町の商店街の外れに、インコが数羽に十姉妹(じゅうしまつ)も数羽、あとはメダカに和金がチマチマと泳いでいる水槽と、陳列棚には鳥と魚のそれぞれのエサが申し訳なさそうに幾つか置かれているだけの小さなペット屋さんがひっそりと店を続けています
けれども…お店の裏には知る人しか知らないメダカの秘密部屋がありまして、真っ赤な色をした『楊貴妃(ようきひ)』、泳ぐと背中や目が青く光る『青幹之(あおみゆき)』、体にブチの模様がある『美月三色(みつきさんしょく)』など、これがメダカの名前かと思うほど格調高い名が付けられたメダカの繁殖が行われ、その交配と保護に取り組んでいるおじさんが店番をしております
通りに面した店先のホックにぶら下がっている商品『産むんです
』…これを目にしたとき、なんか訳もなくドキッとしましたねぇ
「産む?産むんです・って…あ~メダカがね」
我が家で飼っているメダカはとても無口でございます
無口ではありますが早熟なメダカは3月・弥生に入り、太陽の光がポカポカと水を温め、水温が上がりますと、すぐその気になっちゃって、気になっちゃったら、これまたすぐにお尻に卵をくっ付けて尾びれを妖艶に振りながら水面に浮いて参ります
そうなりますと飼い主である・わたくしもその気にさせられ、卵を産み付ける水草を買い求めにこうしてペット屋さんに足を運んで来たと、こう言う訳にございます
「あれ?久しぶりだねぇメダカ、元気にしてる?」
「ハイ、おかげさまで!ブチがもう卵を持っちゃったんで新しい水草を奮発してやろうかなぁって思って来たんだけど…この『産むんです』っての、ヤシの皮かなんかで出来てんですか?」
「これ?本物のヤシではないねビニールっぽいもん
そんなに殖やしても世話が大変でしょ?亡くなったご主人は良く面倒見てたけど、水ひとつ替えるのも女手じゃ限りがあるよね」
「う~ん…ここんとこあんまり手を掛けてやれなくて寿命だと解ってても、朝、死んでいるの見つけるとねぇ、ギボウシの鉢に埋めて、お線香あげて、夫にも詫びるんだけど…そんな日が続くとちょっと凹むよね
」
「まぁ~この時期は世代交代するからねだったらサ、菊藻(きくも)かアナカリスにして自然に任せるかい?親が卵や孵ったばかりの子を食べちゃうけどもサ、それでも生き延びるのがちゃんといるから…そう言うヤツは強いから大丈夫!それで数を調整していった方がいいかもなぁ」
今年の春は体が白い『白メダカ』が3匹も浮いちゃったと話しましたら、おじさんが慰めてくれました
「白メダカはサ、元々体が弱いから内臓の病気にはなるし、皮膚も薄くてすぐ傷んじゃうしね。それなりの難しさはあるよ」
これからの日差しは水に当たると水温が急に上がってしまい、水草も藻と化してしまうので丈夫なアナカリスが良いと勧められ、ふた束を買い求め、ツクバイに入れることにしました
「水草にヒルや貝の卵が付いてる場合があるからね、ツクバイに放す前にひと晩バケツに沈めて置くの、忘れないで」
「はい、ありがとう」
これで…初夏に向かっての気になっていた「事」がひとつ片付きました
小さな我が家のベランダでメダカが繁殖期を迎え、それも毎年毎年殖え続け、63歳のおばさんは右往左往しております
わたくしは哺乳類ヒト科でありますから、どんなに頑張ろうと卵は産めません!
1度は産んでみたかったなぁ~卵
さて、こちらはニワトリの卵ではありますが「江戸たまご」なるものを頂きましょう
江戸時代、卵は庶民にとっては大変な貴重品・贅沢な品であったと食の文献に記してあります
茹で卵を味噌床に漬けて、日持ちを良くした知恵は大したものだと…おかげを持ちまして平成の世でもこうして舌鼓を打っております
今夜・ひと晩を経て、イキイキとした水草を水に浮かべたなら、メダカは待っていたように先を争い卵を産み付けてくれるでしょう
どんなに小っちゃくとも生きようとする命と共に、ひとつ屋根の下で暮らす楽しみを大事にして行きたいと思っています