NHKの大河ドラマ「八重の桜」の視聴率が4月7日14回が11.7%でがた落ちした。「平清盛」14回より下回ってしまった。「モヤモヤさまーず」の方が高かったらしい。
八重と尚之助の結婚式に新婚生活「新しい日々」だから、はるかちゃんメインの話。NYに行く大江アナの方が人気だったってことかな。
視聴率が下がった原因は、ネット上の意見を要約すると、主人公や舞台となった会津に感情移入出来ないうえに、主人公はまだこれといった活躍をしていない。東北を応援したいけど、このドラマは会津藩が悲惨な負け方をする話で、結局ドラマは何を目指しているのか分からないというものだった。
俳優の演技もいいし、ワザとらしくない、時代考証もしっかりして、非常によく出来たドラマで面白いという意見もあった。
視聴者が減った原因は、マイナーな会津の有名人の幕末の下級武士にも、鉄砲の製造にも興味がない。こらから悲劇が起きるのが分かっているから、お茶の間で楽しめないと予想したからだ。
NHKスタッフは、歴史に詳しい人に向けているので、マニアな世界に入り、話が京都や長州、薩摩各地に及んで、一般視聴者には複雑で迷路に入っている感じで理解しがたいのだと思います。
史実に基づいて作られているのだろうけど、キャストが増えてその人物に会わないし、あちこち小出しに説明ナシだと、散漫になって見失って置いてきぼりをくう。社会の授業と同じ、歴史の先生に有りがちな、不親切さだ。
まず、八重のシーンが少ないから、八重の面白いエピソードを期待したファンには、普通の歴史ドラマのナレーションベースは退屈でしたね。
ヒロインの結婚となればメインです。萌えになるかと思えばそうでもない。
はるかちゃんと長谷川さんの結婚初夜は、旦那が泥酔して、旦那を八重が俵担ぎ、ひとり寂しく残念。
覚馬(西島秀俊)は会津に帰れず、祝いの品、京の紅を贈る。尚之助が八重に紅をつけてあげる。
八重が武家の妻として振る舞おうとすれば空回り、父親の松重さんに夫の仕事である鉄砲に関わるなと言われて、素直に従いグッとこらえているのに、鉄砲の調子が悪くて手伝って欲しい尚之助と初ゲンカになる。
夫婦喧嘩は犬も食わない。ケンカをして一人前、お互いを思いあってのシーンだが、鉄砲娘の八重に普通の妻を望んでなどいないと言われるのって、微妙だな。
母親の風吹さんの言う通り、父親の気遣いはよけいなお世話だった。家族に愛され心配されているほのぼのシーンだった。
強く自分に正直な、異端なジャンヌ・ダルクが、動乱の中、癒しとなって人々を救うと聞いたけど。「純と愛」の純と同じでしょう。真面目で正直で頑固で理解しがたい「戦隊レッドタイプ」だが、家族に愛され、友達がいるからまだまし。
京都の覚馬は目の異変に気付き、広沢(岡田義徳)とともに医者を訪ね、失明率の高い「白そこひ」と診断される。白そこひは白内障のこと。目が見えなくなれば鉄砲も撃てなくなる。
江戸幕府に忠義を尽くす会津藩は京都に残り、テロ対策、長州討伐へ。
下関事件の敗北で、攘夷から開国論に転じた長州は、龍馬の仲介で今後「薩長同盟」に「大政奉還」が1868年。「戊辰戦争」が勃発。明治政府軍に「朝敵」とみなされた会津藩は、敗北していくわけだ。
王政復古を経て、明治政府を確立した薩摩藩と長州藩らの新政府軍が、「戊辰戦争」で旧幕府勢力を押さえて、日本を統治するのが明治新政府と国際的に認められた。この年の干支が戊辰だったので、戊辰戦争となった。
桂小五郎(及川光博)は長州藩士。
大久保一蔵(徳重聡)は薩摩藩士。
薩摩藩士の西郷隆盛(吉川晃司)と岩倉具視(小堺一機)が会合。
勝海舟が生瀬勝久。
水戸藩主の徳川斉昭が伊吹吾郎、息子の徳川慶篤が杉浦太陽。
土佐藩士の板垣退助は加藤雅也。
井伊直弼が榎本孝明。この方たち風雲児の話が重要です。
アメリカに渡っている新島襄がオダギリジョー。ジョーくんと再婚した八重が「日清戦争」や「日露戦争」に会津の人たちと同行、日本のナイチンゲールになったという話なんです。天然発言を封印したはるかちゃん。今は将来を心配される子供の八重が、心配通りもっとたいへんなことになり、成長してくるから我慢してね。
