先日、渋谷に出ました折りに「くじら屋」でランチを食べようかなぁと外に出ていたメニューを見ておりましたら…元祖・くじら屋さんのビルのすぐ脇に建っているある記念柱が何か変わったような違和感を覚え、カニのように横歩きで数歩・移動致しました
『恋文横丁 此処にありき』…と墨で黒々と書かれた木柱であったはずなのに…
朝鮮戦争の休戦時代のころ、渋谷の文化村から道玄坂に抜ける100メートル足らずの狭く細い小路があり、そこには小さな一杯飲み屋が軒を連ねあって、その飲み屋の隅を借りて、日本語を英語、フランス語に訳す代書屋の店があったと渋谷区の歴史文献に記されています
そのころ多くの女性がアメリカへ帰ってしまった米兵にラブレターとお金の無心を代書屋に頼んでいたそうです
女性たちはアメリカ兵との間に産まれた混血児を抱えた未婚の母となり、なんとしてもお金を送ってもらわなければ暮らしが立ちゆかぬ苦しい時代でありました
1970年に恋文横丁は取り壊され、小路も行き止まりとなって、その名前だけが木柱に残されまして39年もこの場に立ち続けてきました
木製の記念柱が建ったのが昭和54年、わたくし花も恥じらう歳をとうに超えた24歳・年女の未年のことでありました
その木柱も根元が腐り、紐でフェンスに縛られる始末となり、「…此処にありき」の下には汚いゴミが溜まっておりました
如何にも疲れ果てたような木柱を見掛けるたびに、その時代を知らぬわたくしでも何か物悲しい気持ちになったことを覚えています
「あ~!」
あの寂し気な木柱が、いつの間にかステンレスの記念柱に建て替えられ、妙に健康的で明るい「恋文横丁 此処にありき」に生まれ変わっておりました
くじら屋の店員さんに訊きましたら、昨年の7月末に除幕式があり、テレビのニュースでも流れたとのこと…これは見逃してしまいました!
全長1メートル50センチと木柱よりも少し高く、雨にも衝撃にも強くなったことと思います
あの先にあった舗装もされなかった小路は、この1本の記念柱だけに名を留め、何を語り続けていくのでしょうか
丹羽文雄の恋愛小説「恋文」が映画化されたのが、わたくしが産まれる2年前…65年前
その代書屋と幼馴染みだった女性との悲恋を描いた物語です
女優・田中絹代が監督としてデビューした作品で、脚本は木下恵介、その出演俳優の豪華さは田中絹代へのお祝いの意味合いが多いかと思います
主演のふたり・道子と礼吉には久我美子に森雅之(小説家・有島武郎の長男)が、沢村貞子、月丘夢路、香川京子、入江たか子、宇野重吉、佐野周二とそうそうたる役者さんがチョィ役で登場したりと今ではギャラを回収するだけでも大変なキャストです
のちに鎌倉・小町の喫茶店「珈琲・井川(いかわ)」の店主となった井川邦子も出ておりました
注文を受けてから泡立てる生クリームが絶品のウィンナ・コーヒーがお勧めです
おっとと…話が逸れてしまいました
この小説が映画となって話題になった、この細い小路は、元は「すずらん横丁」と言う名前だったようで映画でも出入り口のアーチには「すずらん横丁」の文字が見えました
小説の題名が横丁の名を変えてしまったわけですが、「恋文」とこちらの方がちょっと艶めきさを醸し出しているように感じます
今日31日は、二十四節気「小満」の末候『麦秋至(ばくしゅういたる)』を迎えます
意外にも「麦」の収穫は初夏…梅雨入り前の今ごろから始まります
四季・春夏秋冬の意味はあとから付けられたもので、本来「秋」とは収穫を祝う・そのものを指していると小学校で習ったように思います
日本でも小麦は粉にしてうどんなどの麺類、パンに、大麦は麦茶の原料やお米に混ぜて麦飯にしたりと、最近では輸入にばかり頼らずに国産で賄おうと、農業に携わっている若い人たちが頑張っていると聞きます
東京農業大学・オホーツクキャンパスでも、学生たちが畑の土作りから始め、ホップや麦を収穫し造った「学生ビール」が売り出され、好評な売れ行きだそうですが、「網走」のふた文字で、まるで塀の中で作られたような気がしないでもない…かな
ラベルデザインも食香粧化学科(しょくこうしょうかがくか)・3年生女子学生が手掛けたとのことです (1本・500円)
ビールに使う麦のほとんどは大麦ですが、ライ麦を使ったビールもあるそうで黄金色の麦畑が目に浮かぶようです
ライ麦畑で、あのサリンジャーに追いかけられたら…やっぱり逃げるかなぁ~
麦とホップをギュッと詰めた瓶ビール…よぉ~く冷やしておきましょう
さぁ~て、半熟に仕上がってるか、ちょっと不安な茹で卵をひき肉で包んで、ビールに合う「バクダン」を作ってみましたっ
「良かったぁ~」白身はきちっと火が通った半熟になっていて、黄身はとろ~り
わたくし、アルコールの中ではビールがいち番・酔い心地が良く、体に合っているのか、とても美味しく頂けます
皐月・最後の今宵、良い「麦秋至」となりましたっ
はるか昔に、亡き夫からもらった恋文・ラブレターを読み返してみようかしらん
『原節子・小津安二郎麦の秋』
(はらせつこおずやすじろうむぎのあき)
吉田汀史(よしだていし)