兄が東京へ出て来てから晴天が続いております。

 晴れ男だったかな?

 今日は深川・門前仲町にある実家で待ち合わせ。

 20年ほど前まで、北海道へ移り住むまで兄ひとりで暮らしていたのですが、引っ越しと同時に家の中は空っぽ…要らないと残して行った物すべて処分をしてしまいましたので、実家と言えども兄夫婦が泊まることは叶いません。

 今日の富岡八幡宮の境内の様子…写生会が行われているようです。

 富岡八幡・本堂のすぐ後ろ…どこの企業とは申しませんが、何んとも無粋なビルが建って八幡様の本堂が台無しであります。

 自然の景観を守るナショナルトラストのようなシステムが働かなかったのでしょうか?

 わたくしたち地元でもビルがすっかり建つまで分らず、ずい分と悔しい思いをしたものでした。

 本当に絵を描くにしても、写真を撮るにしても…この有り様となっております。

 鎌倉・鶴岡八幡宮では後ろの里山を守るため、このナショナルトラストが適用されるよう尽力した方々のおかげで、あの素晴らしい自然が守られております。

 首を伸ばしてキャンバスを覘いたら…みなさん、あのビルを省いて描いておられました!

 大正解!

 兄は港区・神谷町のホテルからこちらに来るので、10時頃に行っていれば間に合うでしょう。
 雨戸を空けて風を通してから、ざっと玄関前を掃き掃除、打ち水をして待つとしますか。
 近所の肉屋に八百屋が休みで良かったわぁ~
 おぃちゃんやおばちゃんたちに見つかったら何を言われるか分かりませんが…どっちも店の上に住んでいるので油断は禁物です。
 前にも申したように家の中は何もなくてガラ~ン。
 手持ち無沙汰で待っていると…「おーい、来たぞ」のと兄の声…急いで迎えに出ると、懐かしそうにあちこちを見ておりました。
「家ってのは動かないもんだね。ちゃんとあって良かったよ」
「おみえちゃん、昨日はいろいろとお世話様。あきちゃん(兄の名前・明)がこんなだから疲れたでしょ?」
「友ちゃん!こんなだからの「こんな」ってぇのは何んだよ。しっかし久しぶりだなぁ~」
「ひと休みって言ってもガスも電気も止めちゃってるからね。縁側に座ってひと息いれて」
「そう思ってサ、駅前でコーヒー買って来たぜ」
 友ちゃんの気配り、ありがと。

「あれ?百合の花、もう蕾持ってるのか?」

「あっちの塀の奥の方、赤い百合が咲いてるよ。毒々しい色の!」
「お前ね、あれは珍しい赤のカサブランカだぞ!甘い匂い、するだろ?」
 兄は下駄を突っかけ庭へと下りて行きました。
「このカサブランカ、ずい分と寸詰まりになっちまったなぁ~カサブランカは1メートル50ぐらい伸びないと迫力がないよなぁ~おみえ!ちゃんと肥料やってんのか?まぁ~匂いだけはしっかりとあるな」
「百合にね、肥料やるヒマなんかないの!」
「うちから肥溜めの肥料持ってくれば良かったな」
 そんなことしたら臭くて飛行機に乗せてもらえるわけないじゃん!