ネタバレし過ぎは良くないのだけど、避けられ過ぎだから。
新聞もテレビもラジオも無い時代、情報は人づてが頼り、学校が無いから庶民は文字も読めない時代に、日本や世界の情勢を知る術は有りませんから、何も知らないのは同じ、会津藩は京都と蝦夷にしか行っていません。
抜け落ちている、江戸の方はもっと事件が相次いでいたはずです。
横浜港は開港150周年を迎えました。
黒船来航が1853年、ベリーは横須賀の浦賀に降り立った。江戸幕府の大老、近江彦根藩の井伊直弼が朝廷の孝明天皇の意向を無視して、ハリスと「日米和親条約」を締結し、開国近代化に及んだ。
その条件は外国人に有利だったため、幕府の貿易重視に反発する意見が多く、井伊直弼は安政の大獄で反対勢力を大量粛清して、首切り島流しにした。水戸藩らの過激派が1860年桜田門外の変で井伊直弼を殺害した。
産業革命を迎えた西ヨーロッパ各国は、輸出拡大にインド、アジア、中国に市場を拡大、キリスト教布教に、戦艦や武器の技術は戦争のためにお金が必要になる王様の指示、アメリカ合衆国は出遅れていた。
1946年にアメリカのジェームズ・ビドルは日本との条約交渉に浦賀に来航していたが、鎖国をしているので条約を結ぶことが出来なかった。大軍を率いてやって来たペリーの黒船に、幕府は対抗出来なかった。
幕府の不甲斐なさに憤慨、武力に劣る日本は他国のように、アメリカに植民地化されるのを怖れた緒大名が反旗を翻し、内戦している場合では無いと悟る。
地元だからかと思うが、注目すべきは、「生麦事件」だ。
1862年、東海道の生麦(横浜市鶴見区)で薩摩藩主の島津久光の行列に乱入した騎馬のイギリス人を、藩士が殺傷、1人死亡、2人が重傷。
尊王攘夷運動の高まる中の事件は、政治問題になり、薩英戦争になる。
普通の大名行列ではなく、幕府に人事に対して進言し、断られた帰り道、400人の行軍だった。大名への無礼行為、馬を降りるように言ったが言葉は通じなかった。マズイと分かり、馬に乗って引き返そうとしたのが更に無礼で成敗された。この一行の中に、大久保利通がいた。
治外法権なので日本の風習や法律に従わない観光の外国人もいたのだ。イギリス軍は犯人を出せと迫り、幕府は薩摩藩に事情を聞くと、殺傷したのは、知らない暴徒とシラを切り通す。大勢が見ていたので、報告された事実と違うと、幕府は怒りを募らせる。
幕府は敵意を持つ薩摩が幕府を困らせるために、外国人を怒らせる手に出たと受け止める幕臣が多数、薩摩を憎みイギリスを怖れることに終止し、対策も方針も立てられなかった。
話が進まないイギリス軍は直接薩摩に交渉するが、否は無いと薩摩は戦争になるが敗北。
賠償金を幕府に借りて払うことに、犯人は逃亡して見つからなかった。(ということでやり過ごしたらしい)
この事件で、薩摩藩は朝廷と新たな法律が必要だと悟り、敵対していた長州藩と向かう方向は同じだと気づいた事件なのです。
武力には武力を、諸外国のマネをした明治政府が中国・アジアに進出し武力制圧、日本は第二次世界大戦でアメリカの武力に惨敗したわけですから、どっちが正しいとは言えない。
鎖国が無ければ今の日本は無いし、開国しなければ今の民主主義、日本のアメリカ的な文化は無かったのですからね。
坂本龍馬が出てきませんね。龍馬の研究が進んだのは戦後の小説やドラマや映画からで、歴史上の人物だけど地方の偉人に過ぎず、上野の西郷さんの方が波瀾万丈、映画や本でも私が子供の頃は人気だった。
大久保利通、木戸孝允(桂小五郎)、西郷隆盛は「維新の三傑」と呼ばれた。
目がギョロっとした巨漢。目の小さくてツリ目の吉川なんて、受け入れられない。写真は絶対に嫌がり、豊満な女性を好み、歌舞伎に「西郷と豚姫」という演目がある。面白いエピソードがたくさん残っていた。
「大政奉還」の前に暗殺された龍馬は裏方、メディアによってスター化されたのだ。
八重もそうなる可能性はある。ドラマが人気になって、会津が人気になって、観光客が増えればだけどね。