小林桂樹さん死去 俳優人生70年、出演260本の名優 | Coffee break

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映画にテレビに昭和を代表する俳優として活躍した小林桂樹(こばやし・けいじゅ)さんが16日午後4時25分、心不全のため死去していたことが18日、分かった。享年86歳。葬儀・告別式は、すでに近親者のみで済ませた。07年を最後にテレビ出演からは遠ざかっていたが仕事への意欲は衰えず、今夏に放送されたテレビドラマに出演する予定だった。後日、お別れの会が行われる予定。
1942年に映画「微笑の国」でデビュー以来、約260本の映画に出演。70年近い俳優人生を送ってきた大ベテランが、静かに人生の幕を下ろした。
所属事務所によると、小林さんは7月初旬に体調を崩して都内の病院へ行ったところ、軽い肺炎の疑いと診断され、そのまま入院。体調の回復に努めたが、そのまま退院することなく、最期は親族にみとられて息を引き取ったという。葬儀・告別式は、親族の意向で身内のみで18日に執り行われた。
08年2月公開の映画「恋する彼女、西へ。」への出演を最後に、表舞台からは遠ざかっていたが、今年8月にTBS系で放送されたスペシャルドラマ「歸國(きこく)」に出演を予定。最終的には体調が整わず出演はかなわなかったものの、“生涯現役”を貫こうとしていた。3月には小野ヤスシの芸能生活50周年パーティーに出席。つえをつき、毒蝮三太夫、左とん平に両脇を支えられながら約700人の前でスピーチを行ったが、それが公の場に姿を見せた最後となった。
没個性的な「平凡」さが、異彩を放った。小林さんは生前、自ら俳優としての長寿の秘けつを「強烈な個性がなかったこと」と語っていた。「役者には強烈な個性が必要だが、役が限られてしまう。僕は平凡だから、どんな役柄にもなれる」。その言葉通り、故・森繁久彌さん主演の「社長シリーズ」でサラリーマンの哀歓をユニークに演じ、東宝喜劇の人気を支えた一方、「裸の大将」(58年)や「名もなく貧しく美しく」(61年)では、シリアスな役柄を好演した。
70年以降は主な活躍の場をテレビに移し、テレビ朝日系土曜ワイド劇場「牟田刑事官事件ファイル」や日テレ系火曜サスペンス「弁護士・朝日岳之助」がロングヒット。また、携帯電話ツーカーのCMで見せた、頑固な父親役も話題に。常に温かい人柄がにじみ出る芝居で、お茶の間を楽しませていた。
岡田裕介・東映社長「俳優時代に映画『にっぽん三銃士』で共演しました。いい俳優で、それ以上にいい人でかわいがってくださいました。本当に残念です」
大林宣彦監督「日本の黄金時代の最後の俳優。一人、画面にいるだけで、背筋が伸びる。映画とは役者の芝居を撮るものだということを教えてもらった。初老の恋愛映画をやろうと約束していた。新しいものも考えていたので、ショックは大きい」。

【小林 桂樹(こばやし・けいじゅ)】本名同じ。1923年11月23日、群馬県室田町(現・高崎市)生まれ。警察官だった父がオリンピックの月桂樹(げっけいじゅ)にちなんで命名。日大中退。41年日活に入社。42年映画「微笑の国」でデビュー。51年、千秋実の代役で主演した「その人の名は言えない」が出世作に。大映、東宝と移り、“社長シリーズ”で人気者に。60年の「黒い画集」ではキネマ旬報男優賞など映画賞を総なめ。TBS系情報番組「おはようにっぽん」では司会も。70年以降はテレビドラマを中心に活動。1男1女をもうける。藤沢周平の「一日をまっとうする」を座右の銘としていた。血液型B。

小林さんは、森繁さんの「社長シリーズ」、土曜ワイド劇場「牟田刑事官事件ファイル」にも欠かせない役者さんでしたね。たくさん作品を見ましたし、昭和のテレビや映画を代表する一人だと思います。

84年の「ゴジラ」では、総理大臣役が良く覚えています。映画は、「けものみち」、「日本のいちばん長い日」、「新撰組」(1969)、「日本沈没」、「八甲田山」、「ホワイト・ラブ」、「連合艦隊」、「ハイティーン・ブギ」、「父と子」、「そろばんずく」、「マルサの女」、「刑事物語5」、「YAWARA!」、「耳をすませば」(声の出演)、「愛する」、「あの、夏の日」、「老親 ろうしん」、「母のいる場所」、「恋する彼女、西へ」、「星の国から孫ふたり」(2009年・こちらが遺作になりました)等です。レンタルや追悼番組がありましたら、ご覧ください。

もっと、おじいさんの役も見てみたかった。

慎んで、ご冥福をお祈りします。

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