ゴールデンウィークど真ん中!皆さん、楽しんでいますか?
私はどうやら風邪をひいたのかな・・・。
鼻水もせきも止まらない。食欲もないし、微熱が続いています。
でも、豚インフルではないようです。風邪なんてぶっとばせ!
明日はライブだよ!
5月4日、GIG@M2 Vol5 『徳山秀典・eriuca Wレコ発ライブ 追加公演』
徳山さんは気合十分!
「みんなの声が有る限り、スタジオのNGでるまで、
何回もアンコールやっちゃおうかな……」
って言ってるよ!
オールスタンディングのライブ、約3時間、風邪っぽい私には無理だったから、椅子のある「超・仮面ライダー電王 スペシャルステージ」で良かった。
そんな頭がふらふらして、ダウン中のなか、訃報が入りました。
<訃報>忌野清志郎さん58歳=ロック歌手 がん治療続け
「ベイベー!」や「愛し合ってるかーい!」などの決めぜりふ、奇抜な衣装と演出で知られるロック歌手、忌野清志郎(いまわの・きよしろう、本名・栗原清志=くりはら・きよし)さんが2日、がん性リンパ管症のため死去した。58歳だった。葬儀は9日午後1時、東京都港区南青山の青山葬儀所。喪主は妻の栗原景子(くりはら・けいこ)さん。
06年7月に喉頭(こうとう)がんと診断され入院。治療を続けた後、08年2月に日本武道館で本格復帰した。しかし、同7月、左腸骨にがんが転移していたことが判明、再び活動を中止し放射線治療などを続けていた。(毎日新聞社)
世代超え支持された反骨の人=忌野清志郎さん死去
反骨の人だった。自由を抑圧するものを嫌い、それと戦った。その姿勢は年を重ねて和らぐどころか、ますます強固になっていった。
反戦・反核をテーマにした「COVERS」が発売中止になると、別会社からリリース。
“続編"も作り、その中でボブ・ディランの曲に乗せて「頭の悪い奴らが 圧力をかけてくる 呆(あき)れてものも言えねえ」と怒りを込めた。
政治家批判などあらゆるタブーに挑む覆面バンド「タイマーズ」も結成。自分の曲がFM局で放送禁止になると、生放送のテレビ番組出演時にその局を批判する“事件"も。
9・11同時多発テロの後には、「愛と平和」のフレーズをコンサートの場などで愚直に叫び続けた。
子供が生まれるとでき愛し、子供の歌を作り、レコーディングにも参加させるなど優しい一面も。「スローバラード」など、切なく美しいラブソングでも愛された。シンガー・ソングライターとしてだけでなく、生き方そのものが若者から中高年まで熱烈に支持された。(時事通信社)
私には、まさしくロックの神様だった。
過激でいつも新しいことを考えていて、愛のある歌は優しい、シャイだけど、大胆なところもある。
絵も好きで、絵本も出していました。テレビや映画は必ずチェック!
ライブも野音もコンサートもたくさん行きました。いつもそのパワーをもらって元気に明日からまた頑張ろうって思えるライブでした。
一方、個性派俳優としても数々の作品で独特な存在感を発揮した。
1993年に岩松了監督の映画『お墓と離婚』でスクリーンデビューし、
2001年に三池崇史監督の映画『カタクリ家の幸福』、
2004年に松尾スズキ監督の映画『恋の門』、
2005年に竹中直人監督の映画『サヨナラCOLOR』』、
昨年公開の岩松了監督の映画『たみおのしあわせ』などに出演。
2005年の三池監督の映画『妖怪大戦争』では妖怪の総大将役で出演したほか、30年来の友人、井上陽水とのデュエットで主題歌「愛を謳おう」も手がけた。
2001年には、デビュー30周年を迎えた忌野さんが全国15カ所のライブハウスを周るツアーを追ったドキュメンタリー映画『不確かなメロディー』が公開された。高校の同級生で40年来の友人の三浦友和がナレーションを務めた。
そういえば、3月にこの記事を読んだばかりでした。
俳優、三浦友和(57)を父に、伝説の歌手、山口百恵さん(50)を母に持つユウ(本名・三浦祐太朗=24)率いるロックバンド、Peaky SA
LT(ピーキーソルト)が3月21日、神奈川・三浦市で開催中のロックイベントに出演。父の友人でロック歌手、忌野清志郎(57)の名を挙げ、「清志郎さんの『ロック魂』を受け継ぎたい」と“ロックスター宣言”した。
ユウくんが音楽の道に進んだのは、清志郎さんの影響だったんですね。
清志郎さんの復帰を待ち望んでいましたが、ガンが転移して、治らなかったんですね。
どんなに、化学医療が進んでも、まだガン治療は早期発見意外無いんですね。
まだ58歳、これから渋みが増して、大人のための歌を歌って欲しかった。
とても、残念です。心よりお悔やみ申し上げます。