 庭の隅々を眺めまわし、草取りを始めた兄…けっこう様になっておりまして、伊達に北海道で土いじりをしていたわけでなさそうです。

 雑草と言う草はないと、植物博士・槙野富太郎氏が言っておりましたがこれだけの草がボーボーと生えてしまいますと、いちいち気に掛けて名前を覚えるのも大変でございます。
 今日は百合の花を守るための草取り…兄が抜いた草を一箇所に集めるのは妹のわたくしと仕事を分散して行いました。
 友ちゃん?縁側で横坐り…のんびりとコーヒーを飲んでおります。
「どうだ、元気にしてるのか?」
「う~ん…それがサ、このところね、淋しいって言うか、ひとりで迎える老後が心配で不安になっちゃって、心療内科へ通い始めたんだ」
「淋しいって…寂寥感みたいなもんか?年上の弟(亡き夫)が亡くなってから…もう9年目か?もう淋しさにも慣れたんじゃないのか?」
「う~ん…慣れないねぇ~コロナ禍もあって閉塞感やら孤独感も襲ってきてね…なかなか上手に歳、取れないよ」
「そうか…歳取るのに上手も下手もないけどな」
「お兄ちゃんは淋しくなったり、ひとりぽっちだなぁ~と感じることないの?」
「まぁな、北海道へ行った最初の時は辛かったかな?でもサ、俺には愛する友ちゃんがいてくれたからサ、何んとかやってこれたってわけ。それにね、畑に出るといつの間にか心が無になって行くんだよ。これはすごいぜ。東京じゃな、無になるものを見つけるのは容易なことじゃないかもな。人はサ、やれ趣味を持てだの社会とつながるボランティアだのをすれば良いって言うけども、向き不向きがあるからな。心療内科に行ったのは正解だぞ」
「うんうん、なるほど」…我が情けない兄とは思えぬ話に思わず頷いてしまいました。

 兄のおかげで庭はすっきりと致しました。

 わたくしも無心に草や土をいじっている間に、気持ちが落ち着いてきて心の中にあったモヤモヤが晴れていくのを感じました。

 庭の草花、樹々の手入れの仕方を改めて教えてもらい、草花にたっぷりと水を遣りました。

「手に余ったら植木屋に頼むんだぞ」

「夕飯はおみえちゃんとこでご馳走になって良いの?大変じゃないの?」

「友ちゃん、そんな大げさなモン作らないから大丈夫!少し早めに乾杯しよう」

 3時を過ぎても真夏のような日差しです。

「風が涼しいから助かるな」

 ブラブラと我が家へ…「先ずは…年上の弟にお線香あげなきゃな」

 亡き夫へ1本…ゆらりと煙が上がって参ります。

 兄の好きな白ワインで再会と無事に父の十七回忌を終えたことに乾杯!

「おー!ブッラータ・チーズでないの」

 モッツァレラチーズの中に濃厚な生クリームが入ったチーズは兄の大好物!

 ひとりでは食べきれぬ大きさなので、思い切って用意いたしました。

    

「集合住宅ってのも良いモンだな。思ったより静かだな。そうかここでひとりで暮らしているのか」

「おみえちゃんも北海道へ来たら?大歓迎よ!」

「いやいや…ふたりの介護をさせられそうで怖いわ!」

「バレたか!」

 白身・タラのフライとボローニャソーセージのハムカツを作ってみました。

「ハムカツなんて何十年ぶりだろ?」

「子どものころ、佃島で食べたレバカツ思い出さない?」

「あ~!あの薄いレバーのフライな。まだあんの?」

「月島で人気みたいだよ」

 兄は十七回忌のために父の位牌を北海道から持って来ておりまして、ホテルでもお線香とお茶を備えたそうです。

「お母さんのお位牌、今はひとりぽっちだね」

「克司(1歳で亡くなったわたくしの4つ違いの兄)のお位牌も先祖代々の位牌も並んでるんだから、けっこう清々してるんじゃないの?」

「でもサ、東京生まれの東京育ちのお母さんだよ、きっと東京が恋しいと思ってるよ」

「そうだなぁ~京橋生まれの下町っ子だもんな。とは言ってもサ、位牌をふたつ持って来るってぇのもなぁ~」

「美味かった美味かった!ご馳走さん!」

「車は永代通りまで出れば、すぐに拾えるからね」

「ホントは歌舞伎を観たかったんだけど、今日が千秋楽でチケット取れなかったのよ。残念」

「帰るまで、もう1回美味いもん食べに行こうぜ」

 兄夫婦が帰ったあとの静けさが身にヒシヒシと沁みますが、まんざらひとりぽっちでないと知った気も致します。

「気を付けてね…百合の花、ちゃんと面倒見るからね」

「おー、頼むぜ!」

 この気温の上昇では6月には満開となりましょう。

 まもなく百合枝ちゃんの祥月命日を迎えます。