「持って来てくれるかな?」

本日・25日は「春の土用の丑の日」でございます。

と…来たら、豊洲市場でマグロの仲卸業を商っている幼馴染み・さわちゃんが登場しなくては話が始まりません!

  

さわちゃんちはマグロ専門卸なんですが、コロナ禍でお客様の要望がずい分と変ってきたようで、ついでに海老もお願い、帆立もお願い、そのまたついでにお祝い用の鯛も頼むわと本業のマグロ以上に忙しくなったと嬉しい悲鳴を上げているような?うんざりしているような?

「あちしはサ、マグロ屋なんだわ!それが他の鮮魚の仕入れをやってるんだから参っちまうよ」

などと零しながらも、旦那は毎日マグロの競りに出ております。

「夏の鰻よりね、脂がのった冬・春の鰻の方が断ぜん美味しいんだよ。4月の丑の日の注文が入り始めてるからサ、もしよ・もしものキャンセルが出たらも配達の途中で届けるわ。期待しちゃぁ~いけないよ、世の中キビシイんだから」だそうで、わたくしはひたすらキャンセルが何軒も出るようにと、亡き夫にお線香を上げながら手を合わせましたっ!

鰻が好物であった夫のことですからね、お供えを心待ちにして何んとか願いを叶えてくれることでしょう。

「これから配達出るからサ、下で待ってて。白焼きと蒲焼用のふた串でいいね?」

「いいよぉ~!25分で着く?オッケー気を付けてよ、鰻!」

「鰻かぃ!」

豊洲からわたくしが住む集合住宅まで渋滞の道はありませんから、ほぼ正確に25分で到着!

「ほい!下拵えはもう分かってるね?素焼き・蒸し・焼きで、白焼き。素焼き・蒸し・タレ焼きで、蒲焼…どっちにしたって焼きゃぁ何んとかなるからね。鰻の肝にタレと生ワサビも入れといたからね。あーたサ、ひとり暮らしだからって食を端折(はしょ)っちゃいけないよ。じゃね!」

「うん。いつもありがとね!」

素焼きの下拵えだけ済ませておけば…たとえお天道様が真上にあったとて、いつでも一杯やれますからね。

有難いことに、昼前には太陽が雲に隠れてしまい、後ろめたい気持ちはさっぱりとなくなりました。

土用の丑の日と言えば夏!でありますが、さわちゃんの話によりますと夏以外にも年に4回ほどあるそうで、次は5月4日、スーパーや鰻専門店が賑わう夏の土用の丑の日は7月30日になるとのこと…愉しみだなぁ~

わたくしが暮らす下町・深川は富岡八幡宮様と成田山・東京別院・深川不動堂の門前町でありますから、参道には鰻・川魚を出す店が昔はけっこうございました。

今でも何軒か鰻屋は残っておりまして、縁日の立つ日などは稼ぎ時となっていることでしょう。

東京・下町ではありましたが、わたくしが子どものころ母親が口を酸っぱくして言っていたことを思い出します。

「いいかぃ、鰻を食べる日に土をいじっちゃぁいけないよ!土の神様・土公神様(どこうしんさま)がお怒りになるからね。原っぱでも土を掘ったり泥団子を作っちゃぁダメだよ、分かったかぃ?約束を守らないってぇとモグラに噛み付かれるからね!気をつけるんだよ」などと脅されたものでした。

もし日にちを間違えて植木鉢の植え替えや土をいじったりしたら、塩でお清めをして土の神様のお怒りを鎮めるのだとも言い含められたことを覚えております。

昭和30年代の原っぱでもモグラがいましたが、よく道端で干上がってのびていたのを見掛けました。

思えばいろいろな生き物が地中にも地上にも居た時代でありました。

さて…素焼きでも鰻を焼く匂いは堪りません。

素焼きでぬる燗、いっちゃおうかな?

誰に問うでもなく、一応小声でお伺いを立てると致しましょう。

仏前に先ずは白焼きを供えて…チーン!

そう言えば…暑い最中、病院の外出届を出して、夫と一緒に銀座の鰻屋へ行ったことを思い出しました。

「旨いねぇ~シャバへ出て来たって実感するよ」

「シャバへ出たら、ビールとカツ丼じゃないの?」

「きみは高倉健の見過ぎだよ」

あ~懐かしいわぁ~ふたりで食べるも良し!ひとりしみじみ頂くも良し!

鰻はご馳走でございます。

さわちゃん、ごちそう様でした。

 

『それらしき匂してをり鰻の日』

(それらしきにおいしておりうなぎのひ)

桂信子