さて、昨日の続きであります
「ピンポ~ン」
この春から東京造形大学に通う美大生・大学一年が、我が家に本を取りにやって来たようです実を申しますと…本はエサのようなものでして、照明器具を天井に取り付けてもらおうと企てておるんです
エサとなる本は3冊
大学一年が好きそうなミステリーを用意しておきました
『3冊いっぺんに手に入る』本好きな彼にとってはワクワクしてピンポンしたものと思います!
玄関先で…もしかしたら玄関には1歩も足を踏み入れる気もなく、本を手にしたらすぐに帰ろうとするかも知れません
『そうはイカのなんとか』で、そのなんとかをなんとかして家の中に引きずりこまなければなりません
「おー!よく来たねぇ。さっ!遠慮なく部屋の奥の奥までお入んなさい!」
「ここでもらっていくよ!」
ほ~ら、やっぱりね!
「おじちゃんにお線香も上げないで帰るんだぁ
きみはそういうヤツだったのか!」
「お線香だけね
」
神妙に手を合わせている大学一年の背中に語り掛けました
「あのサ、ちょっと相談と言うかお願いがあるんだけどサ」
「お金はないからね!おばちゃんからもらった入学祝いの図書券はとっくのとうに使ちゃったから!」
「大学一年にお金の無心をするほど困っちゃいないわあのね、ここから電気コードを引いてコンセントをこさえて、テーブルの上にね、この照明をぶら下げて欲しいのよ
先ずはドリルで壁に穴開けてくれる
」
「ドリル
国語や算数のドリルならやってもいいけどサ
穴開けるって…この部屋、崩れちゃうんじゃないの
俺、自信ない!」
「きみはね、なんのために造形大学に入ったノダチャレンジ
」
「ゴーって、絵を描くために入ったんだよっ早くここから出してよ」
「人聞きの悪い言い方しないでよ!ほら!このドリルで長方形に穴を開けなさいよ!あんたがガキンチョのころにした悪さの数々をここでバラしたろかっ」
そこは物を造ることが好きな大学一年のことですから、少し脅かせば言うことは聞きます
「きみが穴を開けてる間、ヒマでしょ?本のあらすじサ、ざっと話してあげようか?腐乱した死体に湧くウジの種類や数で死亡推定時間が分かるんだってよぉ」
「いいから」
「ほれ!もっと腰を落としてドリルのビットを安定させなさいよ長方形だかんね!楕円形にしたらぶっ飛ばすぞ
ここは造形大学に籍を置く学生として、大学に恥をかかすような真似だけはしちゃいけないよ」
「長方形、長方形と。なんか凄い音だけど
ここはセンスの見せどころだね」
「ほほぉ~やれば出来るじゃん!そこから電線を引いて来てコンセントをはめ込めばいいのよ
コンセントって日本語なんだけど、英語で言うとアウトレット!」
「御殿場とか木更津とかのアウトレット?」
「う~ん、まぁ~電気を外に出すって言う意味だからね間違ってるわけではないけど、きみが東京造形大学に落ち着いた訳がようやく今、解き明かされたね」
「そんなの関係ねぇだろぉ俺、帰る!」
「まぁまぁ!カレーライス作ってあるからサ、食べてから行きなさいよ」
「さっきからいい匂いしてっからサ、お腹減っちゃった!何カレー?」
「大学生の分際で何カレーだぁ?いち番安い鶏に決まってんでしょ!」
「チキンカレーね?」
「チキンとは限らないよぉ鶏ったっていっぱいいるからねぇ
」
「なんのトリよぉ」
「白け鳥(しらけどり)」
「なんだよぉ、うん。美味い!お代わりいい」
「ハイ!今度は閑古鳥」
「こっちのサラダの豚は焼き豚にしてあんの?」
「そっ!座敷豚」
これだけ食べさせといて帰すわけにはいきません
あと、もうひと仕事
天井にもドリルで穴をふたつソケットを差す穴であります
床から天井まで電気コードを引くのも手伝ってもらい、なんとか鎌倉で点していたアンティークの照明をぶら下げることが出来ました
「では、これより点灯式を行います」
「どうぞ。勝手にやってください!早く本貸してよ!俺、今日は忙しんだからサ」
「いやいや、ホント、助かったよ!白け閑古鳥カレー、少しだけどお母さんに持って行ってよ」
「じゃね!」
夫が亡くなってからというもの、火の消えたような我が家の食卓であります
今夜、念願だった照明が点いて、私の心にも小さな灯がポッと灯りました
「ありがとね」