今回、Tsumugu-Baで佐藤真美さんの『同調』の講座内容を
2泊3日のリトリートとして、皆さまにお届けすることに
なりました。
リトリートの内容のお知らせをお伝えする前に…
もしかしてちょっと長くなるかもですが、ここに至るまでの
経緯と想いのお話にお付き合いくださいね。
昨年12月にTsumugu-Ba主催で開催した真美さんの『望楼の会』
この会が終わってから、真美さんとお話する時間があり、
私は真美さんにTsumugu-Baで『同調』の講座を開催して
くださいとリクエストしたのです。
『同調』の講座は受講していなくて、私自身が受けたい気持ちが
強く、内容も親しい人から聞いていて、とても興味深いと思って
いたからです。
その人はグループセッションで受講していました。(長野開催)
だから名古屋でもグループでお願いしたところ…
『同調』の講座は本来は、個人セッションでお届けしていると
いうこと。そして長野のグループセッションはレアケースである
ということでした。もし名古屋で新たにグループセッションで
『同調』の講座を開講するなら、人数は4〜5人くらいでお願い
しますということでした。
少人数しかできないということではなく、慎重に進めたいという
意味だと受け取りました。
そして話が進む中で「リトリート」という言葉が出てきて…
真美さんがリトリートというカタチにしてお届けするならば
少人数でなくても大丈夫です。という言葉をいただき、話が
展開していったのです。
冒頭にもお伝えした通り、私も『同調』の講座を受けたいので
主催者でもありますが、参加者でもあるわけです。
ただこの講座の内容は、内側のとても深いところまで触れて
いくので、受講していって内側が大揺れしていくかもしれません。
そうなってしまったら、真美さんや参加者の皆さまに申し訳ないので
今回は長野で『同調』の講座を昨年終えられて、(6月〜8月で月1の3回講座)
現在もフォローを継続で受けている、両角玉美さんをスタッフにお迎えします。
真美さん、玉美さん、私の3人で皆さまの2泊3日のリトリートが
より豊かで充実した時間になるように寄り添っていきます。
どうぞよろしくお願い致します。
『同調』の講座の内容を受講していない私が語るのは
嘘くさいのでやめておきます。
ここでは真美さんのホームページの文章と
両角玉美さんが「2025年冬至、今思うこと」というタイトルで
SNSで掲載していた文章をご紹介します。
「真美さんのホームページから〜」
私(らしきもの)は
この世界や、人生、命、
そして「私」というものが不思議で
その仕組みや存在そのものに
不思議と興味がつきず
結局、ほとんどの時間を
その観測と探究に費やしてきたように思います
そのためか
お話を聴いたりするだけでわかることがあります
そのために
こうして訪ねてくださる方達がいて
ご縁があれば、直接お話させていただくという
そんな日々を
こうして過ごさせていただいています
本当にありがたいです
その循環からさらに深まることがあり
それをまた皆さんへお返ししたい気持ちが湧き
だから
この活動を続けていると思っていました
どうやら私達は
安心でいたい、幸せでいたい
やりたいことをやりたい
という、根源的な願いがあるようです
そしてさらに
この根源的な願い、祈りのような響きの現れる
感覚というか智慧のようなもの
そこにさらに静まっていったとき
明確さと共に、すべてがなくなりました
今は、この活動自体に理由は持っていません
でもなぜか
生きることが、楽になりますように
日々の暮らしが安心で幸せでありますように
そして
「今」が、もっと自分そのものとなりますように
そう望む人へ、なにかしらのお手伝いができると
例えようのない嬉しさが湧いてきます
できることは多くなく
直接話すのは、ほんのひとときですが
その確かな光を手に
(少し人間的に言うなら)
あなたの内面や今が整理されて、解放されるように
これからの日々がいつしか楽になるように
あなたがそう望んで
心のうちにある「それ」について
お話くださるなら
読み、解くのを
おしゃべりしながらお手伝いします
あなたの人生が、もっと軽やかになりますように
それから、解放されますように
それでは
もう一度あらためてご挨拶を
でも実は、こう言う方がいい気がしているんですよね
ようこそ
もしくは、おかえりなさい
ここは、おそらく
あなたが還(かえ)る道のひとつです
「玉美さんのSNS掲載記事から〜」
今年は今まで生きてきた中で、一番自分の内側と向き合い、
苦悩と葛藤をした年だった。
そのおかげで、真我という存在を知り、そこに辿り着けたと
思っている。
わたしは物心が付いた頃から、なんで生まれて来たのだろうか。
人はどうしてこの世界に生きているのだろうと、そのことばかりが気になって、
そのことばかりを考えている子供だった。
当然周りの子供たちとは、興味の対象がズレズレだったので、自分の心の内を
話せる友だちは一人もいなかった。
それは大人になっても変わらず、むしろこの考えや思いは、口にしてはいけない
と封印して日常を過ごしていた。
哲学や神智学の本を読み漁り、心理学を勉強し、知識は増えていったが、
わたしが求めるもの、確信として得たいものはそこには無かった。
地味な日常の生活、そんな日々をぼんやりと過ごしてきて40歳を過ぎ、
何となく目に見えない世界に真理があるのだろうと感じていた頃、
突然それはやって来た。
雑誌でイギリス人のヒーラーを目にした瞬間、わたしはこの人に
会わなければいけないと、強い衝動に駆られ、気づけばセッションの申し込みを
していた。
そもそもわたしは、セッションが何であるかも知らずに、後から少し恐くなった。
あれは2009年2月。
事前に何もわたしの情報など伝えていなかった。
彼女と向き合うとそのまま静かに始まり、わたしが子供の頃何を思いどう過ごし、
現在に至るまでの心情を手に取るように、わかってますよと言わんばかりに
スラスラと語った。
誰にも話したことがないことを目の前の人は知っている。
驚きというより、誰かに知って欲しかったという安堵感が広がった。
少なくとも疑うことはやめた。
そこからわたしが持つ本質や、今世でやるべきことを語ってくれた。
詳細はここでは割愛しておこう。
ただ、気がつけばそのようになっていることは、驚きとともに事実である。
セッションの最後に彼女は、あなたは16年かけてスピリット(魂)とは何かを、
これからの経験を通して学んでいきますと教えてくれた。
16年……長い、長いよ……そんなに長くまだ学ばなくては真実に辿り着けないのか。
16年後わたしは61歳だ。そこからいったい何ができるのかと少し不安になった。
しかし時の流れは早いもので、今年がその年だった。
最後の大仕上げだからこんなに苦しかったと思えた。
わたしが絶望の暗闇の中でもがいていた時こそ学びがあった。
彼女はこうも言っていた。
苦しみの中にこそ光がある。
決して諦めないこと。
そのためにあなたは、それを乗り越える強い個性を持って生まれて来ていると。
今、わたしの内側は穏やかである。
ずっと、自分とは何かの自我(エゴ)の存在を探求していたから苦しかった。
本当は自分など存在しない。
存在しないものを探求していたから答えに辿り着けなかった。
それを知れただけでもう十分だ。
何もない空間は安心安全 真我(愛)しかないのである。
リトリートの詳細内容はその②へ
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