、
数日後待ち合わせをして会いにいったのでした。
当時のその運営組織は「おおすみJの風」というNPO法人だったんですが、
鹿屋体育大学サッカー部の選手と社会人で構成されるチーム「大隅NIFSユナイテッドFC」、
現在の「FC KAGOSHIMA」の前身となるチームの運営をする組織でした。
それが2003年のこと。。。
お友達はその後「おおすみJの風」に所属し、運営を手伝ったりしていました。
ぼくはそれからチームのことは気になっていたのですが、
2004年には国分店マイティトランクを出店したこともあり、試合のある日曜日はお店がいそがしく、
なかなか応援もいけずに数年が過ぎていきました。
そして数年経ち、2007年の暮れ、少し仕事も落ち着いてきたぼくは、
お友達や体育大学の方、チーム関係者と「大隅からJを目指す会」を発足。
どうすれば大隅にJリーグチームが出来るか、いろいろ話し合ったりしていました。
そして始まった2008年シーズン。
志布志で行われた九州リーグ公式戦
大隅NIFSユナイテッドFC vs ホンダロック
の試合で、当時まだ九州リーグ所属の首位のホンダロック相手に善戦する若い選手たちの姿を見て感動し、
僕の胸の中の情熱に火が付いたのを覚えています。
このころの九州リーグは、現在J2の「Vファーレン長崎」と現在JFLの「ホンダロック」が首位争いをしていました。
その前年には、現在J2の「ニューウェーブ北九州」がJFLに昇格していた頃の九州リーグ。
鹿児島は遅れをとったなーと今すごく感じていますが、
だからこそやろうと思うのであります!
この年は、沖縄にも応援に行きましたし、途中からは選手のバスにも特別に乗せていただき、
バスやホテル飛行機も選手と一緒にとってもらい応援に行ったりしました。
アウェー沖縄や佐賀も一人サポ状態で応援しましたが、
熊本には背番号56のBIG5さんも来てくれたり、
宮崎には、大隅NIFSのU-15、U-12の親御さんも来てくれたりですごく楽しかったのを覚えています。
しかし残念ながら2008年シーズンは九州リーグ最下位で、県リーグ降格、、、、
なんと1勝17敗の惨敗でした、、、
そして、ここから事態は思わぬ方向へ進みます。。。
その年の「大隅NIFSユナイテッドFC」の納会。
熱心な応援を認められたぼくは、なぜか納会に呼んでいただいたのでした。
意気消沈するチームの運営者の方々、、、
県リーグへの降格の報告と、これからどうしよう、、という重苦しい空気、、、
そんな中、「来年だれかやってくれないかな?」という投げやりな首脳陣、、、
まさにダチョウ倶楽部並みのやり取りがありました。
来年は、Aさんお願いします、、いやいやBさんお願いしますよ、、いやいやCさん、、、
目の前でたらい回しされる代表の座、、、
こんなに楽しくて、すばらしいチームなのに、九州リーグでもすごく楽しめたのに、
誰もやらないなら、「ぼくがやります!」と申し出たのでした!
するとまわりの空気が一変。。。
「え? きみいいかもね!」と、みなさんが賛同。
こうしてぼくは、名ばかりですが2009年シーズンの運営代表に就任したのでした(笑)
まじかよ。あははは(笑)
もちろんサッカーの運営のことは何もわからないぼく。
登録上は都合がいいとのことで前代表の名前は変わらずでしたが、
2009年シーズンは、運営の市民代表としてがんばって応援していたのでした。。。
あ~なつかしい。
そしてシーズン中盤、鹿児島を盛り上げようと、
「株式会社OASYS鹿児島」という組織が立ち上がろうとしているということを聞きました。
そしてもしかするとチームの運営を「OASYS鹿児島」に任せるかもしれない、と。
そのとき、何かいい感じがしたのを覚えています。
もしかしたら情熱から動いたことで、何かの扉を開いたのかもしれませんが、
当時はとにかく一生懸命やっていただけでした。
その後、正式に「OASYS鹿児島」に権利を委託してもいいか?とぼくにも一応確認がありましたが、
この大隅からJリーグを目指すということに難しさを感じていたぼくは、もちろん二つ返事でOK!
大きな夢のためにチームを託すことにしました。
もちろんこれからも精一杯サポートしていきますが、
内心、ぼくの役割は一旦そこで終わったような気もしていました。
「大隅からJを目指す!」
そんな大きな夢を見始めて今年で10年目。
一応、話の流れ的には大隅から始まったチームが「FC KAGOSHIMA」となり、
まさにその夢をかなえてくれようとしています。
以前アウェーのサポーターは常に3人だったのを思いだすと涙がでてきますね、、、
ぼくはこのチームに情熱を感じ続けています。
この先どうなるかわかりませんが、ぼくは自分の情熱が間違っていなかったと確信しています。
あの時の情熱は、この鹿児島に「Jリーグ」が出来る。
その流れを敏感にキャッチし、その情熱の通りに動けなければいけなかったんだ!
と理解しています。
そしてその情熱のままに動けたことに未だに満足しています。
そして若い人に言いたい!
「夢は10年単位で叶えるもの!」と。
そしてこれからもぼくは「FC KAGOSHIMA」を応援し続けるでしょう。
この故郷鹿児島を盛り上げることが、地方活性化が、ぼくのライフワークにもなっています。
2012年シーズン、初の地域リーグ決勝大会に出場するも、JFL昇格を逃した「FC KAGOSHIMA」。
ヴォルカ鹿児島との合併話もありましたが、ぼくはどうなろうと徳重代表の決定を信じてサポートしていくだけです。
2014年からはJ3も出来ることが決まっています。
夢はどんどん近づいています。是非、JFLそしてJ3に上がってほしいと思います。
(※ 現在「FC KAGOSHIMA」は2014年シーズンより「ヴォルカ鹿児島」と統合し、
鹿児島ユナイテッドFCとしてチーム運営されています。)
以上、ぼくが「FC KAGOSHIMA」を応援する理由でした。
みなさんも「FC KAGSHIMA」の応援よろしくおねがいしますね。
これからもぼくは情熱をコンパスに、
自分の生まれもった使命にむかって生きます。
応援よろしくおねがいします。
※一番上の写真は、なつかしの背番号58(こば)です。
プレミア付きのユニフォームになること間違いなし(笑)
すばらしいチームに、
すばらしい人生に今日も感謝です。。。
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