「木曽路はすべて山の中である」…このあまりにも有名な書き一節ではじまる島崎藤村の小説「夜明け前」…
あれ…?次が出て来ないので物語が進まない…止めた。
「ル~ルルルゥ~」…いつまで口ずさんでいても、なかなか歌詞が出て来ない由紀さおりの「夜明けのスキャット」…夜が明けて来ちゃったので止めよう!
ここは江東区・豊洲駅から望む東の空でございます。
「ゆりかもめ」の始発電車で市場前駅に着いたのは午前5時18分!
さみいのなんのって!太陽が昇る直前が最低気温だと言われるくらいですからね、洟水まで凍っちゃう!
わたくし何故に、こんな時間にこんな所まで来なきゃならんのか…それは夕べ掛かってきた1本の電話が始まりでした
『もしもし?あーたサ、明日の午前中って時間ある?』
あちゃぁ~出るんじゃなかったなぁ~夕飯に食べた牛肉のみそ汁が美味しくて、つい受話器を取っちゃった
豊洲市場でマグロの中卸しを営んでいる幼馴染みのさわちゃんからの電話…イヤな予感がするぅ。
「明日の午前中?」…電話の上に掛けてあるカレンダーを見ると、真っ白で予定なし。
「うん、空いてるけど…」
『良かったぁ!ちょっと手伝いに来てくんない?お得意さんにアジ(鯵)を配達するんだけどもサ、向こうでさばくパートのおばちゃんがね、明日だけ急に来られなくなったんだって泣きついて来てさ、こっちも手が余ってるわけじゃないから困っちゃってんだけど、古い付き合いだしほっとけないのよ。助けに来てよ!』
「えー!何時よ?」
『午前中よ!6時までには来てよ』
「…それってサ、早朝って言う時間帯だよね?」
『午前中に変わりないじゃん。頼む!』
で・豊洲での夜明けを前にして震えている…次第であります。
「遅いよぉ!そこの長ぐつに履き替えて、手洗ってマスク替えて!エプロンは後ろにある。手順なんだけど、あちしがアジを三枚に下ろすから、その身の中骨と小骨を取ってほしいのよ。細かい手作業になるけどサ、お客さんの口に刺さっちゃマズいから丁寧に取ってって。そこに三枚に下ろしたのあんでしょ、それから順にやって、骨を取り終えたアジは配達用の発泡スチールにきちんと並べてって」
「背開きにしないの?シッポは?シッポがなきゃアジって判んないんじゃない?シッポあってこそのアジフライだよ!エビフライだってシッポが付いてなかったら気分が落ち込むよ」
「うるさいねぇ~シッポで落ち込むのはあーただけだわよ。アジのシッポなんぞより大きいのが2枚、お皿に乗ってる方がサラリーマンは喜ぶの!サッサと始めてくんないとランチまでに納められないからね」
古い付き合いだと言うお得意さんは新橋の割烹料理屋さんで、コロナ禍で夜の営業は閑古鳥…
仕方なくしばらく休業していたそうですが、緊急事態宣言も解除されランチに力を入れて営業を開始したのだとか。
冷凍のアジフライではなく、さばいたばかりの新鮮なアジを提供したいとメニューに入れたのだそうです。
「お刺身定食とか焼き魚定食とかがメインだったんだけどね、仕方がないやね。このご時世だ!これから美味くなるカキフライも始めたいって言うからね、こっちも商売だ。困ってるときはお互い様だわよ」
限定15食分とのことで、なんだ15匹かなどと甘くみていたら…これが大変!お金を頂いて提供する割烹屋さんを思うと万が一があってはいけません。
丁寧に、且つ鮮度を落とさないように手早く済ませなければならず、アジとにらめっこ。メガネがずり落ちて来そうだけど、手はアジの脂でヌルヌル…これは脂はのっていて美味しいだろうなぁ~
手の甲でメガネを上げ、指先に集中して骨の当たりを探し当て、骨抜きを使ってピッと引き抜きます。
「う~ん快感!」
「なに恍惚の表情してんのよ。アジで遊ぶんじゃないよ!」
さわちゃんの旦那さんが競り落として来たマグロや鮮魚を運んでいます。
「おはようございます!」
「あー!おはようございます。急な頼みで悪かったね。ホント助かるわぁ。これ、冷蔵庫に入れといて!」
「あいよっ!アジ、お茶屋さんに配達頼むの?」
「いや、オレが届けるわ。刺身のサク取りもしなきゃな」
夫婦におっかさんだけでは何かあったら大変!どっちかが風邪で体調崩したら商売は回って行きません。
できるだけの手伝いはしないとね!
他の店からの注文もこなさなければなりませんから、間違えないよう伝票と品物を合わすのにも一苦労です。
アジの骨抜き、気合で終えました!この仕上がりならばどこに出しても「美味しい!」と喜んでくれるでしょう。
達成感、半端じゃありません!
「なにひとりでガッツポーズしてんのよ!次!うちのがサク取りしたマグロ、種類別に緑と白の紙に分けて包んで。伝票、ゴムで挟むの忘れないでよね。間違えましたじゃ済まないんだからね」
ホント、人使いが荒いよねぇ~水も飲めないわ、トイレにも行けないわ…ブツブツ」
それでも午前10時半にはすべての品物を配達に出せるまで用意ができました。
割烹屋さん、これならすぐにパン粉を付けることができるでしょう。
完売だと嬉しいな!
アジフライ、本日の超・お勧めです。
後始末もすっかり終わり、手伝ったお駄賃に活きの良いアジを5匹持たせてくれました。
「ありがとね。助かったよ。配達に出るからサ、家まで送るよ。ホレ!もう出るよ」
豊洲市場から車ですと約20分で着いちゃいます。
「今度、美味しいモン食べに行こう。12月の歌舞伎も観たいしサ…じゃね」
さわちゃん、今年もあとひと月…よく頑張ったね。
「あんたはエライ!あちしもエライ!」…ユッサユッサと揺れながら走る車に手を振りました。
今朝は4時起きだったので、家に辿り着いたらぐったりと疲れが出ちゃった…けど、とにかくもうひと踏ん張りしてアジをさばいちゃいましょう。
せっかくですからね、お刺身にしますか。
それとやっぱりアジフライ!
チャチャッと下処理を済ませたら、冷えてしまった体とアジのニオイが染みついた手を流すためお風呂に入ろうっと!
大欠伸をしながら、先ずはアジの握りを味わうことに…「旨ぁ~」
一杯やっちゃおうかな?
朝寝はできなかったけど、朝酒・朝湯となんとも贅沢な霜月・11月の締め括りとなりました。
さぁ~!明日からいよいよ師走を迎えます。
いろいろとあった2021年…せめて明るく元気に過ごせたらと思います。
さわちゃん。何かあったら、また手伝いに行くからね。